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“神”についての考察文。  作者: 名無しのチー牛。
“神への道”を歩む。
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9/16

“自分を救う”と言うこと。

 これ以降のお話しは主に私の歩んできた人生の体験談であり、それを通して気付かされた事柄の連なりを物語風にしてみました(まあ、簡単に言えば“日記”みたいなモノです)。


 ですので本当に興味のある方々のみお読み下さい←もし少しでも“つまらない”、“面倒臭い”、“重たくて硬い”、“コイツはヤベーや”と感じたら読むのはお止め下さい、お願い致します(勿論読んでいただけるならその方が有り難いですし、なんなら“暇潰し”目的でも構いません)。

 皆様方は“自分を救う”と言う考え方を御存知ですか?←実はこれはとても大切な思考であり、私達人間が“この世に生まれてくる目的の一つ”と言えるでしょう。


 詳細を省きますが私はね?かつて“自分の優しさ”に失望した事があったのです。


 それまでの私は“空想ゲーム”や“連想ごっこ”が大好きでして、例えば色々な漫画やアニメを見た後で“自分だったら違う書き方をするな”と考えたり、または作中の登場人物に成り切ってその人の苦悩や幸せを噛み締め、そこから更に発想を膨らませては様々な事柄を学んで行く、と言う事をやっていたのですが。


 とある作品を見た時に、私はその主人公とヒロインを拒絶してしまったんです←主人公は私とは生き様が全然違いましたし、またヒロインもヒロインであまりにも立派すぎたんですね。


 だけど暫くの間は我慢してその物語を読み進めて行く内に、私は更に愕然となり逆に興味をそそられて思わず作中に没入して行きました←そのヒロインはなにも知らずに未熟なままの主人公の事を気に掛け、懸命に守って導こうとしていたのに当時の私はそれが気に食わなかったのです(1から10まで大切な事は全部ヒロインに教えてもらわなければダメダメな主人公の在り方にも疑問を呈しましたが、何よりヒロインが強すぎて立派すぎて“主人公はとても太刀打ち出来ないな、こりゃ”と思ったんです)。


 これでは戦いが終わって平和な日常が戻って来ても、戦士として大切な心構えをいくつも教えてもらっている主人公ではヒロインに自信を持って自分と言うモノを出せないだろうな、と(だって仮に主人公がここぞと言う場面で何か格好良い事を言ったとしても、“それって私が教えた事じゃん”とかヒロインに言われてしまったらどうするんだよ、とか考えてしまったんですね)←ちなみにヒロインは主人公の事が本当に大好きでして、一途に真面目に思っていました。


 それから私は“自分がもしこの作品の主人公だったらヒロインとどう付き合って行くのだろう”と自問自答を繰り返して悩み抜き、それでもどうしても“これだ”と言う答えが出せずに悶々とした日々を過ごしていました(何故か“考えるのを止める”と言う選択肢は採りませんでした、それをやるとなんだか自分が人生から逃げたような気分になり、“それではダメなんだ”と感じたのです)。


 先に述べた通りでこの時の私は自分に絶望していました、この作品を読むまで私は“自分には変なプライドもないし最低限度の優しさぐらいはあるだろう”、だから“仮にどんな女の子が現れても付き合う事が出来るだろう”等と軽く考えていたのでした(いま思い返して見れば本当に赤っ恥と言いますか、爆笑モノですけどね?)。


 だけど自分は自分が思っているよりも優しく無かったし、強くも無かったのです(考えて見て下さい、このヒロインは主人公の事を本気で好きで心配していたが故に“どうか立派になって欲しい”ですとか“誤った道に行って欲しくない”と言うその一心で彼を支え、色々な事を教えたのです)。


 にも関わらずに私は“自分がこの主人公の立場だったらこんな生意気な女の事は受け入れられないな!!!”とか考えていたのです、なんて心が狭くてみみっちい存在だったんでしょうか(それに“私の優しさってこんなにも都合が良いモノだったんだ”、“自分の望み通りの行動や在り方をしている時は可愛いとか言っているクセに”、“少しでも都合が悪くなると途端にこれなのか!!!”とも思って、自分でも色々と考えさせられました)。


 で、1ヶ月位経ったある日、とうとう私は堪りかねて近所にある八幡様のお社に参拝に行きました、そこで。


 八幡様に事情を説明してこう言ったのです、“八幡様お願いします、私に修行を付けて下さい”、“もう少しまともな人間にして下さい”と。


 それから僅か1年の後に、私は“誠意を尽くす”と言う事を気付かされ、更にはこのヒロインの事をありのままに受け入れられる様になったのです(結論を言えば私の考えすぎでした、“その時が来たなら私はちゃんとこの子の事を受け入れてやっていけるだろう”と言う事が実感として解ったのです)。


 そして同時に思ったんです、“人間は自分自身を救おうと努力しなければならないんだ”と、“その為には神を目指す以外の道は存在し得ないのだ”と。


 例え“伝説上の英雄”であっても“歴史上の偉人”であっても結局は、最後の最後まで救われた人はいませんでした(つまり彼等を目指してもダメなのです)、だったら方法は一つしかありません。


 “自分を救う”、そしてその為には“神を目指す”。


 勿論“自分なりに一生懸命やる”と言う感じで、あと正直に言わせていただければ随分と“恐れ多い”言い分と言うか考え方ではありますけどね?←だけど“やっぱりこれしかない”と気が付いたんです(例え永遠に手が届かない存在だとしても、それこそ“千里の道も一歩から”だし“やらない善よりやる偽善だ”と感じました←誰が言ったかは解りませんが、確かにその通りだと思います)。


 この事をどうしても皆様方にお伝えしておきたかったのです(今はダメでもいつかこの“事実”が受け入れられますように)、ちなみにこれらの“思想”と言うよりも“気付き”はどっちみち“いつか小説内で書き表したい”と思っていましたのでその為、もし皆様方に”コイツはヤベーや”とか“なんだかいけ好かないな”とか思われて嫌われるのならば“早い方が良い”と思ってぶっちゃけました(それになにより日頃から色々と親切にして下さる皆様方に対してまずは私自身のことを、成功体験や失敗談も含めて“出来る限りで”正直かつ正確にさらけ出そう、そう思ったのです)。


 その結果、話の内容がどうしてもお堅くて重たいモノになってしまいましたが、とにもかくにもここまで読んで下さりまして誠に有り難う御座いました。


 今まで散々偉そうにしてしまいまして真面目にごめんなさい(本気で申し訳御座いませんでした)、もうお解りかと思われますが私も全然、口ほどな人間じゃ無いんですよ?


 エッチな事は考えるし、嘘は付くし弱っちいし、正直に言って“ド底辺のチー牛”ですよ、だけどね?そんな私も私なりに毎日を、一生懸命に生きているのです(だから常日頃お世話になっている神様や親を除いて誰にも非難されるいわれはありません)、特に何の施しや世話もしてくれない第三者に好き勝手言われる筋合いはありません(ま、過ちは過ちとして指摘されれば“キチンと糺すようにはしたいな”等と考えていますが)。


 それではまた、何処かでお会い致しましょう。


 アディオス!!!←スペイン語で“またね!!!”の意味。 

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