第七話 鎖と空白
鉄のトビラを通過する。
意識と肉体は、すでに離されてある。
いつの間にか【A.R.K.】に乗っているのか?
いや、違う。
"自我"はまだ浸食されていない。
そして、困ったことに、先ほどから呼吸がうまくできない。
だんだんと頭痛も感じるようになってきた。
早くここから出ないとマズい。
しかし、顔を上げた瞬間、体が動かなくなった。
視界に飛び込んできたモノ。
それは、特殊な鎖につながれている巨大兵器だった。
右腕と左手が破壊され、両足も原型を保っていない。
さらに、頭部も固定されておらず不安定だ。
そして、胸部の巨大な亀裂と「修理計画凍結中」の張り紙。
機体番号に表記は、どこにも見当たらなかった。
格が違う。
Fenrir-02とも、この倉庫にあるほかの機体とも。
かろうじて、「お前は……なんなんだ?」と声を絞り出す。
〈—————————〉
答えは、俺の脳内に響いてきた。
そして俺は今、答えの内容に絶句していた。
は?
いや……こんなことがありえるのか?
〈名前を何という〉
今度は、相手が質問をする番だ。
相手の質問に、俺は正直に答える。
「萩谷悠だ」
瞬間、相手が動いた気がした。
よく見ると、拘束具が小刻みに揺れている。
完全な勘違いではないらしい。
そして、目が赤く光る。
同時に、俺の中に一つの感情が生まれた。
こわい。
それを口に出した途端、金縛りは解けた。
トビラまでの10mの距離を一気に駆け抜け、目の前に迫った鉄のそれに突進する。
予想通り、難なくすり抜けて肉体がある外側に出ることができた。
肉体の重さに慣れ始めたころには、再び道に迷っていた。
感覚の状態?
言うまでもないだろう。
道に迷っているのだから。
——……やめろよ。
——そんなこと考えたって時間の無駄遣いにしかならないだろ。
もう一人の自分が、そう反論してきた。
確かに、それはそうだ。
思考の対象を切り替える。
あの鉄の塊の向こうにあったものへ。
修理計画が凍結するほどボロボロの機体が脳裏に浮かぶ。
しかし、あの状態でも、あいつはとんでもない量のプレッシャーを放っていたのだ。
あの機体は本当に—————————なのか?
信憑性はある。
むしろ、考えれば考えるほど信憑性は増してきた。
だが、それの他にもう一つ考えれば考えるほど確信に近くなってくる"ある懸念"があった。
あれは全て幻ではなかったのか?
トビラに手を触れた瞬間、俺は変な夢を見始めただけなのではないだろうか。
そして俺はこのまま永遠に——
直後、視界に飛び込んできたものが俺の思考を遮る。
"Fenrir-02"と刻印されたカラの格納庫。
《《カラの》》格納庫。
両隣にあるものは、同じタイプの一号機と三号機だろう。
二号機は今どこにあるのか?
そのことが、一番気になった。
別の保管場所に保管されている?
それとも、研究対象に?
いや、もしかしたら……
「原型を保っていない、とかはないよな……」
口に出して可能性を否定した直後、原形を保っている証拠がどこにもないことに気づく。
例の拒否反応が始まった数秒後、俺はおそらく永眠のつもりで入眠した。
相澤さんの話を信用するとすれば、隊長が俺とアレとの間に入ったらしい。
両者は戦ったのか?
どのくらい激しく戦ったのか?
——そもそも、アレはいったい何なのか?
疑問は山ほどある。
もしも、原形をとどめていないとしたら。
俺は……どうなるのか……?
二号機がどこへ行ったのかよりも気になった。
生への執着が芽生えたわけではない。
ただ、あの無意味で無目的な生活に戻りたくはなかった。
食って寝て起きての繰り返し。
あんなのは腐敗を待つだけの死体とあまり変わらない。
だが……「あの生活は大っ嫌いだ。が、おそらくそれだけではないよな……」
一分余りで、俺は一つの結論にたどり着いた。
もしかしたら。
「生への執着が芽生えたのか?」
否定する奴はいなかった。




