Someone who knows the ogre
ピタリと肌に張り付く様な黒いドレスはスラッとしたボディーラインをより美しく強調していた。健康的な白い肌に薄い紫の口紅。長い黒髪の隙間から見える鹿をモチーフにしたピアスが印象的な女性の名は染谷七森。
「彩葉ちゃん、やりすぎ」
病室の角でパイプ椅子に座らされた彩葉の前に立った七森はそう言った。
「…手加減はしたんですよ?」
「肋骨8本に、脾臓、膵臓破裂。他多数臓器の損傷。致命傷に至る程の打撲。手遅れどころじゃないわ、殆ど死んでたのよ?」
「でも、治ったんでしょ?」
「……治したと言うより、再構築ね。乙姫と美鈴がいなかったら私でも無理よ」
病室のベットに寝かされているのは司だ。上半身は脱がされている。
「今は殆ど元に戻っているけど、しばらくは安静にしておいてあげて。無理やり取って繋げたから、後遺症が出ないとは限らないから」
「うう、すいません」
彩葉はそう言いながら項垂れる様に謝罪する。
「はぁ、流石に疲れた…私は寝るわ。今度二人にも声掛けときなさいよ」
「乙姫君と美鈴君はどこに?」
「力使い過ぎて伸びてるわよ。それと例のアレは濡羽に送ったわ。鶯の管轄外よ」
「ありがとうごさいます。助かりました」
「これに懲りたら無茶しない事ね。それじゃ」
七森はそう言い残してドアを開けた。
♦︎
目が覚めるとそこは知らない天井だった。いつぶりに目を開けたのだろうかと思える程に照明が眩く感じる。目を開ける事すら億劫になる程の倦怠感を体全体に感じる。
「……うぅ」
体に特に痛みは無い。それなの体を起こす気にもなれない。
酷くモヤの掛かった思考で司は今の現状を思い出す。
「……そうだ、俺…切られたんだ」
鮮明に思い出せる裂傷の痛み。その後の記憶は混濁して上手く思い出せない。
「今…どうなってんだ…俺の体」
体は起こさずとも、切られた手を見ることは出来る。
司は腕を動かし、顔の前に持ってくる。
「……傷が…無い?」
パックリと裂かれ、割れたイチジクの様だった手の甲に傷跡も縫合の跡も無かった。
手のひらの無数の切り傷も同じように見当たらない。
「夢…だったのか。うぅ゛…ここどこだよ?」
固まった肩を肩甲骨からぐっと持ち上げる様に体を伸ばし、欠伸をした後に司は辺りを見渡す。
見覚えの無い部屋。壁も天井も白で統一されている。まるで病室だ。
「やっとお目覚めだね癒月君」
司の足元から女性の声がした。司は声のした方へゆっくりと首を起こす。
「…誰?」
見慣れない女性がそこにいた。黒髪に朱色のインナーカラー。その髪を後ろで一本に束ねた黒いスーツ姿の黄緑彩葉を見て、司はそう言った。
「あら、覚えてない?…じゃあ好都合ね。私の名前は彩葉。黄緑彩葉よ」
「いろ、は。ああ、電話の…」
ともえから電話を代わり、名前を聞いた事は思い出せる。
「そこは覚えてるのね。どこまで記憶が残ってる?」
「……手……手が切れたところまでは」
「その後は?」
「……すいません、良く思い出せなくて」
その返答に彩葉は安堵した様に息を吐いた。どうやら内臓をぐちゃぐちゃに破壊された事は覚えていないらしい。好都合だ。
もしも覚えていたのならこうしてゆっくり話をする事は不可能だっただろう。
「多分良くない記憶だから、今は思い出さなくて良いのよ」
「そうですか。……あの、ここは…?」
「ここは私達禍祓が利用している病棟よ」
「禍、祓い?」
確か自分を切った女性がそんな事を言っていた事を思い出す。
「あぁ…そうだ。俺、あの女に…いや、違う。俺は誰に切られたんだ…?」
赤い刀を振る彼女の姿を思い出す。韞化を切り、現れた白い少女に向けて刃を向けた彼女を。
そして思い出す。あの時の痛みと熱を。脈を打つ度に痛んだ裂傷を。
しかし、いくら思い返しても彼女に切られたと言う記憶は無い。現に、司はともえによって直接的に切られてはいないのだから。
「…目立った傷は全て完治していると思うけど、体の調子はどう?」
「…なんと言うか、あまり…良く無いです。でも…どうやって…今何日ですか?」
自分自身でも分かる。体の治りと調子を考えると恐らく長い間昏睡していたのだろう。
「落ち着いて。聞きたい事は沢山あるでしょうけど、まずは私の話を聞いて欲しいの」
