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言わない中身

〈 言わない中身 〉


目の前にとんでもないレベルで顔立ちの整った若い男がいる。自分と同い年くらいで、というよりかは自分の同級生で、もう少し言うのならば自分の友人だった。

今日会ってからずっと、なにやら難しい顔で考え込む友人をしげしげと眺めて、うん、と言葉を決める。

「・・・・・・とり?」

「ん・・・・・・」

「御影さんがどうした?」

なんでわかる、という顔をされたので肩をすくめて受け流した。




「あ、そうだ、ともり。近い内一日出かける日はある?」

「ん? ああ、明後日はバイトもあるし帰るの夜になるけど」

「明後日・・・・・・うーん」

考えるように彼女が唇を少しだけ尖らせた。夕食を挟んで向かい側に座る彼女に身を乗り出して唇を重ねたくなる衝動を渾身の力で堪える。・・・・・・本当立派だよ、俺の理性。

「明後日は・・・・・・私もバイトだしなあ・・・・・・」

「明後日の次なら五日後かな」

「いつかご・・・・・・ああ、うん、その日なら・・・・・・ともりその日は朝からいないんだよね?」

「ん? ・・・・・・うん。土曜だけど大学に用事あるから」

なんだろう。空いてる日ある? ならともかくいない日ある? は。

「そっかあ。ありがと、ゆっくりしてきなね」

「・・・・・・なにかあるの? 五日後に」

「うん、まあね・・・・・・うわどうしたのともり。えっ、フォークが・・・・・・」

「ごめんねみーさん歪んじゃったみたい」

にこりと微笑んで、手の中でぐにゃりと歪んだフォークをくるりと回してみせた。




「とりお前フォーク曲げたの?」

「そこ今重要じゃないだろ」

「いや重要だろ重要にしなきゃいけないところだよ」

嫉妬でフォーク歪めるとかだいぶ重要事項だ。しかも片手だろ? 普通にこええよ。

「御影さんなんて言ってた?」

「あわててた」

「そりゃそうだ」

「『大丈夫? 怪我ない? 痛くない?』って」

「ごめん俺と思ってたのと違うわ」

「みーさんはお前が思ってる以上にやさしいよ」

「・・・・・・ああ・・・・・・そうだな・・・・・・」

この友人、顔は尋常じゃないレベルで整っているし頭もいいし努力家だが、いかんせんズレている。

・・・・・・まあいいや、と小さく胸中で落とす。いざとなれば御影さんをぽいっと投げれば無言で受け止めて抱きしめて閉じ込めて満足して止まるだろう。違う方向にはガンガン進むだろうが。それより。

「・・・・・・誰かこっそり家に呼ぼうとしたのかね?」

だとしたらもう少し上手に隠すなり或いは堂々と言うなりするだろうに、と思いながら言った瞬間特に表情を変えないまま流れるような動作で友人はこちらの首にすらりと長い腕を回し特に躊躇うことなく気持ちの赴くままに絞め上げて来た。

「ぐあああああとりやめろくるしいごめん悪かった焦らせて」

「は? 焦ってねえし。ただお前ちょっと最近呼吸し過ぎだから自重させてやろうかなっていう綾瀬の親切心で」

「綾瀬さん今いないだろここに俺の首絞めてるのお前だよとりくるしああああ」

「あれそうだ綾瀬いないし林場はこれだしみーさんはみーさんだし俺って誰だっけ」

「教えてやるからはなせぐるじいいい」

するりと解放されそのまま上体を折った。ぜえはあと荒く息をするこちらを困ったように見下ろして来る。伏し目がちな眼は男の自分から見ても綺麗に澄んでいた。畜生納得がいかない。澄んだ眼で友達絞め上げるなよ。

「とり・・・・・・絶望するとアイデンティティー失くすのどうにかならないか?」

「俺って御影灯だよな?」

「まだ違うはずだよ」

「あーそうだまだだ。くそ、さっさと苗字棄てるか叔父さんとこの養子になりたい」

「実際こっち戻って来る前にそうなるかと思ったんだけどなあ」

「手続きがな・・・・・・まあ、今年中にはそうなる予定」

「ああ、話は進んでるんだな。よかった。叔父さんと叔母さんはなんて?」

「叔母さんは井戸端会議で自慢してた。だから近所歩いてると『あら蕪木さんちの息子さん! 』って声かけられて、叔父さんは会社で自慢してもうお祝いとかもらってた。ちょっとまだ自信ないんだけど俺受け入れられてるかな?」

