『アルファ』を獲得せよ〜レッスンその2『序列を教える』〜
『グアアア!』
「うわあっ!?側面に体当たりしてきやがった!」
逃がすまいとカルノタウルスは馬車の側面に自慢の角をぶつけて横転させようとする。御者も振り落とされないよう座席で踏ん張って必死に馬を駆らせる。
『グオオオオオ!』
だが、健闘虚しくカルノタウルスは馬車の側面に亀裂を入れるほどのタックルで牽引していた馬と一緒に横転させる。
「あ…あわわ…助け」
その直後に御者は頭から齧られ、犬のオモチャのように乱暴に振り回される。
「いたた…皆さん、大丈夫ですか」
馬車の中ではウサギ耳が生えた女性、恐らく乗り合わせていた少女達の侍女なのだろうか安否を気にしていた。
「な…何とか…」
「お尻打っちゃった…」
小さなピエロの帽子を被りながら十四歳ほどの少女と、同じくウサギ耳を生やした八歳ほどの少女が無事だと返答する。
「…静かにして欲しいの」
しかしツインテールの少女は『無事』と答えるよりも、物音を立てないで欲しいと静かに警告した。
『ガルルル…』
「「ひっ!?」」
それもそのはず、馬車の窓にはカルノタウルスの血走った目がギョロッと動いては瞬きをし、瞳孔が開いて自分達のことを睨んでいるのだから侍女と十四歳の少女は思わず小さな悲鳴を零す。
『グオオオ…!』
『ガルルル…!』
馬はとっくに何処かへと逃げており、カルノタウルス達はランパスと御者を食べても物足りないのか、馬車を頭の角で小突いて揺らし始める。
「きゃあ!?ひいっ!?」
「や…止めなさいよ!?」
ずっと乗ってきた馬車があり得ない揺れ方をするために十四歳の少女と八歳のウサギ耳少女は恐怖で震え始める。
「うっはっはっ!今助けてやるぞ!!」
『ガアアアア!?』
すると馬車の中だから音しか聞こえなかったが、騒ぎの中でやたら大きな笑い声と共に鈍い音がし、カルノタウルスの悲鳴と大きな物が倒れる音がした。
『グオオオ…!?』
外では一頭のカルノタウルスが地面にのたうち回っており、目の前には豪快を絵にしたような男が馬車の上に立って見下ろしていた。
「頭部への不意打ちと滑空による飛び蹴りだと、これぐらいが精々か!」
その男はグランドレイク王国の第一王位継承者であるエグルマだった。手にさ蔦が握られており、ターザンロープで滑空してカルノタウルスの頭部に飛び蹴りをしたのだ。
『グアアア…ギシャア!?』
突然の乱入者に驚くも、飛んで火に入る夏の虫だともう一頭のカルノタウルスが背後から噛みつこうとしたが、脚を斬りつけられた痛みでバランスを崩して倒れてしまう。
「兄上!もう一頭いるのを忘れるな!」
馬車の下側から剣の刃に付着したカルノタウルスの血を振り祓い、エグルマに注意を払っているのは同じくグランドレイク王国の第二王位継承者のレイスニーだった。
「お前なら援護してくれると思っていた。さて…」
『グオオオ!』
『グアアア!』
不意を受けたカルノタウルス達は怒り心頭を露わにするように唸り声を挙げていた。
「おいおい…あの時のワイバーンもどきじゃねぇか」
「こいつらと戦うのかよ…」
「不足の事態だったとは言え、いつまでもグランドレイク王国の者として気後れするでない」
「いざと言う時は俺達が守る!遠慮なく戦え!」
林業のような仕事をさせられるかと思ってたら、自分達のトラウマを掘り起こすモンスターと戦わされる羽目になったリュカとマーキー達はつくづく付き人になったことを後悔するのだった。
▷▷▷
それから三日後――
「キオナ姫様、お兄ちゃんはどうしたの?」
「リリーちゃん、エインは今は大事な儀式の真っ最中ですよ」
現在キオナは自室にて事務作業をリオーネの監視の下で行っていた。そこへリリーがエインの居場所を訊ねに来たために困ったように返答するのだった。
「まあ、どうしてもと言うのなら…」
「ダメです姫様。我々がルミナス、バリオン、キプロニアス王国を巡っている間に書類が溜まっていたのですから」
エインに会いたいし、リリーの要望にも応えられる。何よりも面倒な事務作業をサボれると考えたキオナだが、リオーネはみすみす見逃す気はないと監視の目を向けてくる。
