黒色の幻視 6
帰宅してーーーお互い、あまり空腹は感じていなくて。
それでもなにか食べなければと、おじやを作った。いつか彼女が作ってくれた卵のおじや。それをゆっくりと少しずつ食べ、片付けたあとに彼女にマグカップを手渡した。
「はい」
彼女専用のカップ。美濃焼きの黒の大きなカップ。薄橙色にじわりと焼き目が付いているのが味だ。
「ありがとう」
ソファーに座る彼女がそれを受け取り、中に満たされたホットミルクを少しずつ飲みはじめた。その姿をじっと見つめる。
「・・・・・・ともりが」
「うん」
「ともりが迎えに来てなかったら、何処かに行ってたかも」
「・・・・・・うん」
まだ。
まだぎりぎり、手の届くところで引き止められた。
迎えに来てなかったら。・・・・・・迎えに来てくれなかったら、ではなく。
きっと、彼女にとってはどちらでもよかったのだーーー迎えに来ても来なくても。
来たら連れ戻される。
来なかったらそのままふらふらと何処かへ行く。
彼女にとってはーーーどちらでも。
「・・・・・・」
彼女の手の中から、ほとんど空になったマグカップをするりと取った。ローテーブルにそれを置き、静かな眼で自分を見る彼女の両手を掴み、身を乗り出してその華奢な身体をソファーの上に押し倒した。
あっさりと。ーーー泣きたくなるくらい容易く。
なにも言わず、じっとこちらを見上げて来る彼女。
「みーさん」
見下ろして、言う。
「手、離すよ」
静かに凪いだ心で。
「身体、見せて」
手を解放しーーーシャツを胸の下まで上げた。
滑らかだったはずの肌を覆う新旧入り混じる傷跡。
青黒い内出血。
右の、脇腹。
「・・・・・・」
こんなにも。ーーーこんなにも。
どうしようもなくて。
「・・・・・・止めないよ」
その腰を包むようにして両手で触れてーーー眼を臥せた。
「止めない。・・・・・・だから大丈夫だよ。隠さないで。知ってるから。・・・・・・みーさんが辛くて苦しくて痛いのを、知ってるから」
そっと顔を寄せ、その傷に唇を落とした。
「吐きたい時に吐いて。俺がいてもいなくても関係なく、みーさんは自由にしていて。・・・・・・俺は止めないけど、でも絶対に、みーさんを大事にすることをやめないから」
顔を上げる。
彼女の表情はなかった。
なんの貌でもなくーーー無表情ですら、なく。
こちらを見るわけでもなく。
「ーーー」
なにかを言いかけて、そしてやめてーーーじっと虚空を見つめ、そして、なにも言わなかった。