「最早大歓迎レベルだから自信持て。・・・・・・そっか、養子縁組でも蕪木なんだな。叔父さん夫婦も蕪木なんだし」

「一緒には思えないけどな。叔父さん夫婦の蕪木はもうそれは素晴らしい蕪木だけど、今俺が名乗らざるを得ない蕪木は汚れてるレベルじゃなく酷い存在に成り下がったものだから」

「まあな。でも、やっぱり結婚するなら御影姓になりたい?」

「・・・・・・ん・・・・・・」

しん、と友人の中が凪いだのがわかった。

その静かな心から、少しずつ大切に思いが紡がれ形になる。

「・・・・・・みーさんの名前、もう変えたくないなって、思う」

ーーー父親と死別し、再婚して名字が変わったのだっけ。

そうか、とうなずく。

「・・・・・・別にみーさんが他の誰と結婚しても俺はなにも言えないわけだけど、でも絶対譲る気なんてないから相手のことを知っておくべきで」

「あー、やっぱりそこに話戻る?」

「当たり前だろ。俺のいない時見計らってるんだぞ? 誰か男来るけど鉢合わせは避けたいって考えたんだきっと」

「だとしてもそんなストレートに訊くか・・・・・・?」

「林場土曜日空いてるよな空けろ」

「・・・・・・まさか」

「昨日から五日後、だ。ーーー家張るぞ」

「・・・・・・俺の休み・・・・・・」




風が穏やかな晴れた休日、我ながらなんだかものすごく納得しない顔でチャイムを押すと、味のある日本家屋から当然のように友人が出て来た。

「いらっしゃい。ーーー早く入れ」

「はあ・・・・・・お邪魔します」

ぺこりと頭を軽く下げ中に踏み入るとなるべく素早く友人はドアを閉めた。

「さとばあちゃん、友達来たー」

「ああらあ、いらっしゃあい」

御影家ーーーではなく、その斜め向かいのお宅。

「さとばあちゃん、こいつが、」

「林場楓です。はじめまして」

「ああらあ、はじめまして、よろしくねえ」

靴を脱ぎ、入ってすぐの居間の隣の和室に案内されると、そこにはこにこと微笑む小柄な老人がいた。

「里中敏子と言います。ゆっくりしていってねえ」

「ありがとね、さとばあちゃん」

「いいええともくん。お風呂洗ってもらっちゃって、助かったわあ」

流石に家の近くで張り込みをするのは目立つしいずれ見付かる可能性があるーーーので、友人が提案したのは斜め向かいの家ーーー里中さん、通称さとばあちゃんの家ーーーにお邪魔し、張り込むということだった。これなら確かにまず気付かれない。が。

「・・・・・・風呂掃除?」

「と、カビ取り。さとばあちゃんがやるのは大変だろ」

数時間お邪魔させて頂く代わりにせめてもと手伝いを買って出たらしい。さとばあちゃんは恐らく七十代くらいで、まあ確かにそういうのは我らが若者の出番だろう。

「ともくん、ユキちゃんち出入りは誰もないねえ」

「あ、本当、ありがとう」

・・・・・・風呂を洗っている間見張ってもらっていたらしい。お年寄りになにさせてるんだ。

「・・・・・・俺の仕事は?」

「俺と交代しつつ見張り。あと電球変えて床の間の掛け軸掛け替えて天袋に荷物入れて時間になったら布団取り込む。見張ってない時は順々にそれやって、あとは万が一の時俺が八つ当たりでお前を絞める」

「本当に俺って可哀想だな」

「仲良しさんだねえ」

「・・・・・・さとばあちゃん?」

なかなかいい性格をされていらっしゃる?

