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怖いものの話をしようか 8


たっぷりと、自分が落ち着くまで彼女を抱きしめていた。自分の鼓動が落ち着いているのがわかる。

夢の中と現実を、微睡みながら行き来してーーーふわふわとしたあたたかい心地を、ゆったりと味わう。

ふわりと、やさしい匂いが遠ざかって、

ーーーさみしくなって、眼を開けた。

「ーーーあ、ごめんね、起こしちゃった?」

抑えたトーンのやわらかい声。ううん、と、まだ半分眠ったままの頭で首を横に振り、彼女をじっと見た。視線の意味を受け取って彼女が小さく笑う。

「どこにも行かないよ。そろそろ夕飯作ろうかなと思っただけ。・・・・・・お腹、減ってるでしょ?」

「・・・・・・あ・・・・・・」

夕飯。そうだ。ーーーリクエスト、した。

すうっと靄が晴れるように意識が完全に覚醒し上体を起こした。ソファーの上、彼女を抱きしめたまま浅い眠りについていたらしい。帰って来た時が何時だったかは覚えていないがまだ明るい時間のはずで、今何時だと真っ暗な部屋の中目を凝らすと録画デッキのデジタル時計が九時過ぎを表示させていた。・・・・・・九時、って。

「今の時間からだとリクエスト叶えるのが難しいから、他のメニューでもいいかな・・・・・・ともり、今は消化がいいものの方がいい気がする」

「う、うん、全然、ごめん、簡単なやつで、や、俺が作るよ」

「やだ」

「え?」

想像していなかった返答に変な声が出た。暗い中見ると、彼女がちょっと唇を尖らせていた。

「それ、やだ。・・・・・・だって、今日ともりの誕生日だよ? メニューのリクエストはまた後日としても、私の手料理ってリクエストくらいは応えたい」

それくらいは出来るもん、とでも言いたげな彼女の顔をぽかんとして見てーーーふは、と笑った。

「うん。ーーーうん、ありがとう」

「明日になったら元気になってまたたくさん食べれるよ。今日はおじやとか、そういうのにしておこう?」

「うん。ありがとう」

「うん」

にこりと笑って、彼女がキッチンに歩み寄った。ぱちんと電気を点けて、一気にリビングが明るくなる。眩しさに目を細めた。

キッチンやダイニングテーブルにはいくつか料理途中と思わしき痕跡があった。きっと自分が電話するまで色々下拵えをしてくれていたのだろうーーー彼女の心を無碍にした気持ちになり、ぎゅ、と胸が軋んだ。

「ーーーごめんね」

「なにが? ーーーああ」

振り返った彼女が視線に気付き首を横に振る。

「大丈夫だよ。まだ下拵え段階だし明日にでもーーーあ、明日は林場くんと綾瀬ちゃんか。うん、また後日改めて、」

「やだ」

首を横に振った。

「林場と綾瀬には俺が言って日にち変えてもらう。ーーー事情話せば、二人ならわかってくれる」

「ーーーそっか」

彼女が微笑った。

「わかった。ーーーじゃあ明日やろう」

「うん」

いつもの彼女ならいや二人に悪いからいいよ、などと言ったかもしれない。

でも、言われなかった。・・・・・・そのことが、うれしかった。

テーブルに着き、てきぱきと動く彼女の姿をじっと見る。・・・・・・前もこうして見てたっけ。彼女に拾われて最初に目が覚めた時。今みたいに、自分のために食事を作ってくれる彼女をこうやって見ていた。ーーー違うのは、自分の気持ちだ。

「はい。ーーーお待たせ、食べようか」

彼女もどこか、同じことを思っていたのかもしれない。ーーー出来上がったのは、あの時も食べた卵のおじやだった。

「ーーー俺が最初に食べさせてもらったみーさんの手料理」

「そうだね」

ゆらゆらとのぼる白い湯気の向こうで、彼女が微笑む。

「みーさん、知ってる? ・・・・・・何日もなにも食べずにいるとね、本当に、本当に力が出ないんだ」

「・・・・・・うん」

「みーさん、知ってる? ・・・・・・大好きなひとがね。自分の大好きなひとが、自分のために作ってくれる料理はーーー本当に、なににも変えられないくらい、心も身体も満たして幸せにしてくれるんだ」

「ーーーうん」

うなずいてくれる彼女に、微笑み返した。

向かい合って座ってーーー手を、合わせる。

「「いただきます」」

きれいに揃った声に、ふは、と笑い合った。




すみません、ミスをしました。

活動報告をまた更新しました。

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