↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇に朱色がよく似合う  作者: 太郎鉄
Chapter1 日本
1/12

通り魔

「きちゃった」


 これから事を始めようとした矢先、アズサは困ったように言ってベッドから立ち上がった。太ももの内側に、僅かに血が付着している。


 トイレのノブへ手を掛けたところで何かを思い出し、裸のままバッグを取りに戻ってきた。ナプキンと替えの下着が入っているのだろう。


「ごめん……。久しぶりだったのに」


「いいさ。お前のせいじゃない」


 頭を撫で、口紅の残った唇へ短く口づけた。


 血の匂いがする。


「俺の方こそ、すまないな。行くよ」


 渇望を抑え、アズサを抱き締める。腕を解いてから床に散らばった服を拾い集めた。


 アズサは名残惜しそうに俺を見ていた。その瞳をもう一度見返し、部屋を出た。



 隣から、悲鳴が聞こえた。


 同胞の気配。不愉快なものが、胸の内へ広がっていく。


 見殺しにするか、助けるか。


 くだらない。隣の部屋にはアズサを残してきたのだ。血に狂った同胞をこのまま放っておくわけにはいかない。


 悲鳴の聞こえた402号室の前へ立つ。


 俺は魔性を解放した。指先が、人間のそれにはない硬さを帯びていく。



 細い針を思い描いた。指先が伸び、鍵穴へ入っていった。内部の形を探り、針を鍵に変える。回すと、かちりと音がした。


 扉を開けながら、指を元へ戻す。


 室内では有線のバラードが流れていた。


 甘美な血の匂いが鼻を満たす。一瞬、目眩がした。


 同胞は上半身を露わにし、ジーンズを履いていた。金髪が、蒼白い肌をさらに際立たせている。


 ベッドには制服姿の少女が押し倒されていた。白いワイシャツを朱が浸食していく。その首筋へ、男が顔を埋めていた。


 随分と雑な食い方だ。飲むより多く、こぼしているんじゃないのか。


 少女の目は虚ろだった。まだ開いてはいるが、何を見ているのかも判らない。


 俺に気づいた同胞が首を巡らせた。


「なんだ、お仲間じゃねぇかよ」


 口の周りを少女の血で染めたまま、血の混じった唾を床へ吐く。


「ハイエナかてめぇ。こいつは分けてやらねぇぞ。久々の上物だからな」


「そんなに美味いのか」


「あぁ。匂いで判んだろ」


 嫌になるほど、判っていた。


 俺はゆっくりとベッドへ近づいた。食事に夢中だったせいか、こいつは俺の魔性が解放されている事にも気づいていない。


「少し、分けてくれないか」


「仕方ねぇな。ひと舐めだけだぞ」


 同胞が少女から離れた。首筋に血が溢れている。胸はまだ、かすかに上下していた。


 せっかくだ。死んでくれるなよ。


 俺はベッドへ屈み、自分の唇を噛み切った。少女の傷口へ、俺の血を滴らせる。


 裂けた皮膚が動いた。傷の縁が寄り合い、目に見える速さで塞がっていく。


 これで出血は止まる。だが、失った血まで戻るわけじゃない。病院へ運び、輸血を受けさせなければならない。


 背後で、冷蔵庫の扉が開いた。


 右腕へ意識を集める。湾曲したブレードを思い描いた。


 《切る(cut)》では弱い。《斬る(kill)》に移行する。


 缶の栓が開く音。続いて、炭酸が解放の産声を上げた。


 俺はベッドから身を起こし、振り返る。


「どうだ。うめぇだろ」


 同胞がビールを口へ運んだ。


 その瞬間、イメージを爆発させる。


 右腕がブレードに変貌し、奴の喉を薙いだ。魔性を解放する暇はなかったはずだ。目を見開いた顔が、そのまま胴から離れた。


 缶ビールと頭が、絨毯へ落ちる。


 胴体が落ちた頭へ両手を伸ばした。動作が緩慢すぎた。


 俺は四肢を8つに斬り分け、ブレードを手刀まで戻した。硬直した指を解く。


「てめぇ……」


 頭が、床から俺を睨んでいた。


「何のつもりだ。仲間じゃねぇのかよ」


「あいにく、俺は俺の血統を呪っているんでね」


「糞が。油断したぜ。解放してりゃ、こんな……」


 奴の眼球が顔から這い出した。


 最後の抵抗なのか、自分の惨状を別の角度から確かめたいのか。二つの眼球はミミズのようにうねりながら、絨毯を進んでいく。


「ちくしょう。これじゃ、再生できねぇ」


 やがて、眼球は元の穴へ収まった。


 その目が再び俺を見上げる。


「思い出したぜ。てめぇ、通り魔だな。あちこちで同胞を殺し回ってるらしいじゃねぇか」


 返事をせず、俺はベッドの上を見た。少女はまだ息をしている。


「人間に媚びやがって。何だって、食事の邪魔しやがった?」


「お前がこのホテルを選ばなかったら、無視していたさ。選択を悔やむんだな」


 有線の曲が、ポップスに変わっていた。


 そろそろ少女を運ばなければ。


「生まれ変わったら、股間以外も硬くしておけ」


「待て。俺はもう動け……」


 片脚の先をハンマーに変えた。大雑把なイメージだったので、不格好なものにしかならなかった。


 が。


 頭を潰すには、それで充分事足りた。


 脚を戻し、ベッドの傍らにある白い電話を取った。外線のボタンを押し、110番へ掛ける。ホテルの名と部屋番号、事件が起きた事を伝えて受話器を置いた。


 少女を抱き上げるとその髪が俺の腕へかかった。


 血の匂いが、また近くなる。


 アズサを呼ぼうかと考えた。だが、少女の首筋や衣服から漂う匂いだけで、己を律するのが精一杯だった。今のアズサまで加われば耐えきれそうにない。


 同胞の気配は、もう感じられなかった。アズサに危険が及ぶ心配はないだろう。


 俺は少女を抱え直し、廊下の奥へ走った。非常階段の扉を蹴り開け、手すりへ足を掛ける。


 夜へ跳んだ。


 ビルからビルへ、屋上を足場にして闇を渡る。眼下には、ネオンに照らされた街が広がっていた。街路樹にまで派手な電飾が巻きついている。


 もうすぐ、クリスマスか。


 アズサに何を贈ろう。


 そんな事を考えながら、俺は病院の前へ着地した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。