「まあまあ、いらしたばかりだし、お茶でもどうぞ。ともくんも休憩してねえ」

「ありがとう」

「ああ、ありがとうございます」

お茶を淹れてくれたさとばあちゃんがお茶菓子も出してくれた。おいしそうな小ぶりのモナカがいくつか。

いただきます、と言ってからさくりと一口。うまい。外は軽く香ばしく、中はしっとりと甘い。しつこくはないが十分な甘みで、あたたかいお茶で流し込むと渋みがいい感じに口の中を満たし余韻を残してくれた。

「・・・・・・すっごくおいしいですね!」

思わず言うと「あらあ」とさとばあちゃんはやさしい目尻のシワをもっとやさしくさせた。

「ありがとねえ。楓くんも礼儀正しくていい子だねえ」

家庭の事情で祖父や祖母に恵まれた環境ではないのであまりお年寄りと触れ合ったことはない。が、さとばあちゃんのやさしい言葉と眼差しはくすぐったくなるほどうれしいものだった。自分では決して与えることの出来ない類のあたたかさ。ゆかりにも会わしてやりたい、と思った。

「とり、なんて言ってお家に来たんですか?」

「四日くらい前にねえ、ユキちゃんちに誰か来るかもしれないから、それを見張らせて欲しいってねえ。てっきりユキちゃんが危ない目に遭うのかと思ってびっくりしたんだけど、そうじゃあないみたいだし、ともくんに協力してあげたくてねえ」

「本当ありがとうさとばあちゃん」

「ともくんは本当、ユキちゃんのことが大好きだねえ」

「うん。そうなんだ」

臆することも恥ずかしがることもなくしっかりと友人がうなずく。やれやれ、と少し笑った。

「ユキちゃんはねえ、ユキちゃんが中学生の頃から知っているから」

「ああ、御影さん中学から引っ越して来たんですね」

「元々近くには住んでたみたいなんだけどねえ。昔から可愛い子だったのよ、眼がぱっちりして、笑顔が素敵で、やさしくてねえ。あの子もとってもいい子だねえ」

「うん、みーさんはとってもやさしい」

「同意」

「それにかわいい」

「それも同意」

「ふざけんな林場」

「ど、同意しただけだろ」

実際あのひとはかわいい。芸能人みたいに桁違いとは言わないが、さとばあちゃんが言うように眼がぱっちりと大きく二重できれいな形をしている。髪もさらさらと滑らかにきれいで、なんというか、飛び抜けて美人というわけではないのだが自分たち一般人にも手の届きそうな親しみの沸く類のかわいさで、その分声もかけやすいーーーけれど。

それらすべてを覆すものがひとつある。

眼だ。

少しどきりとするような眼をしている。目力があるわけでも、目元に迫力があるわけでもない。眼は大きいが異常なレベルではない。

深い深い色をした不思議な色合いの眼がーーーよくある黒色のはずなのに、全くそうは見えないどこまでも深い眼にじっと見つめられると、すべてを呑み込まれるような心地になる。

ーーー呑み込まれる。

ーーー呑み込まれたい。

ふらふらとーーー自分でも気付かぬ内に惹かれて手をのばす人間は、少なくないだろう。

背はそんなに高くない。小柄な体格に華奢な体躯。だが手脚はすらりと長く、首元もほっそりとしていてよくその首を傾げている。単なる癖なのだろうが、たまにどきりとする時がある。真っ白な首筋が剥き出しになっていると、なんだかとても壊れやすいもののように思えるのだ。

酷い童顔だが、じっとなにかを考えている様子の時はあまりそうは見えない。その眼を閉じず、瞬きもせずじっと何処かを見つめて考えている時はーーーかわいいというより、綺麗だとしか思えない。侵し難い神聖な。