「それじゃあ姫様は知ってます?」
「リリー、今は姫様は忙しいんだが…」
子供ゆえに理解を示さないリリーにリオーネは補足するように追い返そうとする。
「最近、壁の外でオバケがたくさん出るって噂を」
「オバケ…ですか?」
これまた子供らしいと言うか、話題の内容はオバケを見たと言うものだった。
「見間違いとかじゃないのか」
「ううん、見張りのおじさん達がそんなこと言ってたの」
幼少期は暗闇でカーテンや自分の影をオバケと思って怖がることは少なくない。しかしリリーは噂の出どころはこの国の見張りをしている衛兵達からだと言うのだ。
「リリーちゃん、それはどんなオバケだったか分かりますか」
「えっとね、外の森の中で何かが光ってて、動いてたんだって」
「…詳しく調べた方が良いかもしれないですね」
「姫様、書類はまだ…」
リリーからの詳しい話を聞いたキオナはオバケの正体を見極めようと考えていたが、リオーネは先回りして書類の山を見せつけてくる。
「分かっています。ですが、動く光をオバケと言うからには恐らく夜間に見たのでしょう」
「ですから恐らく衛兵が見間違えたのだと…」
何とか興味を逸らせようと仕切りにオバケではなく見間違いだと押し切ろうとする。
「では逆に聞きますが、その光がオバケではないのなら…何が光っていたのですか」
「それは……あ」
オバケを否定するのは何ら不思議ではない。しかしそれならば見間違いとは言え、衛兵達が目撃した光の正体は何なのかと言うことになる。
「もしかして敵対国からの使者がそこにいる可能性があります」
断言は出来ないが、何者かが夜間に明かりを灯していた。これはつまり人目につかないよう闇夜に隠れて何かが進行している証拠ではないかとキオナは考えていたのだ。
「考え過ぎなのでは…」
「それなら宜しいのですが、現にキプロニアス王国のバンシアナ国王は暗殺されかけましたよ」
生き残るのに必死で忘れていたが、自分達と同じようにこの異世界で生き残った国々の中には邪な思想を持つ国があっても不思議ではない。自分達も既に国王暗殺未遂事件に巻き込まれたことがあるのだから尚更だ。
「いずれにしても調べる必要がありますね…」
「って、姫様はまだ書類が…」
理由付けて事務作業から逃げようとしているかもしれないが、敵対国の可能性も捨てきれないため無下には出来ずリオーネはどうしたものかと書類を差し出しながら考え込む。
「じゃあ、お兄ちゃんに何とか出来ないが聞いてみる」
「あ…はあっ…私は書類と睨めっこですね」
手が離せない様子を察したリリーは執務室を後にし、口実が向こうから居なくなったことにキオナは落胆しながら渋々書類の山を片付け始める。
▷▷▷
「お兄ちゃん〜…わっ、どうしたの?」
「はあっ…はあっ…リリー…ちゃん…?ちょっと待ってね…」
リリーが訪れてみるとエインは目の下に隈を作り、若干やつれた顔付きをしていたためにオバケと見間違えてしまい驚いてしまう。
「あう…うあ…ううっ…」
「あ…トウガ…」
最初は拘束されて暴れていたトウガだったが、力尽きて止まり木から地面に落ちてしまう。
「よく頑張ったわね。もう良いわよ」
「は…はい…うぐうっ…」
「お兄ちゃん!」
アレッサからの労いの言葉を掛けられたエインはトウガと共にその場に崩れる。
「まさか三日間も粘るとは思わなかったが、エインもエインで根性があるじゃねぇか。流石は俺達が見込んだだけはあるぜ」
なんと幼いながらも三日三晩も飲まず食わず眠らずに暴れ続けたトウガと、それを根負けさせるほどに疲労させたエインにマルスは賞賛の言葉を贈る。
「お兄ちゃん、どうしたの」
「リリーちゃん、エインお兄ちゃんはずっと大切なことをしててスゴく眠いのよ。今は少し寝かせてあげて」
「次の訓練のためにも疲れたままじゃダメだからな。それよりもサンボの奴に頼みたいことがあるんだ。探してきてくれるか」
心配になって泥のように眠るエインを起こそうとするリリー。だが、これから行う儀式の続きのために少し休ませる必要があると諭し、その上でリリーにサンボを探すよう頼むアレッサとマルス。
「はい、オヴィラプトルのガリク唐揚げの完成だよ」