「……はい」
体が上手く動かせない。それに、分からない事だらけだ。司は素直に彩葉の言葉に従うことにする。
「ありがとう。まだ無理に起き上がらなくて良いから、そのまま聞いてちょうだい」
まだ体は起こせそうにない司を気遣い、彩葉はそう言った。
「まずは、私達の禍祓について説明しないとね。癒月君、君は韞化が物心付いた頃から見えていると言ったね?」
「…はい」
「じゃあ韞化が人に危害を及ぼす事がある事を理解していると思うけど…」
今までに見てきた黒、あらため韞化は人が生み出しだ産物だと言う事を司は知っている。
人の思いから産まれ、そうであって欲しいと思う想いによって行動している。
あそこは人が導かれたかの様に頻繁に身投げする。あの交差点はいつかに亡くなった女性の霊が現れて死亡事故が多発する。あの池は昔、水の底から出てきた手に足を掴まれて溺れ死んだ子がいる。
そうであって欲しい。そうだったら悲しい。そうだったら面白い。そうであったなら悔しい。
人が思う感情は十人十色で様々だが、その場所に、その人達に想いを馳せる事で韞化は産まれる、縛り付けられ、そして人に危害を及ぼす。
「私達禍祓は韞化が及ぼす被害を凶害と呼んでいるの。その凶害を未然に祓う為の組織が禍祓よ」
「未然に…祓う?」
「そう、要は見えない人助け集団って訳」
それは司が意図せず行ってきた事と同じだった。
「……どうやって祓うんですか?」
韞化は近づけば煙に巻かれた様に消える。それが成仏と言えるのか、それとも完全に消えてしまっているのは司には知る由もない。だが、禍祓はそれを行なっている集団だと言う。司は真相を一つずつ紐解いていく為に質問をした。
「韞化をその場から移動させるのよ」
「移動ですか…?」
「そうよ。韞化は人から産まれる。だから、消しても消しても同じ場所にいずれ現れるの。だがら、人に接触出来ない場所に連れて行ってあげるの」
「隔離するって事ですか?」
「まあ言葉は悪いけど、そう言う事ね」
あの日、交差点で咲いた家族の腕の花はまたあの場所に咲いているという事だ。それでは何の解決もしていない。あの場所に縛り付けられた家族の思いは一生あのままだ。あまりにも哀れすぎる。
「宵の間。韞化はそう呼ばれる場所に移動するの。決して悪い場所じゃないのよ。宵の間はあの世とこの世の間に位置する世界で、そこで穢れを落とし、穢れは獄へ残りは想いの人の元へ帰るの」
ともえが韞化を切った際にそんな言葉を言っていたそうな気がする。
「…それって」
「一般的に言うと成仏ってやつかな。人が産み出して、韞化にしたのにそのまま放置なんて出来ないし。それに、韞化になりたくてなってる訳じゃないから、韞化になって縛られた人が可哀想でしょ?だがら、禍祓は人の為、韞化の為に存在しているの」
あの世とこの世の間なんてファンタジーチックだが、韞化と言うモノが存在しているんだ、それもあって不思議な話しではない。
「あの…、その韞化って俺が近付くと消えちゃうんですけど、その後はどうなってるんですか?」
そうだ、あの家族の花は司が近づいた事で消えてしまった。彩葉の言葉を信じるのなら、あの家族の花はまたあの場所に現れる事になる。
その問いに対して彩葉は眉を顰めた。
「…ああ、その件については後で話すよ。その前に知っておいて欲しい事が沢山有るからね。…話を戻そうか。癒月君はどうやって韞化見たり、触れたり、移動させる事が出来ると思う?」
「…そういった力を元々持っている人が居るから出来るんじゃないですか?」
司は物心付いた頃から韞化が見えていたし、近付いただけで消せる事が出来ていた。
霊感とかそう言った類の物だと司は考える。
「半分正解よ」
「半分ですか?」
「そうよ。力を持っている者がそうする事が出来るのは確かだけど、初めからこの力を持っている人間は存在しないの」
「……でも、俺は…」
「魔と成りて魔を祓う。それが禍祓」
司の言葉を遮る様に彩葉はそう言った。
「私達禍祓は皆、例外なく韞化を体に宿しているの」
「――⁉︎」
「韞化の力を使って私達は韞化を見る事が出来るし、韞化を祓う事が出来る。だからこそ、そこが疑問なの。……癒月君、君は一体いつから韞化をその身に宿していたの?」