20時過ぎ
すると母は微笑むのをやめ私に冷たい表情を向けた。
「私は貴女を見ず知らずの男性にうつつを抜かすような、酷い人間に育てた覚えはないですよ。」
母の口調は私を幼い頃毎日の様に言い聞かせていた頃の口調に近かった。
「…私は」
口を開いて弁明をしようとした時母に遮られた。
「言い訳なんてみっともない。早く謝りなさい。」
私は言いかけたソレを飲み込んだ。
母の前ではどんな弁明も役に立たない。
私は何十、何百回目の罪なき謝罪を行う。
「ごめん。私が悪かったの。心から反省しているから許してほしい。」
心がこもっているようで心ここに在らずの謝罪に誰も気づかない。
だが、涙が溢れてきて止まらない。
滲む視界に映る彼女は微笑んでいた。
「いいの。私も悪かったから。誰だって過ちは起こすものだよ。」
彼女はそう言うと私をキツく抱きしめた。
今まで以上の重い鎖がつけられた感覚だった。
「朔羅。本当に良いお友達を持って貴女幸せね。今夜は三人で夕飯を頂きましょう。」
母の一声で鎖がさらに重くなった。
「ええ。良いですね。」
彼女の弾んだ声が私の体を重くした。
いつもの見慣れたテーブル。
3つの椅子だとキリが悪いからと、4つの椅子を購入し普段は空席の椅子に彼女は座る。
いつもの席に父の姿はない。今日は帰りが遅いらしい。
「美味しそう!」
自分の家ではないのに我が物顔で座る彼女。
3人で囲むテーブルには母の得意料理である煮込みハンバーグが並んでいる。
黙々と食した。
箸を置いた直後、母が私をまっすぐ見て言った。
「あの子を見送ってあげなさい。」
嫌に口角が上がった母を見てすぐ視線を逸らした。
彼女を來鞠駅まで送る。
彼女が電車に乗るまで見送った。
その帰り道私は駅を背に歩いていた。
どうにもならないこの状況はまさに八方塞がりだった。
駅前の歩行者用信号は赤。
來鞠駅の巨大な時計は20時を指していた。
どうにもならない苦しさで目からは涙がこぼれ落ちた。
頭の中はもうグチャくちゃだった。
どうして毎回こうなるのか。
いつもいつも同じ結末に歯痒い。
もういい加減嫌になってきた。
20時過ぎと言っても主要駅の前ということもあり車通りはまあまああった。
このまま飛び込んでしまえば楽になれる
なんて悪魔の囁きが聞こえた。
「危ない‼︎」
右の方から大きな声が聞こえ私は右腕を思い切り掴まれた。
そして勢いあまり倒れ込んだ。
地面にしゃがみ込んだが、なぜか痛みはなかった。
「危ないじゃないか‼︎」
朔だった。
彼は私を庇うように倒れ込んでいた。
だから私は怪我をせずに済んだ。
だが私の視界は滲んで彼の表情を読み取ることはできない。
どれだけ目を開けても視界は滲んでいてぼんやりしていた。
…私はいつの間にか歩行者用信号が赤にも関わらず進んでしまっていたらしい。




