三十一、がれきの発掘 四
街にはびこる、著しく馬鹿馬鹿しい教条主義にして教会主義。実質的に購買を強要される人形は、その最たるものだ。極めつけは邪教徒認定。それらを推進し、市民を締めつけている元締めが彼となる。一方で、貧民区には施しもするし、中間層区や富裕区でも人心を安定させている面もある。
それやこれやをまとめると、クソくらえという言葉が最適だった。参事会の教会派も同罪だが、魔女討伐など実施したお陰でパニーがややこしい困難を抱えることになったのだから。
「もうご存知の通り、私がペンドル」
「助祭のラカスです」
これに応じ、自分達も名乗りをすませた。
「さて。アコー殿からもたらされたお話は、まことに重大だ。ここでは、それを語る場所としてふさわしくない。そこで、高級祈祷室へ移ろう」
「ご配慮痛みいります」
アコーが淀みなく答えた。ここでは、彼女が貧民を導いてきたことになっている。だから、しばらくは黙ってなりゆきに任せるしかない。
「皆様、こちらです」
ラカスが、率先して一同を導いた。
祈祷室は、ロビーに勝るとも劣らない内装を施されていた。硬く冷たい長椅子ではなく、革張りの一人用ソファーが十数脚ならんでいる。説教壇も、金箔を張りつけ、ラピスラズリでこしらえた聖印がはめこまれている。
なるほど、『高級』だ。いくら非常時とはいえ、また、パニーがある程度の発言力を持っているとはいえ。ただの貧民までここに連れてくるはずがない。すなわち、最初から話の下ごしらえがすんでいる。
しかも、人数分のソファーが向かいあうように配置されており、ご丁寧にもテーブルまで据えてあった。明らかに、長丁場を意識している。
「さあ、座りたまえ。席次は無視して構わない」
司教の勧めで、各自が思い思いに座った。
「では、改めて。最初に申しておくが、アコー殿を除くご一同が貧民でないのはすでに聞いた。それを踏まえ、今回の暴動は、勇者ことトラバス氏が原因だとも。いわく、彼が突然暴れだしたことによる、偶発的な連鎖反応であり、まずはトラバス氏を沈静化させることが肝要とのことであった。アコー殿、それで間違いないな?」
余計な慰労は割愛し、司教は確認した。
「はい」
「アコー殿はさらに、トラバス氏は富裕区で虐殺を繰りひろげ、衛兵も太刀打ちできぬという。特に、ミラー参事会員、ならびにそのお孫さんでいらっしゃるテティ殿は大きな被害を受けた、と」
「はい」
テティは黙っており、アコーだけがふたたび答えた。
「一方で、トラバス氏は、教会や参事会長からの知遇を忘れておらず、私からの説得があれば耳を貸すであろうとも伺っている」
そこでボエは言葉を切った。まばたき数回分ほど、彼は沈黙し、重苦しい空気が鉛さながらに横たわった。
「タック殿、貴殿は特別な力をお持ちだそうだな? 臨終寸前の人間の夢に、介入できるという」
「はい、左様でございます」
さすがに、司教相手にぞんざいな言葉遣いは選べない。
「そして、この半年間、トラバス氏と同行した貴殿の義妹であるパニー殿に……あー、それを実行していたと」
「それにつきまして……」
トラバスが、司教とも参事会長とも繋がっている以上、事実をべらべら喋るのは愚の骨頂だ。さりとて、目的を果たすには、司教の心を揺さぶらねばならない。
「うん?」
「トラバス氏は、魔女と取り引きした可能性があります」
これは、嘘ではない。むしろ積極的に開示することで、魔女の要望にも近づく。
「何と!?」
小さく叫んだのはボエの方だ。ペンドルは目を大きくしたが、無言のままだった。十中八九、ボエの反応は芝居だろう。
彼の立場にたつなら、トラバスと魔女の取り引きを、とっくに知っていてもおかしくない。それを悟られまいとする演技だ。
「元々、私の力……つまり夢葬は、当人の最大の願望を夢として実行するもの。パニーにつきましては、トラバス氏と魔女の係わりについて知ったことを私に伝えるのが最大の願望でありました」
これも、事実の範ちゅうと考えて良かろう。
「一体、貴殿は何がいいたいのだ」
「トラバス氏を、邪教徒の手先から正道にもどすには、もはや司教様のお力以外にございません」
「ならば、一つ足りない」
「何でございましょう」
「事実の追求を果たすためにも、パニー殿の身柄をこちらへ移されよ」
「猊下、まことに申し訳ございませんが、少なくとも現状では不可能です」
