訪れたその日を待って 4
彼女の仕事が休みの三日後、会うことになった。
場所は大きな公園のベンチ。彼女と暮らす家に呼びたくなかったしーーー喫茶店等で話すには、相手の性格上問題が大きくなりそうだった。あんな風に喋られたら嫌でも目立つ。
公園というのは誰もが通り過ぎて行くだけなので、仮に注目を集めたとしても一部始終を見聞きされることはないーーーそんな思惑から場所を指定し、彼女と共に足を運んだ。・・・・・・こんな時じゃなければデート気分に浸れたのに、と、不満に思いながらちらりと横にいる彼女に視線を落とす。
腰掛けたベンチ、隣に座る彼女。日の光を浴び滑らかな髪が儚いグラデーションを描き、長い睫毛の先に光が溜まる。ふわりと眼が上げられると、すべてを呑み込む深い眼が海の底に沈められた光のように音もなく輝いた。
綺麗だ、と、思った。
何度でも、何度でも、心が彼女に惹かれる。
「・・・・・・ん、どうしたの?」
視線に気付いたのか、彼女がこちらを見上げた。ううん、と首を横に振り、けれど無言で手をのばしその髪に触れる。さらさらと指先で一筋弄ぶときょとんとしたように一度瞬きされた。
「・・・・・・なんでもないよ。付き合ってくれてありがとう、早く終わらせて帰ろうね」
「・・・・・・うーん、まあ、一件落着させたら、ね」
彼女にとって、自分が誰かと付き合うことはーーー口にはされないが、別に、これといって忌避することではない。恐らく。
けれどこうやって彼女が協力してくれるのは、偏に自分が頼んだからでーーー自分が、他の誰かと付き合いたくないと嫌がっているからで。
そして、自分が彼女を好きだということを、本気で捉えてくれているからで。
そうでなければ来てくれなかっただろう。
気が合いそうなら付き合ってみればいいんじゃないかと、実際にそう言われていたかもしれない。
「こんにちは。先輩」
声をかけられて、顔を上げた。
栗色の髪に露出度の高い格好ーーー勝気そうな顔をした女。結局、名前は聞いていない。
「どうも。・・・・・・みーさん、このひと」
「はじめまして。御影です」
立ち上がり、彼女がぺこりと軽く頭を下げる。
「仲里千佳です」
女ーーー仲里千佳は、そう名乗ると微笑った。ーーー不敵な笑みだった。
「はじめまして。御影幸さん」
「・・・・・・」
彼女の空気が、・・・・・・隠されたまま、変わった。恐らく、自分にしかわからなかったであろう変化。
「私のことは御影かユキって呼んでください」
「わかりました御影さん。でも、どうしてですか?」
「名前を呼ばれるのは好きじゃないんです」
「どうしてですか?」
「秘密です。親しいひとにしか伝えていないので」
微笑みながら彼女が首を横に振る。振って、こちらを軽く言葉で示した。
「ともりから話は聞きました。私がどんな人間が知りたいとのことですね」
「はい。でも大体わかりました。ーーーあなた、最低です」
きっぱりと仲里は言った。こちらが口を挟む間もなかった。
「偽善者面して、あなた、結局先輩の気持ちに甘えてるだけじゃないですか」
「ちょっと、お前ーーー」
「自分がどんな曖昧な態度を取ってても結局先輩が自分のことを好きでいるだろうって思ってるからそんな態度が取れるんでしょ? それって残酷です。あなたがはっきりしない限り、先輩は進むことも辞めることも出来ない」
「仲里!」
割入るーーー彼女と仲里の間に。
彼女の表情は変わらない。薄く微笑んだまま、仲里から視線を逸らさずそのままでいる。
こちらはーーーそれどころではなかった。
なんなんだ、こいつ。
「それとも。そもそも先輩のこと、そういう意味で好きじゃないしなるわけないと思ってるんじゃないんですか? だからそういう態度が取れるんじゃないんですか? ーーー先輩のこと、自分によく懐いてるペット感覚に思ってるんじゃないんですか?」
「やめろ!」
叫んで。
仲里の肩を掴んだ。ーーー強くは掴まなかったが、手加減もしなかった。
「だってこんなの酷い! 先輩のこと好きでもそういう意味で考えてもくれないひとに敗けたなんて、こんなのってない!」
「敗けたとかそんな問題じゃなーーー」
「だってこのひと好きなひとがいるじゃない! あたしわかるーーーそのひとがいる限り、先輩はこのひとに見向きもされない!」
「ーーーっ、」
黙らせたくて。黙って欲しくて。
無意識の内に上がろうとした腕をーーー誰かが、掴んだ。
「ーーーともり」
静かな声。
うしろからその腕を掴みーーー自分を、制止するひと。
「駄目だよ、ともり」
深い深い、すべてを呑み込んで映す眼。
「・・・・・・っ、」
自分は今ーーー泣き出しそうな子供のような顔をしているんじゃないかと、思った。
「ーーー仲里さん。今日はもう帰りますね」
静かな口調のまま。
穏やかにも聞こえる口調のまま、彼女は微笑んだ。
「ちょっと熱くなってるし、また日を改めましょう」
「逃げるんですか?」
「いいえ」
尚も言葉を重ねようとした仲里に、彼女は微笑ってーーー自分を前に、あの時のことに関する本音をはじめて見せた。
「そんな器用なことが出来るなら、もう何年も前にやってます」




