絶望の体現者
「大人しくしろってんだ!」
警備隊の人間はそう叫びながら銃を構える。いつでも引き金を引ける状態だ。その状態でセレナに向けている。しかしセレナは物怖じしない。
「ふーん。その程度でわたしを止めれると思ってるのか」
セレナは距離を一瞬で詰めると、相手の銃身を引っ掴む。そしてそのまま相手ごと銃を掲げて地面に叩きつけた。妖獣の怪力によって叩きつけられた銃は粉々に壊れ、警備隊の人間も地面に叩きつけられてから数回バウンドし、壁に激突する。
「ぐっ…くそっ!化け物め…」
「お、まだ意識があるとは中々やるな」
警備隊の人間は軋む体に鞭打って起き上がると無線のようなものを取り出した。
「こちらK部隊。例の人物と衝突中!至急、援護を!」
「おいおいセレナ。仲間を呼ばれてるみたいだよ?」
「構わない。全員まとめて葬るだけだよ」
敵の数が増えようと自信過剰な態度を崩さないセレナ。
「それより、無線での連絡も終わったみたいだし、お前の出番は終了だよ」
セレナは腰を落として深く右手を構え、右手に妖力を集中する。
「ふんっ!」
そして彼我の距離を一瞬にして詰め、すれ違いざまに妖力の爪を振りぬいた。その一撃をまともに受けた警備隊の人間は跡形もなく砕け散った。
「はい。いっちょあがり」
「うわぁ…」
その惨劇を目の当たりにしてケントは思わず声を漏らす。
「お前もああなりたい?」
「なりたくないけど、僕がああなって困るのは君でしょ?」
「…まあその通りだけどなんかムカつく。文字覚えたらお前一番に殺してやるからな」
「そんなこと言わないでよ。君に文字教えるの躊躇っちゃう」
「その場合は今殺すだけだから」
「僕が殺される運命は変わらないんだね…」
「人間は誰であろうと皆殺しと決めてるからな」
「けっこうな決意だこと」
二人で談笑(?)をしていると、さっきの人間が通報しただろう警備隊の面々が駆けつけてきた。
「そこの者たち動くな!」
「そこの者たちって僕も!?」
「おい待てお前ら。こいつは関係ない」
「セレナ…?」
「こいつはただのわたしの獲物。殺るのはわたしの仕事だから」
「そんなもんだろうと思ったけど…」
相変わらずの物言いにがっかりするケント。
「まあケントは置いておいて、ざっと獲物の数は五人といったところか。わたしも舐められたもんだな」
「…なあ、こいつもしかしてあの男が言ってた妖怪犬ってやつじゃないのか?」
「いやまさか…。あれはただのあの男の妄言じゃないのか…?」
「ほーう?あの男はしっかり役目を果たしたのだな」
セレナは言うと、被っていた帽子を取っ払った。抑えられていた耳がかわいらしくぴょこっと跳ねる。
「紅い目、薄茶色の長髪、垂れた犬耳、真っ赤な瞳、背の長刀、やはり本当に居たというのか!妖怪犬!」
「油断するなよ皆!こいつは強いぞ!!」
「『強い』で済めばいいけどな」
セレナは長刀を抜きながら虚空に振りぬく。その剣筋が光り、刃となって五人のうち三人を斬り飛ばす。
「わたしは『最強』で『最恐』で『最凶』な人類の敵だ」
そう宣言すると長刀を下段に構えなおし、残された二人の人間に向き直る。
「ひっ…」
「ここは撤退だ!町の人々を避難させることを優先しろ!」
「させる前に皆殺しにしてやるから余計なことはしなくていいぞ」
セレナは手のひらを相手に向け、そこに妖力を集中させ妖弾を作り出す。そのまま相手の地面に着弾させる。着弾した妖弾は大きく炸裂し、広範囲に爆風をばらまいた。爆風に巻き込まれた人間は遥か彼方まで飛んで行ってしまった。
「なるほど、こんな感じになるのか」
「練習感覚で人を吹き飛ばさないで…」
「人間なんてこんなもんだろ」
「君にとって僕らはその程度なのか…」
「というか妖術についてはもう感覚掴んだし、お前ももう要らないんじゃないか?」
「そう。要らないんだったらもう殺せばいい。僕はもうとっくに覚悟はできてる」
「そうか、じゃあ遠慮なく」
と、セレナはケントの首を引っ掴み、宙に持ち上げる。だがケントは欠片も表情を変えることなく、じっとセレナの真っ赤な瞳を見つめる。
「…やっぱいい」
しばらくケントの目を見つめていたセレナだが、やがて興味なさげにケントを開放する。
「…え?殺さないのかい?」