「どうしてだ? 暴動だからか?」
「御意にございます」
「貴殿らがここにきたのと、同じ要領ではならぬのか。いや、こちらから人手を出しても良いのだぞ」
「パニーはいまだに意識不明でございます。万一、暴徒に傷つけられるようなことがあれば、取りかえしが効きません」
「だからこそ、こちらから人手を出そうではないか」
辛抱強く持ちかけるボエの精神には、巨大な建前の黒い壁が据えられている。ストラにおける教会の代表として、慈悲の権化たるべしという建前が。
本音は単純で、どうせトラバスは自分の手駒になるのだから、パニーさえそろえばユーバ参事会長をも凌ぐ権力が手に入る。
半年間、パニーを放っておいたのは、トラバスが覚醒するのを待っていただけのことだ。
「失礼ながら、教会の貴重な人手は、教会そのものを守ることに当たった方がよろしいかと」
「その点ならば心配はいらぬ」
ボエが、ペンドルにちらりと目配せした。
「そこは、私から説明しよう」
ペンドルは、上着のポケットから小さな人形を出した。フィナンのような兵士で、親指くらいの大きさしかない。彼は、人形をテーブルに置いた。
「タック殿、私に殴りかかってみろ。いや、言葉通りの意味だ。遠慮はいらない」
自信たっぷりなペンドルの要望に、それならばと席をたち、拳を固めて彼に振るった。その瞬間、人形の右腕がこちらまで伸びた。右腕以外の部分は元のままだが、右腕だけは大人と同じ大きさになった。そうして、こちらの手首を掴んで止めた。こちらが力を抜くと、人形の腕も元通りになった。
「と、まあ、こういうことだ。教会には、こうした人形を要所要所に配置してある。一つ残念な話をつけ加えると、数が足りないので、教会を守る分しかない」
「精巧この上ない人形ですね。しかし、これほどの性能……まさか、人間の」
「企業秘密だが、あくまで魔法による人工的な技術だ」
早口に、ペンドルはまくしたてた。ボエは、黙ってこちらと彼を交互に観察している。
「暴徒達が、教会からの人手を大人しく通すでしょうか?」
あえて、話をそらした。
「タックよ、暴徒は魔女に理性を狂わされているだけのこと。むしろ、我々を目にすれば神への信仰を回復するだろう。その意味でも、やはり我々から人手を出すのが適切だ」
いつの間にか、呼びすてになっている。
「富裕区で暴れているトラバス氏を、その要領で沈静化すればいかがでしょう?」
「そちらは衛兵が対処している。それに、中間層区の市民達まで暴動に加われば、さすがに手の施しようがない」
一手一手が、ボエに押されている。
「猊下、こちらにいるテティ氏と、付添いのノンド氏は、富裕区から脱出してきました」
どうしても使いたくない手だったが仕方ない。
「ふむ」
「ご両親は行方不明で、ノンド氏以外の使用人も生死が定かではございません。テティ氏の祖父は、ミラー参事会員です」
ほう、とペンドルがふたたび言葉を放った。
「ミラー参事会員は、魔女討伐について、ユーバ参事会長と激論を戦わせていました。そのミラー参事会員がいる邸宅が、まっさきにトラバス氏に襲撃されたとのこと」
本当は、そこまで詳しく話されてない。つまり捏造。テティは、謹厳実直にかしこまって無言のままだった。
「パニーの身柄はいつでも移せます。で、ありますからには、トラバス氏を抑える方が優先かと」
「富裕区の衆は、ふだんから、こうした非常時における心構えを共有しておる」
ボエは、これまでより一段と厳しい顔つきになった。
「その心構えとは、もしストラ市に有事あったならば、自ら率先して……つまりは心身を賭して……解決に当たるべしというものだ。だからこそ、強大な権力の所有が神から許される」
ボエは、テティをじっと見つめた。
「未成年であっても、それは同じ」
「もちろん、祖父から良く聞いて存じております」
テティは、視線だけでなく台詞においても真っ向から打ちかえした。
「ならば、ご自分の境遇が後回しになるのもご了承していられるな?」
「はい」
「猊下、テティ氏のご自宅には人形がありました」
ことここに至った以上、核心を……確信の持てないまま抱えていた核心を……持ちだすしかない。
「それがどうした?」
「その人形は、テティ氏によりフィナンと名づけられておりました。魂を持っており、寿命がきて私が夢葬しました」
今度は、ボエだけでなくペンドルも口を閉ざした。




