彼らの永遠 7
「はあ……? ヘアージュエリー……?」
機材室担当の久世は恐らく五十代くらい。親世代と言っても通るそのひとは、その単語を聞いて首を傾げた。
先ほどまでいた編集室ではなく、ミユキたちがいた奥の編集室だった。ドアのガラスにはカーテンが引かれているから見えないし、電気をつけてしまえば何の問題もなくなる。
鉢峰がまた説明した。というより久世への説明を全て鉢峰がしている。言ってくれたなとは思うが嘘を強要するのは違うし、そもそも騒ぎになりかけたのだから久世にはどちみち説明が必要だった。嘘であれ本当であれ。
「……髪で……アクセサリー……?」
久世にとってのキャパは超える単語だったようだ。想像するように間を置いて、何だかとても苦いものを突っ込まれてしまったような顔になる。
「あ、でも、俺も気になって昨日調べてみたんですけど……こう、言うほどあれじゃなきんですよ。髪の毛だと思うとちょっとあれなんですが」
何に対するフォローなのかよくわからないが少しあわてたように日代が言った。手にしたスマホを意味もなくぱたぱたとする。怖いもの見たさかもしれなかったが、薄っすら興味を持ったらしい久世がふうむとうなり、この部屋で唯一インターネットに接続されているMacを起動させた。表の編集室にあるものよりは型落ちだったが問題なく繋がり、検索エンジンに言葉を打ち込み出て来たURLのひとつをクリックする。説明文と共に表示されるヘアージュエリーの画像。
「ううん……確かに、髪の毛だと思わなければ……いや、髪の毛にしか見えないが、まあ、そうだな、そういうのを抜いたらまあ……見事なものだな。資料館にあってもおかしくない」
「真珠とか宝石とか。組み合わて創られてて、こう、価値観とか度外視したら、こう……ああ、綺麗だなって、俺は思ったんです」
「そうだな、うん……や、俺も否定するわけではないんだ。ただあんまり馴染みのないことでびっくりしてな。カツラとかだったら何の不思議もないんだか」
「俺もそうです。遺髪の場合はよっぽどそのひとのことを大事に思ってなければ創らないものだろうし。形見じゃないですか。ただまあそれと今回の話は別ですけど」
「久世先生、今回の話は嫌がる女子に何度も何度も髪をくれって追いかけ回して来る変態の話なんです。ヘアージュエリーはまた違う話なんです」
「……生徒にこんなことは言いたくないが、無理強いするならそれは普通に駄目だろう……ひととして……」
男が女に髪をくれ髪をくれと追いかけ回しているところを想像したのか久世がぞっとしたように言った。心配そうな顔でミユキを見る。
「学生課に相談するか? 相手の名前はわかってるんだろ? 何なら今から付き添って証言するぞ。デザイン学科の教授にそれとなく言ってもいい」
「必要となったらお願いします。ことを大きくはしたくないようなので」
とはいえそうしてもらうのが一番なんだからなと言いたげな眼で鉢峰がじとっと見て来る。言いたいことは全て鉢峰が言ってくれたのでこくりとうなずいて同意し、お騒がせして申し訳ありませんと丁寧に頭を下げた。
「でもさ、卒制取り掛かるの遅くね? もう十月だぞ」
明かりを落とし作業を再開すると背後で日代が言った。
「まあデザ科の卒制過程がどんなものかなんて俺は知らないけどさ」
「や、確かに遅いみたいだよ。今から一週間前になるまで取り組まなかったみたいだね」
「……舐めてるなあ」
取り組んでも出来ないではなく取り組まない。そこに努力不足ややる気不足を指摘されても致し方ないだろう。
「舐めてるんだよ。いろいろと」
あっさりと鉢峰が言ったが、まあ確かにそう取られても致し方ない。日代と鉢峰は極めて常識的なことしか言っていない。
「あからさまに逃げられたのにあそこで笑えるあの力はメンタルの強さなんて言葉で補えないだろ……サイコパスか、あいつ」
「話通じないからね……あれ? むしろサイコパスって話通じるんだっけ?」
人心把握が上手くて不自然を隠せるのがサイコパスだっけ。いやまあ、サイコパスであれサイコパスでなかれ、湯川自体に用はない。全く。
「御影、蕪木には言った?」
「みんな同じこと言うね……」
みんなと言っても鉢峰だけだけれど。溜め息を吐くと日代が声を曇らせた。
「言っとくべきだと思うけどなあ。何かあってからじゃ遅いぞ」
「……そうだね」
メール。刃と刃が擦れ合う冷たく乾いた音。
じんわり滲むようにスイッチが光を発するのを視界の端に見て、息を吐いた。




