怖いものの話をしようか 2
「夕飯を豪華にしようね。ケーキも食べよう? どこかのお店に食べに行くのもいいね。行きたいところはある?」
楽しそうに、やさしく重ねられる言葉に幸福感だけが増していく。誕生日。自分の生まれた日。その日になにをするか、どんな特別な日にするか、にこにこと楽しそうにうれしそうに話してくれるひとがいる。
その人物が自分の世界一愛しいひとであることに目眩がするほどの幸福感を感じる。本当に、本当に幸せだ。
「あのね・・・・・・みーさんの手料理が食べたい」
「え、それでいいの? いつもと同じになっちゃうよ?」
小さく彼女が首を横に傾げる。目の前でさらりと髪が流れ、儚いグラデーションを描く。一筋手に取ってその滑らかな髪を梳きたい気持ちをぐっと堪え、しっかりとうなずく。
「うん。俺、みーさんの作る料理本当に好きなんだ。だから誕生日は大好きなみーさんの作った大好きな料理を腹いっぱい食べて過ごしたい。いつもそうしてるけど」
「うーん、ともりがそれでいいなら・・・・・・」
「それでいいんじゃなくて、それがいいの。・・・・・・面倒?」
「まさか」
彼女が首を横に振った。さらさら、髪が揺れふわりとやわらかい匂いが掠める。
「いつもと同じだけどいいのかなって思ったの。でも、ともりがいいならなんでもいいよ。・・・・・・そうだな、じゃあなにが食べたい? ともりのリクエスト全部作るよ」
「でっかいハンバーグ」
考えるよりも先に口が答えた。あ、と思ったが考えても結局答えは一緒だった。ハンバーグ。ハンバーグが食べたい。
彼女の作るハンバーグ。合挽き肉の時もあるが、肉が安い時は牛肉オンリーの食べ応えのあるハンバーグにしてくれる。わざとちょっと粗めに切った玉ねぎがたっぷりと含まれ、その玉ねぎ単体にも味がしっかりと染み込んでいる。それが口の中で肉と一緒にほどけるのが本当に堪らなくおいしい。
上にかけられるソースはケチャップじゃない。肉汁から作られたデミグラスソースだ。自作したトマトソースやオイスターソースや赤ワインやバターや、それらを絶妙なバランスでくつくつと煮詰めとろりとさせた濃厚なそれ。毎回目分量でやってしまうのだからなかなか作り方を真似することが出来ない。
いつも彼女は自分の分のハンバーグをどんと大きく作ってくれる。大好物なのを知っていてくれているから。
そっか、と、彼女がうなずく。
「わかった。ハンバーグね。あとはなにがいい?」
「みーさんのトマト料理が食べたい。トマトだったらなんでもいい」
元から彼女自身トマト好きだったのだろう。それにさらに、養父が大のトマト好きだったようだ。だから彼女の母親はトマト料理に強く、習った彼女もトマト料理に強い。御影家特製レシピにあるトマトとワカメと玉ねぎのサラダは見た目もきれいでトマトがいくらでも食べれるくらいおいしいし、ミネストローネなどはトマトが丸ごといくつもとろけ濃厚で絶品だ。
「トマト料理ね。わかった。いくつか作るね。・・・・・・あのさ」
声がしょぼんと小さくなった。申し訳なさそうな顔になり、
「・・・・・・ケーキはいつものところのでいい? クリームを塗る系のケーキは・・・・・・本当、作るの苦手で・・・・・・」
パイやクリームを添えるくらいのケーキなら時間さえあれば彼女は自分で焼くことも多い。が、生クリームなどを全体に塗ったショートケーキ系のケーキは作らない。本人曰く、何度やってもクリームをきれいに塗ることが出来ないらしいのだ。きれいに塗れないだけならともかく、べたべたのべちゃべちゃに見え見栄えも悪くなってしまうだけなのだと。
人間向き不向きはある。彼女が大のお気に入りとして昔から利用している近所のケーキ屋のショートケーキは絶品だ。何度か地元の新聞にも取り上げられたこともある。手料理に加えそこのケーキを買ってくれるのだから、これはもう最大限の『お祝い』をしようとしてくれている。
「うれしい。俺もあそこのケーキ好き」
「おいしいよねえ。ショートケーキももちろんだし、私あのバターケーキも大好き」
「うん、おいしいよね」
うなずくこちらを近い距離から見上げーーー彼女が、微笑う。
「成長したね。ーーーこれからも、するんだね」
うれしそうに、本当にうれしそうに。
あたたかく微笑みかけて来てくれる彼女を抱きしめるのをまた大きく堪え、抑えなかった笑顔を彼女に渡した。




