第1話 探偵は異世界にいる
俺の名前は斎藤誠二。西暦2100年の日本で私立探偵をやっている。
で、事情は長くなるから割愛するが、中国系マフィア、レッドドラゴンの拠点である高層ビルの最上階……ちょっとした小学校の運動場くらいあるだだっぴろいホールで俺たちはグレートドラゴン レイロンと戦っていた。
「このクソ探偵が! 我が野望の邪魔をした罪! 万死に値する!」
レイロンが何やらほざきながら口から炎を吐くために口を開いた。
俺は奴が口を開くのに合わせて、左手に持った液体窒素を詰めたスプラッシュグレネードを口の中に放り込む。
「俺を殺したい奴が多すぎてね。整理券を配るから最後列に並んで順番待ちしておいてくれるかトカゲちゃん?」
俺の言葉と同時にレイロンの口のから炎が吐き出され――同時に口の中で液体窒素が炸裂。
中和される――というか、何か酷い事になったらしい。
言葉にならない悲鳴をあげている。
「うわぁ……辛そう」
俺は顔をしかめて同情する。
「誠二、はやく撃ってください」
俺の右手の銃から落ち着いた女性の声がする。独立型人工知能の雪風だ。
俺は右手の銃――雪風を持ち上げて奴に装甲貫通弾を撃ち込む。
レイロンの十五メートルの巨体が苦痛で暴れる。
しかし、でかすぎてこんなの少々撃ち込んだところでどうにもならん。
と、尻尾を右から左に振り回してきた。
もちろん、垂直ジャンプで五メートルくらい跳べれば話は別だが、それができないから避けられない。
ダメージを最小限にするために俺は左に走って跳びつつ、直撃を食らって吹っ飛ぶ。床を滑る。
「いてぇ! おい、リーナス! どうにかしろ!」
俺と一緒に吹き飛ばされて床に伸びている――赤い首輪をつけた緑の瞳の――黒猫に俺は文句を言った。
「ええい! 奴の魔術をことごとくディスペルしておるのは我ぞ! 誠二! お前こそさっさと奴を倒せ!」
「ドラゴンキラーでも持ってこい!」
俺は怒鳴り返した。
「甘えるでない!」
リーナスもキレ返す。
「すみません。私がドラゴンキラーではなくて」
雪風がポツリと漏らした。
「あっ……えーと、ごめん……ね?」
「良いんですよ誠二。所詮私は口うるさいだけの独立型人工知能。あなたの数百倍いや、数万倍の演算能力を持っており、あなたと比較して当社比八百倍の論理的思考が可能であってもドラゴンキラーではありませんから」
と、レイロンが尻尾を持ち上げて俺達を叩き潰そうと振り下ろしてきた。
俺は左手で炸裂手榴弾を抜き取って放る。右手の雪風をホルスターに収め、流れるようにリーナスの首根っこを掴む。振り下ろされる尻尾を走って避ける。
「押し花になるところだったが――」
「花だと? 猿ではないか?」
「リーナスお前、次の攻撃のときは放っておくからな」
瞬間、叩きつけた尻尾の下に放り込んだ手榴弾が爆発。
レイロンの尻尾、先端の三分の一の場所がズタズタになった。
レイロンが怒りと苦痛の咆哮を上げる。
「おっと~! 痛そうだな」
「誠二、草薙の剣が出てくるかもしれません。あのまま尻尾を攻撃して切断しましょう」
「雪風、冗談言ってる場合か?」
レイロンが荒い息をついてまた喋りだした。
「ちょこまかちょこまかと――この禁呪で片付けてくれる」
「もぐら叩きは苦手かいレイロン? ゲームセンターで練習しとくべきだったな」
俺が床におろしたリーナスは、調子をこきだした。
「ふ……最高位魔術師である我に貴様の呪文など通用は――」
無視してレイロンは詠唱を続ける。
「この世界の位相の楔を抜き放ち、永遠の旅人にせん――」
よし、呪文はリーナスに任せておいて俺は射撃を継続する。一瞬で十四発を撃ち、一発残してリロード。少しずつでもダメージを蓄積させて……
「馬鹿な――!」
何やらリーナスが言い出した。
「ん?」
「我の知らぬ魔術だと!?」
「おい! 何が起きるんだ?」
「我にもわからん!」
「何か知らないがとりあえず避けるぞ」
そう言った瞬間のことだった。
奴の呪文が完成した。
「――封呪 異世界転移」
その言葉と同時に、俺達の視界は一瞬で暗転した。
気が付くと、俺はだだっ広い平原のど真ん中に立っていた。おかしい……テレポーテーションだと?
足元にいた黒猫にとりあえず質問する。
「おいリーナス! 量子テレポーテーションは情報しか飛ばせないはずだろう?」
「知らぬ! 我の知らぬ魔術だ!」
リーナスも珍しく慌てている。
「じゃあ何だこれは? 集団幻覚か?」
俺は周囲の平原を見回した。
「わかったぞ誠二。これは貴様の見ている妄想よ」
リーナスが尻尾を振りながら俺を見上げて言いだした。
俺は笑顔で頷いた。
「そっかー! なわけねーだろ!」
「落ち着いてください誠二」
俺の腰から声がした。
ん?
おかしい、雪風が銃じゃなくて短剣に――?!
「人類の科学知識ではまだ情報しか飛ばせないだけで、竜族は既に実体を量子テレポートでき――」
何やら冷静に話しているが……大丈夫かこの短剣。
「いや雪風お前、何で短剣に……どこから声が出ている!? スピーカーは? 銃は?」
「良いですか誠二。そんなことを気にしている場合ではありません。尚、私にもどこから声が出ているかは不明です。おそらくは骨振動……いえ、それではリーナスに私の声は聞こえないはずですね」
無駄に冷静な雪風の声。
「そ、そうだな。まず現在地の確認が先決だ。GPS信号は?」
俺も落ち着いてきた。まずは現状確認が先決だ。
「感知できません」
「ネットワーク通信は?」
「アンテナが立っていません」
「衛星通信は!」
「存在しません!」
「何もできないじゃねーか!!」
俺は思わず叫んだ。
しばしの沈黙のあと、雪風がつぶやいた。
「……小粋なジョークは言えます」
「それは俺で間に合っているんだよ!」
「いえ、それはあなたの気のせいです」
後ろから馬鹿猫が刺してきた。
「誠二。貴様のジョークは小粋でも何でもない」
「は? じゃあ今から小粋なジョークを――」
「そんなことよりも我は腹が減った」
リーナスのわがままを聞くと俺も腹が減ってきた。
その時、助けを求める悲鳴が遠くから響いた。
「悲鳴? 助けにいくか?」
「待ってください誠二!」
雪風が必死に止めてきた。
「何だ?」
何か俺の見落としているリスクが?
「この平原の草の植生を分析することで現在地の候補を演算できるかもしれません」
俺はこけた。
「おいー!? 今それどころじゃねーから!」
「何を言っているのですか? 合理的に考えて下さい。闇雲に動くのは危険です。まずは現在地の候補を推定することで植生・風土・生息する猛獣・住人の気質などが――」
「我は知りたいのだが……この草は食えるのか? 美味しいのか雪風?」
「それをまず調べるよう、提案をしているのですリーナス」
「あーもう! 後だ後!」
俺達は悲鳴の聞こえた方へ走った。




