『眠れ』ぬ雨宿り
「姫様ー!姫様ー!」
「リオーネ、もうよせ。夜が更けるぞ」
リオーネ達もシンラプトルとドリプトサウルスの襲撃によって兵士が数人犠牲になるも何とか逃れていた。だがキオナ達がいないことに気が付き、ひとしきり探すも雨天と日暮れにより捜索は困難を極めていた。
「くっ、またしても日没で捜索が打ち切りになるとは…!?」
ディノニクスなどが攻めて来た時にキオナだけは逃がしていたが城に帰ってきておらず、捜索しようにも日没後の上に魔法とスキルが使えなくなって間もないこともあって断念しており、二の舞を演じたことにリオーネは心底悔しそうにしていた。
「キオナもこの異世界で生き延びいたのだ。そう簡単にヤラれるほどヤワではないはずだ」
「うむ、それにいなくなったのがキオナだけならまだしも、他の者達がいないと言うことは共にいるはずだ。ならば問題なかろう」
心配していない訳ではないが弱肉強食が強調されたこの異世界を魔法もスキルも無しに生き抜いて来たからこそ、そして苦楽を共にした仲間達がいるからこそ思い詰める必要はないとレイスニーとエグルマは答えるのだった。
「でもちょっち気掛かりなのは暗殺者の二人も無事だってことかな」
その中でマルトは暗殺者達も無事であることを気に掛けていた。自分達の国王を暗殺しようとした連中なんて捕食された方が良いが、その二人はドリプトサウルス同様に檻から上手く脱出して逃げ仰せていたのだ。
気掛かりなのはその脱出方法であり、セントロサウルスによって変形した檻を調べていたラスコは信じられない顔を浮かべていた。
「やはり幾ら調べても檻には魔法が行使された跡がありますね」
「魔法を使ったと言うのですか…この異世界で?」
この異世界では魔法やスキルを発動させるのに必要な魔力や魔素が存在しないし、だからこそこの異世界に転移した自分達は魔法もスキルも使えなくなり、多くの犠牲者を出したり生活の基盤が崩れる結果を招いた。
それがこの異世界で知り得た今の常識であり、最初は信じられなかったが徐々に受け入れつつあったのに、魔法が使われたと言う調査結果はとても信じられなかった。
「ですが見てください、檻の一部が焼け溶けたようになっています。これは魔法の『バーニングショット』で開けた形跡ではないかと」
信じられなかったが高温によって焼け溶けた格子を目にすれば意地でも魔法が使われたと認めざるを得なかった。
「けど確かこの異世界では魔力そのものがねぇから、人間や異種族はもちろん、この異世界の固有種モンスターも火を扱えないんだろ」
以前ドランを始めとするキャラバンの救助に向かった時にティタノボアを仕留め、食糧としてラスコが解体を兼ねた解剖を行った際には魔力や魔素などを取り込み蓄える器官がないため、火を吹くことも出来なければ魔法も扱えないと言う見解に至った。
「だったら何でこの檻に魔法が使われた形跡があるの?」
「これだけでは何とも言えませんが…ただ、彼女達は単なる暗殺者ではないことは確かでしょうか」
実質スキルや魔法などの特殊能力が使えないのならば、人間でもモンスターでも武器は生まれ持った身体能力だけと言うことになる。だから暗殺者相手でも獣用の檻だけで済ませていたが、完全に相手のことを見くびっていたと言わざるを得ないだろう。
「まさかまたバンシアナ国王とシーナ姫を襲いに?」
「一度失敗したとは言えあり得るかもしれんのう。メリアスよ、伝書鳩を」
暗殺とは人知れずにターゲットの命を奪うことだが、今回のことで色々と露呈し警戒心が高まっている中で行われるか分からないが、ソルラスは念の為リョコウバトを使って報せるようにする。
「今は暗殺者よりも姫様を探すんだ!今頃凍えているかもしれん!もしそうなら…」
「リオーネよ、そんなに気負わなくても…」
今は自分達の命の無事を考えるべきなのだが、リオーネは離れ離れになったキオナの身を案じており、側近としてここまで忠誠心を尽くせるのはそうはいないとレイスニーは思いつつも励まそうとする。
「濡れたあのお身体を…頭の先から指の間まで余すことなく私が拭いて、服から下着まで私が着替えて差し上げるのに…うへへ…」