「お前のその目を見てたらなんか殺す気も失せたよ。ほんと、気に食わない目をしやがって」
「まぁ…一応誉め言葉として受け取っておくよ」
「勘違いしないでよ?お前には殺す価値も無いってだけだから」
「(にしてもなんなんだ…。あいつを殺そうとしたときに湧いてきたこの変な感覚。わたしを内側から蝕む毒みたいな感覚は…)」
セレナが謎の感覚に陥ってる最中、ケントはある建物を見つける。
「…ん?こんなとこに中学校があったのか」
「中学校…?」
ケントの声を聞いてセレナの眼が怪しく光る。
「なぁケント。ここには人間がいっぱいいるの?」
「え、うん。学校だからね。今日は丁度平日だし、まだ授業中じゃないかな」
「そうかそうか、よしターゲットはここだな」
「え、中学校を襲撃するのか?」
「愚かな人間が多そうでいいじゃないか。数十年で彼奴らの人生を終わらせるのも絶望的だしな」
「相変わらず恐ろしい発想をするな」
「妖怪らしい発想と言いな。よし早速潜入するぞ。遅れずについて来いよ?」
「はいはい…」
セレナは校門に近づくと、軽々と門を飛び越えていく。ケントは一生懸命ノロノロと門を乗り越えていく。
「早くしなよ。とろいなお前」
「君の運動神経が良すぎるだけだよ」
学校の敷地に潜入した二人は真っ直ぐに校舎を目指して歩いていく。下駄箱を素通りして土足のまま校舎にするセレナと、律儀に靴を脱いで上がるケント。
「面倒なことするね、お前」
「建物に上がるときは普通靴は脱ぐもんなんだよ」
「その普通は人間にとっての普通でしょ?わたしには関係ないね」
因みにセレナは帽子も上着も外して尻尾と耳を思いっきり晒している。もう隠すつもりはないようだ。そして学校内を二人で徘徊し、やがて2-4と書かれた札が付いてる教室につく。
「よし、ここにするか」
「え、2-4になにかあった?」
「いや、わたしのただの気紛れだよ」
「あ、そう」
そしてセレナは教室の戸をガラリと開ける。授業中だった教室は突然開けられた扉と、その開けた本人であるセレナの容姿にくぎ付けになってたり、騒めいたりしている。
「え、なに…だれ?」
「なにあの耳…」
「尻尾生えてんだけどなにあれ」
「え、いや授業中なんですけど、何勝手に入ってきてるんですか」
黒板の前に立っていた真面目そうな男性教師がセレナに声をかけてきた。が、
「んぐっ…!!」
セレナはその男の首を容赦なく掴み上げる。
「えっ!!?」
「先生!!」
「騒ぐな。この男のように殺されたくなければね」
言いながらセレナは教師の首を握り潰した。教壇に鮮血が舞い、生々しい臭いが教室中に充満する。思わず声を上げそうになる生徒たちだが、両手で必死に口を塞ぐ。教師の喉が潰された瞬間、反射的に嘔吐しそうになる生徒も居たり…。
「ほう、律儀に声を出さないようにするなんて利口なのが多いね。そうやってわたしに従っていれば少しは寿命が延びるよ。さて、そこのお前」
と、セレナは近くにいた男子生徒に声をかける。
「え、あ、僕ですか?」
「ああ。お前、この学校中に私の声を響かせる施設について知ってるか?」
「ほ、放送室のこと、ですか?」
「ああ、放送室っていうのな。とりあえずそこに案内してくれ」
「わ、わかりました…」
「後の者はこの場に居ろ。逃げだそうなどとしたら即死するぞ」
と、セレナが簡単に指示を出すと生徒の一人が挙手してきた。
「あ、あの、ちょっといいですか!」
「なに?」
「えっと、あなたは何者なんですか?その耳とかしっぽとか、眼もすっごく紅いし…」
「ふん、教えてあげる義理なんてないけど、いいだろう。そいつ、ケントをここに置いておく。気になることがあるならそいつに聞け」
「ちょちょ、面倒ごとは全部僕に丸投げ!?」
「もう慣れっこでしょ?任せたよ」
そういうとセレナは生徒を一人連れて廊下へ行ってしまった。そしてその直後、
「ねぇなんなの!?あの子は何者なの!?」
「耳と尻尾は本物なの!!?このご時世で動物コスプレ!!?」
「私達これからどうなるの!!死んじゃうの!?死にたくないよ!!!!」
クラス全員から質問攻めにされるのであった。廊下でも余裕で聞こえる喧騒に思わず苦笑いしてしまうセレナだったがすぐに表情を切り替え、少し先を歩く生徒に声をかける。
「ねえ、お前は動物は好き?」
「ど、動物ですか…。え、えーと嫌いではないです」
