怖いものの話をしようか
〈 怖いものの話をしようか 〉
十月のある休日の午後。昼食もその片付けも終え、鼻歌交じりにアイロンがけをする彼女をちらちら見る。霧吹きを吹きかけ、アイロンを当てる。御影家ではじめて知った、少しだけすっとした草木のような香りが小さく広がり胸の中が清涼感で満たされる。・・・・・・自分の好きなひとが自分のシャツをアイロンがけしてくれている。幸せを形にしたような光景だった。あまりの幸福感に夢じゃないかとすら思う。
が、本当に幸せなことに、これは夢ではなかった。仕上がったシャツをハンガーにかけ掲げて仕上がりをチェックし、うん、と満足そうにうなずいた世界一愛おしいひとがこちらを向く。若干赤面しているかもしれないこちらを見て軽く小首を傾げ、・・・・・・微笑った。
「ともりのシャツ、やっぱり大きいね。私が着たら余裕でシャツワンピになっちゃいそう」
いつか是非着せたい。
「そうだ。ともり、あのね、再来週の話なんだけど・・・・・・」
アイロン台を片付けソファーに腰掛けた彼女が相談するように言葉を発した。そんな彼女に勢いよく身を乗り出す。
「空いてる! 空けてある!」
「わっ」
あまりの勢いに驚いたのかソファーに腰かけたまま彼女の身体が跳ねた。そのまま傾いて落ちそうになった彼女の身体をソファーにくいっと戻し、勢いそのままに身体を近付ける。
「大学あるけど午後からは空く! そのあとはなにも入れない、絶対入れない!」
「と、友達と集まったり・・・・・・林場くんとか綾瀬ちゃんとか、大学の友達とか」
「林場と綾瀬は次の日祝ってくれるっていうし大学は前日に祝ってくれるって。それにあいつら全員、特に林場と綾瀬は俺がどれだけみーさんのこと好きか知ってるから当日になにかしようとか言ってこないよ絶対」
「そ、そう・・・・・・いやいいんだよ別に、私が前日か後日かでも」
「嫌だ。みーさんが当日がいい。絶対」
首を横に振る。彼女を押し戻したのでソファーに両手を付いて彼女を閉じ込めるような体勢になってしまっていたが、彼女がそれを気にする様子はなかった。それよりもこちらの勢いに圧倒されたように、そ、そう、と曖昧にうなずく。
「じゃ、じゃあ、当日お祝いしよっか」
「二人で?」
「二人で。あ、呼びたいなら吉野とかひろ先輩呼ぼうか?」
「二人きりがいい。みーさんと俺だけがいい」
「そ、そう」
「吉野さんとはまた別の機会に。真野は別にいいや」
「ひろ先輩となにがあったの本当・・・・・・」
困惑気味に彼女が言ったがもう本当どうでもいい真野とか。本当。それより、
「ま、まあいいか・・・・・・じゃあその日はーーーともりの誕生日は、二人でお祝いしようか」
「っ・・・・・・うん」
身体の底からよろこびが湧き上がる。ぎゅうっと抱きしめたくなる衝動を必死に抑え、至近距離で彼女と眼を合わせふは、と笑った。
ーーー来たる再来週、彼女と過ごすはじめての十月ーーー自分は十九歳になる。