「よし、認めてやろう。お主は立派な側近である前に立派な変態だ」
忠誠心はもちろんだがそれとは別に危ない感情が見え隠れしたことに前言撤回と言った様子で言い放つ。
「って、あー!ちょっち何してんの!」
「今度は何だ」
リオーネのことで呆れていたらまた何やら騒ぎが起きたと言わんばかりのマルトの声に面倒くさそうにレイスニーは応対する。
『キュルルル』
「このモンスター!また下着を盗もうとしてる!」
マルトのバックの中に頭を突っ込み下着をスルリと抜き取っていたのは、キプロニアス王国の軍候補生の寮で下着泥棒をしていた小型恐竜のメイだった。
「あの騒動で逃げたとばかり思ってたけど」
「どんだけ女の子の下着が好きなのよ」
盗んだのは巣材を作るためだったが捕獲されても懲りずにまた下着を盗むために再び現れるところは人間の下着泥棒も顔負けであり、呆れを通り越して感心してしまいそうだった。
『キュル!』
「それお気にの下着じゃん!また盗む気なの!返して!」
だが、だからと言ってみすみすお気に入りの下着を再び盗まれる訳には行かないと取り返そうと、引きずり出した下着を咥えたメイを捕まえようとマルトが飛びかかる。
「この!この!素早い…!」
『キュルル!』
ところがメイは身体が小さいため走るのはとても速くマルトの追跡を嘲笑うように走ったりジャンプしたりして避けていく。
「ちょっ、ゴムが伸びるから離してよ!」
『キュルル…!』
何とかマルトは下着を掴むもメイも下着が気に入っているのか一向に離そうとせずに綱引き状態になってしまう。
「…もしかしてこいつは姫様を探すのに使えるんじゃないのか」
「何?それはどう言うことだ」
人と小型恐竜が下着を巡って駆け回ると言うコミカルな場面が繰り広げられている中で、マルスはキオナを探し出す方法に使えるのではと口にしてリオーネを半信半疑にさせる。
「あのモンスターは女の下着を中心に盗んでて、しかもマルトはその被害者でまた盗まれそうになってる…つまりあのモンスターは気に入った下着を判別し追ってくることが出来るってことだ」
「だから…何だ?」
言いたいのはメイには好みの下着を追跡する能力があると言うことだが、それがキオナを見つけ出すこととどう繋がるのか理解出来なかった。
「こいつに姫様の下着の匂いを覚えさせて、追いかけさせれば良いんじゃないのか」
「なるほど、猟犬代わりか」
「確かに被害に遭われたマルトさんの下着をもう一度盗もうとしてますからひょっとすると…」
巣材のためとは言え気に入った下着にここまで執着心を見せているため、キオナの下着を使って追跡が出来るのではと考えほぼ全員が頷くのだった。
「それじゃあ姫様の下着が必要ね。リオーネさん、持ってるんですよね」
「な、何故それを…!」
早速探そうとリオーネにキオナの下着を借りようとするが、彼女は何故所持しているのを知っているのかと心底驚いていた。
「愚か者、さっきの会話で分かるわ」
「それに姫様の側近だから着替えぐらいは持ってると思ってたけど」
自覚がないのか先程のやり取りを見れば分かるし、側近と言うこともあって準備が良い部分もあるだろうからそこ踏まえて聞いただけだった。
「しかし…姫様の下着は高級シルクの代物だ。それにもしも姫様のことに何かあって換えの下着が無ければ…」
「おい、何を考えたか知らないが言い訳するなら鼻血を出しながらじゃ説得力ないぞ」
便宜上ではそれらしいことを言って作戦に消極的になっていたが、下着を身に着けないキオナを妄想したのか台無しであった。
「今はキオナを見つけるのが最優先だ。キオナの命に比べればパンツの一枚や二枚、大した話ではなかろう」
「エグルマ様…確かにそうですが何故にその…パンツと」
埒が明かないとエグルマがズバッと割り切ったことを口にしたためリオーネも作戦には賛同するが、先程まで下着と濁したことしか言ってないのにエグルマは種類までハッキリ言ったことにそれは何故かと思わずおずおずと聞いてしまう。