と、生徒は曖昧な答えをする。
「嫌いではない?じゃあ好きなの?」
「あ、い、いや好きというわけでも…」
「好きでも嫌いでもない、ってこと?」
「ああ、はい」
「ふん、気に入らない答えだね」
セレナは腕を組み不機嫌そうな顔をしながらそっぽを向く。
「え」
「お前はわたしが怖いんだろ?恐ろしいんだろ?だから下手なこと言って怒らせてしまわないように無難な答えでやり過ごそうとした。違う?」
「え、い、いや、ちがっ、その、なんていうか、えっと、その…」
生徒は反論しようとしたが言葉が出てこなかった。考えていたことがズバリと当てられてしまったからだ。
「その反応は肯定しているようなもんだよ」
「…」
ついには黙ってしまう生徒。
「お前、わたしが動物だからって甘く見るなよ?お前みたいな愚か者が考えることなど手に取るように分かる。もう一度だけチャンスをやるから今度は正直に答えろよ?」
「は、はい」
「じゃ、動物は好きか?」
「はい!!」
「…ほんとか?本当に好き?」
「好きです!大好きです!!」
「なら聞くけど、この世間の現状、お前はどう思ってるの?」
「せ、世間の現状?」
「人間が動物の命を徒に奪っていることだよ。動物が好きだというのに、お前は何故そこで詰まる?」
「え、あー!いや、えっと、その…」
「フン、だから口先だけの嘘で誤魔化そうとするなどという愚かなことを、この状況でまだするなんてね。お前、わたしのこと舐め過ぎじゃないの」
「ご、ごめんなさい…。あ、放送室に着きましたよ」
喋っている間にいつの間にか放送室前に来ていた二人。
「あ、ここね。ご苦労だったよ」
セレナは言うと、放送室に入る。案内してきた生徒も後に続く。そして放送機材の前で静かに固まる。
「…あのー?」
「…おい、使い方教えて。何が何だかわからない」
「だから、あの子は今まで虐げられてきた動物たちの恨みが生み出した妖怪なんだって!」
一方教室、かれこれ三回目にもなるケントによるセレナの正体の説明中、突然校内放送が流れる。
『…あ、なに?もう喋っていいの?へぇ、すごいじゃん。えーと、この建物内にいる生徒職員人間ども全てに告ぐ。お前たち全員の命はわたしが預かっている。死にたくないなら今すぐに体育館に集合しろ。わたしが体育館に到着するまでに体育館に来なかったものには等しく残酷な死を与える。無惨に殺されたくないなら素直に指示に従え。
…え?まだ続いてんの?はよ切れって』
「…ところどころ締まらないな、あの子…」
ケントは思わず苦笑してしまう。そしてクラスの連中に向き直す。
「さあ、みんなどうする?体育館に行く?」
「そ、そりゃ行くよ!行かなきゃ殺されちゃうんでしょ?」
生徒の必死な声を聞きながらケントは思案顔を見せる。
「おそらくだけどね、行っても殺されるよ」
「え!?」
「セレナの目的は人間を殺すことだからね。ここが眼ぇ付けられた以上、ここにいる人間全員殺すつもりだよ」
「そんな!どうにかして生き残る術はないの!?」
「というかあんた!あの化け物と一緒に居るのになんで殺されてないの!?人間でしょ?」
「もちろん僕は普通の人間だよ。でも、僕はとっくに彼女に殺されるという運命を受け入れてるからだと思う」
「殺されるという運命?」
「さっきも言ったけど、セレナは人間に迫害されてきた動物の怨念の妖怪。動物のこと考えたら彼女に復讐されるのは、人間にとって当然の報いだと受け入れてるんだよ」
「報い…」
「そしてセレナは、人間の絶望の心を食べてるんだ。本人は自覚あるかどうかはわからないけど、彼女は人間を殺すときに敢えて残酷だったり痛みによる苦痛を味わせたりして、痛みや自分の命が消えることに対して絶望させてるんだ。そしてその絶望を摂取している。まあ、あくまで僕の所感だが、セレナが僕を殺そうとしないのは、僕が死に絶望してない点もあると思う」
「…」
ケントの言葉に生徒たちは真剣の眼差しで聴いている。その様子を眺めながらケントは宣言する。
「君たちが生き残るには自分の心の持ちよう次第だよ。一人でも多くの人が生き残れることを僕は祈ってるよ」
それだけ言うとケントは廊下へ出て行った。生徒たちもケントの後に続く。生徒たちの運命はどうなるのか。絶望が待つ体育館はすぐそこだ。