リリーに呼ばれたサンボはアレッサとマルスから「美味しい料理を作ってくれ、出来れば空腹時に一番食べたくて食欲を唆る物を」と言う注文の元でニンニクのような野菜ガリクを使った唐揚げを調理した。
「美味しそう♪」
「これはエインお兄ちゃんとトウガにあげるものよ」
「君のは後で別に作ってあげるからね」
見掛けに寄らず食いしん坊なリリーは唐揚げを食べたがるも、これはエインとトウガの儀式に必要な食べ物だった。
「おい、大丈夫か。次の儀式に移るぞ」
「はい…どうすれば?」
二時間ぐらい眠ったエインはマルスに支え起こされ、次の工程を教えて貰う。
「あう!うがああっ!」
頭巾は外されるものの、相変わらず足枷によって止まり木に繋がれたトウガは空腹と疲労で極限まで気が立っており、血走った目をエインに向けながら両腕の翼をバタつかせ、鳥の脚の鉤爪を振りかざしていた。
「気圧されちゃダメよ。まだトウガは自分自身こそがトップで力を見せつければ、あなたが手にしてる食べ物を貰えると思っているわ」
「はい…!」
エインの手にはサンボが作ってくれた唐揚げが握られており、トウガはそれを手に入れようと気が立っていたのだ。
「あうが!うがあああ!」
「っ…トウガ」
空腹時は誰だって気が立って恐ろしく見える。狩りのパートナーとしての血脈を受け継ぐトウガも例外なく、足枷が無ければ真っ先に刷り込みではあるが親であるはずのエインに襲い掛かる様子だった。しかしエインはそんなトウガに恐怖と哀れみを抱いていた。
「気の毒に思うか?」
恐怖は仕方ないだろうが、マルスはエインの優しさを汲み取って哀れみを覚えていることを危惧するような口調で語り掛ける。
「僕も…お腹が空いても『能無し』、『穀潰し』って言われて殴られたり、蹴られたりして貰った食べ物をこんな風に取り上げられて…それをトウガに対して僕がやってると思うと…」
単純に優しさだけではなかった。過去に味わった苦い記憶が今の自分と重なり、トウガを同じ目に遭わせていることがエインには耐えられなかったのだ。
「たまにガキの割には色々と据わっていると思っていたが…泥水を啜ってでも生きてたんだな」
「確かにかわいそうに見えるかもしれないし、あなたの心の傷を抉ってしまうかもしれないわ。けど、時として優しさだけでなく厳しさも必要なのよ。でなければ、あの子は良し悪しが分からなくなるわ」
エインの暗い過去に二人は息を呑むものの儀式の必要性を諭し続ける。
「悪いことをしたら叱ったり、お仕置きをしたりして悪いことだと教え込むのよ。この子はまだ生まれて間もないから分別が付かない…何が良くて何が悪いか分からないのよ」
「今こうしてお前を襲おうとしているのはそれが良くないことだと知らないからだ。それを教え込むのが親としての責任だ」
「親としての…責任。もしかしてお父さんやお母さん…オノーダおじさんも…」
捨てられる前に悪さをして両親から怒られたこともあるし、養父となってくれたオノーダもやり方は違ったが確かに悪いことをしたら叱っていたことを思い出すエイン。
「あなたもそうでしょ?どんなことされた?」
「うん…お母さん達からは怒られたけど、オノーダおじさんは裸にしてくすぐってきたけど…」
「え…そんなことされたの?」
落ち込むエインを励ます、もしくは気を楽にさせようとからかうつもりでどんな風に怒られたのか聞いたが、オノーダからはまさかの内容で怒られていたことにアレッサは呆気に取られる。
「仕事で失敗したら、まず色んな人から殴られたりしたから…今思えば、傷だらけになった僕をそれ以上傷つけないためだったのかな」
しかし一風変わった怒られ方にはそれ以上の苦痛を与えないオノーダの思いやりがあったのではとエインは胸に手を当てる。
「…とにかくだ。お前の記憶ではそいつらは食べ物を与えなかったが、お前自身はそんなことはしないだろ」
妙にしんみりしたムードに感化されていたマルスは奮い立たせるように語り掛ける。
「さっき説明したように、トウガがお前を襲ってはならない相手であると同時に逆らうことを許さない立場の存在だと覚えるまで食べ物を与えるなよ」
「……はい」