「それは簡単だ!ミアと違ってキオナはちんちくりんだからな!上は必要ないし持ってないだろうと思ってな!」
「エグルマ様!それは失礼ですよ!?」
「…だから兄上は許婚者がいないのですよ」
兄妹とは言え色々失礼なことまでズバッと言い切ってしまうエグルマにキオナに代わってリオーネが猛反発し弟であるレイスニーは頭を抱えて呆れていた。
▷▷▷
「本当に失礼ですよ!」
離れていてもテレパシーで繋がっているのか、洞窟で雨宿りをしていたキオナは兄エグルマのデリカシーのない発言に声を荒らげる。
「あら…いつの間にか寝ていたようですね」
ふと我に返ると何処か頭がボンヤリしていたキオナは自分達が暖を取るために下着姿で抱き合い、そのまま寝落ちしてしまった記憶を取り戻し始める。
「雨は…まだ止みそうにありませんね」
どれだけ寝ていたかは分からないが雨の降る勢いは衰えておらず、まだ暫くここに足止めされそうだった。
「ん…お母…さん…」
「…ふふふ、エインったら指をしゃぶってますね」
寝ぼけていたとは言え思わず叫んでしまったが幸いにも誰も起きていなかった。その中でエインは指しゃぶりをしていて、彼の恥ずかしい秘密を知れてキオナは思わず笑ってしまう。
「う…ぐすっ…」
「え、リリーちゃん?」
しかし対照的にリリーは寝ながら泣いており、起こした方が良いのか分からなかった。
「ママぁ…パパぁ…」
泣いている理由は寝言ですぐに分かった。思えばリリーがこの旅に同行…と言うよりも密航したのはアルローマにいる両親に会いに行くためだった。エインや仲間達とずっといて寂しくはなかっただろうが、両親との再会を渇望しており夢にでも見たのか耐え切れずに泣き出してしまったようだ。
「どうしたら…」
「ん…リリーちゃん…泣かないで」
あたふたしていると寝ていたエインはリリーの泣き声を耳にしたのか、彼女を抱き寄せて優しく頭や背中を撫でて落ち着かせる。
「…やはり、お兄ちゃんなんですね」
リリーが自分の妹だと知り、エインは寝ても覚めても兄としての自覚に目覚めていることにキオナは微笑ましく見ていた。
「…っ!?」
微笑ましく思っていると外から聞こえる雨音とは別に泥を踏み締める音が聞こえ、ハッとなったキオナは洞窟の外に向かって視線を向けると水煙の中に巨大な影がこちらを見ていることに気が付く。
『……』
向こうもこちらの視線に気付いたのか視線を少しも逸らさずにジリジリと洞窟との距離を詰めて来る。しかもただでさえ大きな影だったのに近付くに連れて更に大きくなるようにも見えてくる。
「……!」
蛇に睨まれた蛙のように硬直していたキオナは声を出すことも出来ずにいたが、危機が迫っているのは確かでありラピスが手入れしていた剣を手探りで掴み対抗しようとする。
「サイクロプス…トロール…?」
洞窟の入り口に近付くモンスターの影を見たキオナはようやく口を開いて名前を呟く。どちらも人型で巨大な身体が特徴的、そしてどちらも友好的ではないのは確かなモンスターの名前だ。
『グフゥ…』
滝のように降り注ぐ雨を掻き分けて入り口に差し掛かり、荒々しい息遣いが伝わるほど近くに寄ってきたことでモンスターの全容がハッキリしてきた。
「こ…これは…あの日誌にあった…!?」
毛むくじゃらの身体に三メートルはあろう人のようで人とは思えない巨体…全てこの洞窟で見つけた日誌に描かれていた内容とイラストの情報と全て一致し、日誌の持ち主が見て書き記したのは間違いなく目の前のモンスターだった。
「エイン…皆さん…起きてください」
モンスターはこちらを視認しても下に見るだけで、キオナはこれ幸いと刺激しないようにいきなり動かず、大きな声も出さずに小声でエイン達を起こそうとする。
『……』
「ふふっ…くすぐったいよ…」
「きゃはは…」
するとどうしたことかモンスターも寝ているカナとカイを起こさないように優しく頭を撫で始めたではないか。
「…!?」
『……』
身体が大きい割にはいきなり襲おうとはせず、寧ろ何処か和やかな雰囲気を出しながら子供達の身体や髪を優しく撫でておりキオナも何事かと目を疑う。
