第三話 魔王無双
ブッカート復活の日。
家族には「山へ遊びに行ってくる」と嘘の行き先を伝え、魔獣が封印されている場所へと向かった。
現場に到着、ノンビリ見学するため身を隠しやすそうな木を探す。枝が入組、大きな木を見つけて登りそこから辺りを見渡した。封印の地は広大な平地に超巨大魔方陣が描かれており、その中心に大きな球状のモニュメントが置かれている。おそらくあれが魔獣王ブッカートだろう。
それにしても大きい。一山くらいの大きさはあるんじゃないだろうか。
その周りを大勢の人達が取り囲んでいる。
長い耳、浅黒い肌、角が生えているのは我らが魔族。獣耳やしっぽが生えているものなど、多種多様な種族の集合体、獣人族。色白で特に特徴のない人間族。
他、滅多にお目にかかれない種族もちらほら。世界全土から集まっているようだ。
「え~、皆さん。この度は我らの魔族領へご足労頂き誠にありがとうございます」
大臣ジュールの挨拶が始まった。一通りねぎらったところで魔王メナトが段上へ上がる。
「魔王メナトだ。今回は魔物を封印、比較的安全で平和的な解決方法を選択した。それでも各自油断なさらぬようお願いする」
(ケッ、何が平和的な解決だ、スキを見せたらこちらを襲ってくるんじゃないか?)
(そうだよな。あいつら魔族が一番油断できねえよな)
人族からボソボソと小声が聞こえた。人族、魔族、獣人族。この3種族は昔からよく争っていた。
メナトが魔王になると魔族が他種族には戦争を仕掛けなくなる。彼ははどちらかと言うと平和主義者、恐怖の大魔王の件もあってここのところ大きな戦争は起こっていない。
しかしそれまでは凄惨な戦争を繰り返しており人々はその記憶から逃れられなかった。
「良い雰囲気ではないな」
木の上でサンドイッチをほおばりながら様子をうかがう。
各々が種族にかなりの手練が居ることがわかる。それも複数、中には殺気を出している者も。
「このまま無事終わってくれるといいんだが」
「では、手はず通り頼む」
メナトの話が終わり、モニュメントの周りを魔道士たちが順番に並んでいく。並び終わったところで手をつなぎ、皆呪文を詠唱し始めた。
上空に雲が集まり雷鳴がとどろく。一筋の大きな雷がモニュメントを撃つとヒビが入り次第にそれが大きくなり、モニュメントが崩れていく。中から大きな魔物が姿を現した。
頭は獅子、炎のタテガミに角が2本。体はドラゴンに近いだろうか、鱗が見え翼が生えている。尻尾の先端には蛇の頭がついている。
『アー、久しぶりのシャバだ。空気がうまいね』
ブッカートの大きくしゃがれた声を聞き、皆に緊張が走る。
「ブッカートよ、残念ながら今回もお前に敵う者は現れなかった。おとなしく再封印され――」
『イヤイヤ、居るじゃねえかよぉ。感じる、感じるぜ。向こうから大きな魔力を感じる!』
メナトの言葉を遮り、北の方角に体を向けるブッカート。
確かに巨大な魔力を感じる。封印が解かれたと同時に魔力が発せられたのだろう。これはブッカートを誘い出すためか。
『嘘はいけねえなぁ~、現魔王さんよ。んじゃあひとっ走り行ってくるぜ!』
魔力が発せられている方向へ大きく飛び跳ねて着地。地鳴りを立てながら走り去っていくブッカート。
「どうするんだ! この状況をよ!」
「クッ、とにかく追え、追え!」
言い争いを始める者、魔物を追いかける者。混乱に乗じて気に入らない多種族に切り込もうとしている者もいる。
仕方がない。
念の為、普段は身につけない服と仮面を用意しておいた。できれば目立つことはしたくなかったんだがな。このまま放っておけば戦争になる。ここに居る皆を一時的に無力化するか。
木々を押し倒しながら進むブッカート。俺はそれを追いかける者たちの前へ素早く回り込んだ。もちろんこっそりと隠れながら。
(第三圏まで一気に開放でいいかな)