打って変わって目付きが変わったエインはマルスからの説明を再び受け、自分のすべきことを見据えたかのようにトウガの目を見つめる。
「ぐううっ…!うぐうっ…!!」
足枷の鎖が伸び切り、それ以上前に進めないトウガは目と鼻の先に立っているエインを睨みつけていた。
「お腹空いてるよね?」
「あぐっ!がうっ!」
彼の手には唐揚げが握られており、食欲をこれでもかと刺激する匂いと見た目にトウガは狂犬のように涎を垂らしながらガチガチと歯を鳴らす。だが、エインは決して唐揚げを与えようとはしなかった。
「でも、僕や皆を襲うならあげられないよ」
「ぐうううっ…!?」
睡眠と食餌、更には身体の自由と判断力を奪われたトウガは今の自分ではどうにもならない気持ちでいっぱいで苦虫を噛み潰したような顔をしていた。いわゆる『屈辱』を味わっていたのだ。
「次よ、その料理を目の前で食べて」
「分かりました」
対するエインはアレッサの指示で唐揚げに齧り付く。直後にパリッとした衣とジューシーな肉から肉汁と油が溢れ出し、エインの足下にポタポタと落ちていく。
「あうが…がうがあああ!?」
ただでさえ飲まず食わずなのに目の前で美味しそうな物を食べている光景を目にしたら誰だって狂乱するだろう。トウガは白目を剥かんほどにエインの前で暴れ狂う。
「ダメ!あげられないよ!」
目の前で食べ物を食べることもアレッサ達の作戦の内だった。これで悪いことをしたら辛いことが待っていると教え込ませ、良し悪しの分別を付かせるようにするのだ。
「ここからが正念場だぞ。攻撃しようものなら距離を取り、しないなら本当に攻撃しないか確認をするんだ」
逆らえないことを刷り込ませ、後は本当にエインを攻撃しないかどうか確認する必要があった。これは騙し討ちを受ける可能性もあるが、もしも傷つけない意思があるのならするべきことを行うべきだ。
「トウガ…そうだよ。僕や皆を傷つけないのなら…」
「あう…」
手を伸ばしてゆっくり近付くエインにトウガは少し後退りするものの攻撃する素振りはなかった。
「……あう」
手はトウガの頭に優しく触れられ、彼女も受け入れるように頭をエインの手の平に押し付ける。
「そう、そうだよ。良い子だね」
「あうがっ!」
もう無闇に攻撃しないと理解したエインは微笑みながら唐揚げを差し出すと、トウガは夢我夢中で食べ始める。
「良いわよ。これで序列を覚えたはずよ」
「じょれつ?」
「まあ、自分の順番だな。これを守らないとルールが成り立たないからな」
オオカミを始めとする群れを作る生き物はボスを中心に縦社会が築かれており、自身の立場を弁えて従順になる本能を序列と言う。犬の調教にもこの本能が利用されており、動物やモンスターだけでなく人間社会にも適用される場合がある。
特に王族と庶民と言う位の差が歴然としているご時世ならば尚更だろう。
「よく頑張ったわね。これで一段落よ」
「はあっ…良かったぁ…」
アレッサから労われたエインは気が抜けて、その場に尻餅を着いた。
「お兄ちゃん、頑張ったね」
ようやくエインと触れ合えるようになったリリーは甘えるように腕に頬擦りをしてくる。
「リリーちゃん…」
「あれ、お兄ちゃん…何処か痛いの?泣いてるよ」
気付くとエインは涙を流していた。飲まず食わずで三日三晩の徹夜をし、トウガに序列を教え込むのは体力的にも精神的にも辛かったはずだ。リリーは何気なく甘えるつもりで頬擦りをしたが、それだけでエインの辛い思いは癒され涙するのだった。
「ううん、大丈夫だよ」
「そう言えばお兄ちゃん、国の外でオバケが出るって知ってる?」
涙を拭って落ち着いた様子を見せるエインに、リリーは安心してキオナに持ち掛けた話をする。すると正門の方で何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「すみません!?ここにキオナ姫かシフォン姫!或いはルティカ姫はおられますか!?」
正門には全身に生傷を負い、這う這う体で馬車を駆った御者だった。牽引していた馬もフラフラした足取りで虫の息になっていた。
「伝言です…今すぐ防衛体勢を取れとのエグルマ様とレイスニー様からの伝言です!?」




