第19話:能力確認
1.「バグ」という名のスキル
『北限の霊峰』の頂上に、漆黒のノイズを纏った一人の男が立っていた。
カイトの視界に浮かぶステータスウィンドウ。そこには、運営が用意した既存のどの基本職にも属さない、異形の称号が刻まれている。
【ユニーク職業:システム・ブレイカー】
「……『システムを壊す者』か。あはは、運営さんも粋な名前を付けてくれるじゃないか」
カイトは、左手首の『アーク・コア(エラー品)』が完全に自分の肌と融合し、脈動しているのを感じた。これはもはや、単なる装備品ではない。アーク・コードという世界の「仕様の穴」を覗き込むための、生きたデバイスへと進化していた。ノイズの触手がカイトの指先まで侵食し、彼の周囲の空間が、テレビの砂嵐のように微かに震えている。
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【検証】最新VRMMO『EFO』にバグがあるか調べてみた【1日目・深夜】 同接数:5,214人
[名無しさん1]: 職業:システム・ブレイカー……。
[名無しさん2]: 字面がもうラスボスなんだがwww
[名無しさん3]: スキル欄見せてくれ! 何ができるようになったんだ?
[名無しさん1]: 同接5000人超えのままだ。みんなこいつが何をしでかすか見てる。
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「みんな、落ち着いて。……まずはこの新機能、『バグ視認』から試してみよう」
カイトがそのスキルを念じた瞬間、彼の世界は一変した。
雪山の絶景から鮮やかな色が抜け落ち、代わりに無数の「幾何学的なワイヤーフレーム」と、激しく明滅する「プログラムの断片」が視界を埋め尽くした。それは、美麗なグラフィックという皮を剥ぎ取った、この世界の「剥き出しの真実」だった。
「……あぁ、なるほど。これまでは勘で探していた仕様の隙間が、今は座標のズレとして視覚化されているんだね」
カイトの指差す先、何もない空中に真っ赤な「×印」のノイズが浮いていた。
「あそこ、空中にポリゴンの隙間がある。本来なら描画されるはずのない、無の空間だ。……あそこに触れたら、おそらく座標の再計算が走って、どこかにワープするか、フリーズするだろうね。今なら、そのワープ先すらある程度操作できそうな感覚がある」
2.「理」を歪める計算干渉
カイトは次に、自身の掌をじっと見つめた。
そこには、新しく解放された第二のスキル、『計算干渉』のアイコンが静かに光っていた。
「これが一番ヤバそうだ。……今までのダメージ倍率スタックは、メニュー開閉のラグを利用した手動の裏技だった。……でも、このスキルは違う。システムが計算を行うその瞬間に、僕の意志を割り込ませることができる」
カイトは、手近な岩場に錆びた短剣を突き立てた。
通常なら、レベル1の攻撃力では岩の耐久度を1ドットも削ることはできない。しかし、カイトが『計算干渉』を発動すると、彼の視界に「Damage = (ATK * 1.5) - DEF」という、物理演算の基礎数式が浮かび上がった。
「この計算プロセスの中に、強引に割り込み処理を入れる。……1.5倍の係数を、一時的に、例えば10,000倍に書き換えてみるよ」
カイトが指先で数式を弾くように操作した。
その瞬間、短剣が岩に触れただけで――。
ドォォォォォン!!!
巨大な岩場が、まるで核爆弾でも落ちたかのような衝撃とともに粉砕され、消滅した。爆風が雪を舞い上げ、山頂の地形そのものが、まるで消しゴムで消されたかのように丸ごと消失している。
「……あはは。これ、ヤバくない? スキル一回使うだけでサーバーにこれだけの負荷がかかるなんて。……僕が動くたびに、運営さんのサーバー代が跳ね上がってるよ。神代さんの顔色が見てみたいね」
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[名無しさん2]: は??????
[名無しさん1]: 岩が消えたんだが。
[名無しさん3]: デコピンで山が削れるレベルだろこれwww
[名無しさん4]: 数値おかしいとかいう次元を超えて、もはや管理者コマンドだろ!!
[名無しさん2]: カイト、お前もう人間やめろよwww
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3.仕様への挑戦
「バグ視認で隙間を見つけ、計算干渉で数値を壊す。……さらには当たり判定操作まである。……これ、僕が望めば、この世界のあらゆる壁は存在しないも同然になるし、どんな敵も一撃で消せるってことだ」
カイトは、自分の手に入れた禁断の力を反芻するように言葉にした。これまでは「クソゲーの仕様」を利用して生き延びてきた彼が、今は「仕様そのものを定義する力」を一部手に入れてしまったのだ。
カイトは配信カメラの向こう側、自分を監視しているであろう神代レイジたち運営に向けて、挑戦的な笑みを浮かべた。
「神代さん。君の作ったアーク・コードは、僕を特異点として受け入れてくれた。……だったら、とことん付き合ってもらうよ。この職業が、どこまでこの世界を壊せるのか……その限界までね。これはもう、単なるバグ探しじゃない。君たちの理想郷を、僕が再定義する戦いだ」
配信の同接数は、カイトの不敵な笑みに呼応するように、ついに5,500人を突破。
カイトは山頂から、雲海の下に広がる広大な『始まりの大陸』を見下ろした。
「さて。能力の確認は終わった。……次は、このシステム・ブレイカーの力を使って、誰も攻略できていない未実装領域の扉を叩きに行こうか。……運営さん、そこには見せたくないデータがたくさん詰まっているんだろう?」
カイトの瞳には、かつてないほど鮮明に、世界の至る所に散らばる「赤いノイズ(脆弱性)」が映っていた。