俺は魔力を9等分して保有している。ちなみに数字が大きい程、分割量も多い。
魔力を一気に開放、膨大な魔力を急激に浴びせて相手を驚かす。例えるなら後ろから近づいて急に大きな声で叫んで驚かせる。それがもっと強力になった感じかな。
「魔力開放『第三圏』」
一瞬空気が凍りつくような情景が見え、皆の動きが一斉に止まる。全ての者達が大きく目を見開き、体を小刻みに震わせながら冷や汗を垂らす。そして目をむいて倒れる。
「ふぅ、うまくいったな。全員倒れているね」
後ろで魔物の気配がする。こちらも止めなくてはな。
急いで振り返り、倒れた木々を飛び越えて進んでいくと、呆然と立ち尽くしている魔物を見つけた。
『坊主、その力は一体……』
驚いてはいるが、特にダメージらしいものは見当たらない。成る程、こいつは強いな。
「ちょっとばかり力があってね。どうかな、僕と少し稽古をしないか?」
『ハッハッハ、おもしれえ! やっぱこういうことがなきゃ面白くないよな!』
全身を震わせ、戦いの準備をするブッカート。タテガミの炎が更に勢いを増し燃え盛った。
っとこのままでも勝てるが、お互い大きな怪我を負うことになりそうだ。もう少し魔力を上げて余裕を作るべきか。
「魔力開放『第四圏』」
『おいおい、嘘だろ。まだ強くなんのかよ!』
文句を言いながら満更でもない様子。戦いが好きなのだろうな。
お次は武器の準備だ。前魔王から受け継いだ武具がある。
扱いが非常に難しい武具で、前魔王はどれも使えず、歴代の魔王でも1、2つ扱えれば上々と言われた。俺は一応全部使えるが癖が強く、中には完全に扱いきれないものも存在する。
「今回はそうだな、大きな魔物が相手だからアレかな」
「いでよ『奈落戦器』、No.1『巨人の王冠』」
黒炎がどこからともなく現れ、地面を焦がしながら魔法陣を形作っていく。魔法陣の中からドス黒い魔力が噴出、その中に手を入れ金属を掴んだ感触を感じてそれを引っ張り出す。叫び声のような音が鳴り響きながら黒色に輝く王冠が姿をあらわした。
王冠をかぶることで魔力が体の周りで固まり始める。大量の魔力が固まり続け、遂には頭が雲に当たりそうなほど大きな人形が出現する。
『さあ、はじめようか』
俺が右手を上げると巨大な人形も右手を上げる。感度は良好だ。ブッカートはあんぐりと口をあけっぴろげ、その人形を見上げていた。
『こんなん無理だろ……』
軽くはたこうと広げた手をゆっくり右から左へ動かす。
『いややってみなければわからんぜ。いくぜ俺! 一世一代の体当たりだ!』
手にブチ当たったブッカートは大きく吹き飛ばされ、体が宙を舞い、落下して地面に叩きつけられた。
『イタタタ、マイッタマイッタ、降参だ』
その言葉を聞き、魔力を体内に戻すと人形は消えてなくなった。武具は光り輝き、爆発するような閃光とともに消滅した。
『なあ、坊主、いや大将のところで世話になりたいんだがいいか? もっと強くなりてーのよ』
なんとも戦闘バカと言うか。でも嫌いじゃない。
ただちょっと大きいよね、目立つし食費が……
『デカサに関しては問題ないぜ』
大きな煙とともにポンと音がなる。徐々に煙がなくなり、先程ブッカートがいた場所には小さな生物が存在していた。
『これならどうよ? 食費もかからないし、タテガミも燃えてないから触れるぜ!』
赤ちゃん魔獣は魔族に飼われることもある。飼っても不自然ではないが、うちはお金がない。
「そうだな、うちには置けないが近くの森に住むのはどうだろう?」
『それでいい! よろしくな大将!』
「よろしく。名前は、そうだな同じじゃまずいよな。ブックでどうだ?」
『大将が決めるなら何でもいいさ』
さて、あまりゆっくりもしていられないな。そろそろ後詰めが来るかもしれない。
「じゃあ帰ろう」
俺達は足早にその場を去った。