・・・・・・いいひとだしやさしいし信頼もしているがーーー普通ではないのだろうなと、そう思う。

だからこそ、友人の手を引きここまで引っ張り上げることが出来たのだろうけれど。

窓の外、塀の向こうに目を向ける友人を見やる。

尋常じゃないレベルで整っている顔立ち。

名字を名乗りたくないと言うほどに酷いものだった家庭環境。

友人が一分の隙もなく善人だとは言わない。やって来たことは褒められたことではないだろうしーーー消せることでも、ないのだ。でも。

努力して、努力し続けて、愛しいひとに少しでも近付こうとする友人。

本当に本当に、好きなのだとーーー心の全部で好きなのだと全身で叫んでいる友人。

こんな風にひとを好きになれるひとを、自分は知らない。

この友人もどこか普通ではない。常識を逸している。ーーーけれど。

それくらい誰かを好きになれるひとを、自分は好きだ。

(・・・・・・いいよな)

一生懸命ひとを好きになって、全力で好きになって。

必死になれるくらい好きになれる人間。

ーーー憧れる。

「・・・・・・さとばあちゃん、俺皿洗ってくるよ」

「いいのよ、それは自分でも出来るわ」

「ううん。いつもお世話になってるんだし。ねえ、今度煮しめの作り方教えて」

「ええ、よろこんで。ともくん、お料理も上手だもんねえ」

「ありがと。林場、頼むな」

「おう」

交代と言った割にはとりあえずそれはやってくれるらしい。まだ休んどけどいうことか。

お茶を飲みつつ斜め向かいに目をやるが、相変わらず動きはない。五月とはいえまだたまに変に冷えたりするし、外の張り込みかあ大変そうだなーと思っていたのでこの環境は有難かった。落ち着き過ぎて眠くなるけど。

「ユキちゃんもともくんもねえ、よくお手伝いしに来てくれてねえ」

「ああ、そうなんですね」

「二人ともお料理習いに来てくれたりねえ、お裾分けしてくれたりねえ。とってもよくしてくれるのよ」

にこにこと言うさとばあちゃんを見るに、いきなり若者に居座られたというよりかは孫が友達連れて遊びに来たという感覚なのかもしれない。ほっとしつつモナカをまたかじる。

「ユキちゃんのお父さんもお母さんもトウマくんもとってもいいひとたちでねえ。ユキちゃんに荷物送る時には、わたしにもプレゼントを送ってくれるのよ。これ、素敵でしょう?」

うれしそうに示されたのは肩にかけられたストールだった。落ち着いた色合いだがきれいな色をしていてきっといいものなのだなと思っていたのだが、御影夫妻からのプレゼントらしい。

「素敵ですしとってもお似合いです。お会いしたことはないんですが、きっと御影さんたちもさとばあちゃんにぴったりだと思って贈られたんでしょうね」

「ああらあ。ありがとうねえ」

褒められてうれしそうに微笑むさとばあちゃんに心がほっこりする。基本あまり自分からひとと関わろうとしない友人が家にお邪魔するなんて大したものだと思っていたのだが、友人もきっとさとばあちゃんが好きなのだろう。御影さんがいなくてもちょくちょく来てはのんびり話をしていそうだった。

「・・・・・・とりは、幸せにやってるんですね」

ぽつりと落とす。拾ってもらわなくてもよかった。ーーーが、やさしく微笑まれる。

「幸せはいろんな色だからねえ」

「はい」

「ともくんと楓くんの色が違っても、なあんにもおかしいことはないのよ」

「・・・・・・」

ーーー誰かを好きになる。

大抵の場合、異性を。

そうして結ばれて、恵まれれば子供を授かってーーーそうして、共に生きてゆく。

自然なこと。幸せなこと。

ーーー気持ちが悪いこと。



蕪木灯が女を好きじゃないように

林場楓もまた女が好きじゃない。



生ぬるいむっとした空気。

不快な声と音。

自分を産み落とした女がすぐ隣で見知らぬ男と重なっている光景。

ーーー見慣れすぎて、見飽きた記憶。

蕪木灯は自分を武器に少しでも前へ進もうとしていた。ーーー歪な方法で。

でもそれを誰が責められる? それしか持っていなかったのだ、どうして、誰が責められる?