「きゃっ…な…何を…」
『……』
すると巨体に見合った長く太い腕をキオナの背後に回り込ませ、寝ているエイン達もろとも潰れないように力加減をして自身の毛むくじゃらの身体に抱き寄せたのだ。
「暖かい…」
真意は分からないが毛むくじゃらの巨体は濡れて冷えた身体を暖めてくれ、絶妙な力加減による抱擁はキオナを安心させると同時に再び眠りに就かせるのに充分だった。
▷▷▷
「いい?この下着の持ち主を探すのよ」
『キュルル』
キオナが再び眠りに就いた頃にようやく雨が弱まり、再び捜索出来るようになったことでアレッサはメイにキオナの下着の匂いを覚えさせていた。
『キュルル…』
空気中のキオナの匂いを辿るようにメイはチョコチョコと走り出す。
「この短時間でモンスターを飼い慣らすとはな。驚きの手腕だ」
「獣人族には似たような風習があるからそれを応用しただけよ」
最初はどうなるかと思われたが意外にもアレッサが上手くメイを手懐けたことで順調に事が進んでいた。
「しかし今夜中に見つけられるのか」
「おい、滅多なことを言うな。リオーネ様に八つ裂きにされ…おわ!?」
軽はずみな発言をしたリュカをリオーネが鋭い目付きで睨んでいるのに気付いたマーキーが忠告していると足を滑らせて尻もちをついてしまう。
「誰だよ、こんな所に穴なんか掘ったのは」
地面に穴が開いていたことで雨が流れ込んでぬかるんでおり、それにマーキーは足を取られて転んだようだ。
「いや、待て…これは穴じゃない。足跡だ」
「人の足跡に似てるけど、何なのこの大きさは…」
マーキーが落ちた穴の正体は人と似た形をした足跡なのだが、明らかに人とは思えない大きさで見る者を圧倒していた。
「それもだが周りを見ろよ、木が倒されてるぞ」
雨が降っていたとは言え、嵐が発生した訳でもないのに足跡付近の木々は何かが通って押し退けるように薙ぎ倒されていたのだ。
「どうやら足跡の先に姫様がいるようね」
「姫様…どうかご無事で…!」
メイは足跡に残る匂いを警戒しながら進んでおり、アレッサは足跡が向かっている方向にキオナがいることを告げ、リオーネは居ても立ってもいられないと言う様子でメイの後を追いかけるのだった。
「はあ…はあ…姫様!ご無事ですか!」
メイを追いかけていく内にキオナ達が雨宿りをしていた洞窟に辿り着き、目星を付けたリオーネは安否を確認すべく電光石火の勢いで中へと駆け込む。
「見ろ、ここにもあの足跡があるぞ。モンスターの住処じゃないのか」
「リオーネの奴め、キオナを助ける余り周りが見えなくなっておるな」
何がいるのか分からないのに先走るリオーネに呆れつつも、尻拭いするかのように危険がないか警戒しながら後を追いかけていくエグルマとレイスニーを先頭に仲間達が続いていく。
「それにしても本当に大きいですね…サイクロプスかトロールのようですね」
「もしこんなのが洞窟にいたらリオーネもだが、キオナは…」
まだ足跡の主が中にいて、雨宿りしていたキオナ達と合流していたとしたら…あまり考えたくはないが最悪の事態を想定してしまう中で、その答えが洞窟の最奥から出てくるのだった。
「姫様…」
「リオーネ!キオナは…」
出てきたのは先程安否確認に向かったリオーネであり、無事であることは良かったものの彼女は何処か表情に影を落としており、最悪の事態が起きてしまったのかとエグルマ達は凍りつく。
「姫様は…いませんでした」
「いない?ここではなかったのか?」
洞窟を隅から隅まで見たものの人影は何処にもなかったらしく、少なくとも最悪の事態は起きていないようだった。
「ここにいたことは確からしい。見ろ、人の足跡だ」
「子供達の足跡もあるな」
ホッとするのも束の間、シスカとメリアスは洞窟に残る形跡から人がいたことを突き止めた。
「と言うことは姫様はこの足跡の持ち主に攫われたのか…!?」
「どうやらもう暫く追跡をした方が良さそうね」
形跡はあるのにこの場に誰もいないと言うことは、足跡を残したモンスターに攫われたのではと言う結論に至り、アレッサは再びメイにキオナの匂いを追わせるのだった。