それでも蕪木灯はひとを好きになった。女を愛し、そのひとと共に生きてゆきたいと努力している。ーーーうらやましいけれど、出来ない。自分が蕪木灯のように女に心を赦し惹かれるところなど、想像しただけで喉元を嘔吐感が焦がす。

同性が恋愛対象なわけではない。恋愛対象がーーー生物が、存在、しない。

御影さん? 好きだ。綾瀬? 好きだ。さとばあちゃん? 好きだ。

絶対に恋愛対象として愛せないけれど。

「・・・・・・ねえ、さとばあちゃん。旦那さんは・・・・・・?」

「ずいぶん前にねえ。病気でねえ」

「そっか・・・・・・ねえ、さとばあちゃん。

俺妹がいるんだ。すごくかわいい。大きくなって、俺が納得いくような男連れて来たらお嫁に送り出してやるんだ」

「いいお兄さんだねえ」

「ありがと。・・・・・・そのあとはね、俺きっと、ひとりで生きて行くと思う。ひとりで死んで行くと思う。・・・・・・それってどう思う?」

「無理だろうねえ」

「・・・・・・そっか」

「ひとりで生きていけるほど、楓くんは弱くないだろうしねえ」

「・・・・・・?」

「弱い人間だけだよ、ひとりで生きていけるのは・・・・・・楓くんはお友達のために助けになってくれるような強い子だからねえ、いずれ誰かを好きになってしまうよ。強い人間はねえ、どうやったって、誰かと関わりながら生きていくようになるんだ」

言葉が最後まで胸に染みて、

ぽたりと零れた涙がてんとテーブルに落ちた。

「・・・・・・そっか」

「いろおんなひとがいるからねえ」

「うん」

「いろおんな色があるからねえ」

「うん」

「どきどきするし、わくわくするでしょう?」

「・・・・・・うん」




皿を洗い終わった友人が戻って来る頃には涙も止まっていた。

「動きあった?」

「ないよ」

たぶん。

「・・・・・・あのさ、とり」

「ん?」

「・・・・・・御影さんにきちんと訊けばよかったんじゃないか?」

「・・・・・・うん」

「・・・・・・きっとなにかしら答えは出してくれたと思う」

「・・・・・・うん」

「好きだとねえ、心配だし、怖いからねえ」

「・・・・・・浮気とか、が?」

「いいええ。好きだから、帰って来るのが遅かったり、連絡がなかったり、目の前にいても塞ぎ込んで落ち込んでいたら・・・・・・どうしても、心配になってしまうのよねえ。『好き』と『心配』と『恐怖』は、いっつも一緒なのよ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「それはねえ、ずーっと一緒にいても、どれだけ時間が経ってもそうよ。誰でも、好きならそうなるからねえ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「ともくんが怖くて訊けなかったのも、好きだからだねえ。楓くんが心配するのも、ともくんのことが好きだからだねえ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「大丈夫よ。やわらかい気持ちで『好き』を持っていたらーーーそれはいつか、素敵な形になるからねえ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・あらあ、ユキちゃんが出て来たねえ」

「っ・・・・・・!」

弾かれたように友人が顔を外に向ける。斜め向かいの家から出て来たのは確かに友人の好きなひとで、友人が小さく息を呑んだ。

なにかを持っている。それを持ってーーーこの家に向かって、歩いて来た。呆然としている間に玄関まで辿り着き、ピンポーンとチャイムが鳴る。

「はあい。ちょっと待ってねえ」

ゆっくりとさとばあちゃんが立ち上がった。にこりと自分たちに笑いかける。

「大丈夫だよ、一緒においで」

「・・・・・・はい」

友人と共にこくりとうなずき、立ち上がってあとに続いた。

玄関に辿り着いたさとばあちゃんがからからとドアを開けるーーーと、にこりと笑顔で立っていた御影さんが一度瞬きしてから少し驚いた顔になった。

「あれ? ともり? 今日用事あるんじゃないの?」

「う、ん、まあ・・・・・・」

「林場くんも・・・・・・なんでさとばあちゃんの家に?」

「あ・・・・・・はい」

「ユキちゃん、どうしたの?」

「あっ。・・・・・・あのね、燻製作ったの。お裾分けです」

「ああ、ありがとうねえ」

「・・・・・・燻製?」

「うん、ほら」

首を傾げた友人に御影さんは手にしているものーーー大きいタッパーをぱかりとあけて見せた。思わず友人と共に覗き込む。

ふわりと香る独特の匂いと共に現れたのは見事なベーコンや鮭だった。卵も入っている。

「朝から仕込んでたの。燻製っておいしいんだけど作る時匂いがすごいからさ、いっぺんにやらないと何日も匂うことになって大変なんだよね」

「・・・・・・匂い?」

「煙で燻すからね。匂いが広がっちゃうの」

「・・・・・・みーさん」

「なあに?」

「・・・・・・ひょっとして、俺がいない日訊いたのって・・・・・・」

「ああ、燻製作りたかったから。慣れないと匂いがきついからね。ともりが具合悪くなったりしたら嫌だし」

「・・・・・・」

「どうしたの? とも・・・・・・あれ、タッパー・・・・・・ああ、ありがとともり・・・・・・ぅあっ?」

丁寧な仕草でタッパーを受け取ってこちらに渡した友人はぎゅうっと御影さんを抱きしめた。玄関で抱き合うというか一方的に抱きしめる若い男と一方的に抱きしめられる若い女

を孫と祖母で見守る。

「ちょっ、ともり、やめっ、私今燻製臭いからっ、」

「いい匂い」

「それ食べる意味でしょっ」

「うん。ーーー食べるよ」

「流石にハンニバルに目覚めさせるわけにはいかないから離してっ」

「いつか絶対に食べるよ」

「・・・・・・?」

「ーーーごめんね、みーさん。これからはちゃんと訊くから」

「・・・・・・?」

抱きしめられたまま不思議そうな顔をする御影さんと、向かい合う形なのに眼は合わない。

不思議そうながらも、心配そうに見ているからーーー友人を。

自分を抱きしめる存在を、心配そうに、気にかけるようにして見つめているから。




一度家に帰って友達の家に行っていたゆかりと合流し再びさとばあちゃんの家に戻った。

「あ、おかえりなさい林場くん。ゆかりちゃん、久しぶりだね」

「林場、掛け軸変えといて。俺天袋取りかかってるから。いらっしゃい、ゆかりちゃん」

「ああ、よく来たねえ。こんにちは。お名前は?」

「ゆかり、お名前は?」

「は・・・・・・林場紫ですっ、はじめましてっ」

「ゆかりちゃん、元気だねえ。おばあちゃんはね、さとばあちゃんです。よろしくねえ。お夕飯までおばあちゃんと遊んでくれるかい?」

「うん!」

笑顔でうなずき、にこにこと微笑むさとばあちゃんに連れられゆかりは和室へと姿を消した。その姿を見て御影さんが微笑む。

「夕飯、もう少しで出来るよ」

「ーーーはい。ありがとうございます」

せっかく集まったのだし夕飯をみんなで食べようということになったのでゆかりを連れて来たのだ。さとばあちゃんの家のキッチンだがてきぱきと動き回るのは御影さんだった。慣れた様子で次々に料理を仕上げていく。

「ゆかりちゃんにね、燻製はどうかなと思ったから・・・・・・オムレツ作ったんだけど、ごめんね、和洋折衷になっちゃった。ちぐはぐかも」

「いやいや、全部おいしそうです。ありがとうございます」

笑って頭を下げ和室へと入るとゆかりとさとばあちゃんがあやとりをはじめていた。さとばあちゃんが作り出す難しい形のあやとりにきゃあきゃあと歓声を上げている。とてもいいものを見ている気分でそれをじっと見つめてから床の間の掛け軸を外し丁寧に巻き取り、違うものへと変えた。

全て出来上がった料理を全員で分担しながらテーブルに運ぶ。和室にでんと置かれた真四角のテーブル、ぎっしりと並ぶのは様々な燻製にオムレツに煮しめにほうれん草のおひたしに煮魚にご飯に玉ねぎとつみれのお味噌汁。それぞれが魅力的な香りと魅惑的な湯気を上げるのを見ながら、ぱんと手を合わせた。四辺に座ったそれぞれの笑顔と顔を合わせる。

「それでは皆さん、」


『いただきます!』


声が重なり、全員で微笑い合った。



〈 言わない中身 言えない中身とその内容 〉




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