第二話 幸せな幼少期
俺が転生した先は、死んでから1000年後の世界だった。そして現在生まれてから11年、魔族達が暮らす小さな村の一軒家ですくすくと育つ。
厳しくも優しい父と母に、やんちゃだが弟思いの優しい兄。どんなときも笑っている村の人々。ここは俺にとって天国のような場所だった。
ただ残念なのは同年代の者がいなかったこと。
俺が生まれる前は戦争が起こっていて子供を作るどころじゃなかった。落ち着いてきてから俺が生まれたが、今度は恐怖の魔王が復活したことで『子泣き』が発生、魔界全土で様子見をする夫婦が多かった。
そうそう、この『子泣き』については俺が関与している可能性が高い。俺が魔王の時代、書庫の本で調べた結果、俺が生まれていない時代の文献には生まれたばかりの子供は笑うというものだった。
となると俺が原因の可能性が高い。普段は魔力を出すことはないが奥底に眠る膨大な魔力を赤子が感じ取った、といったところか。
まあ、『子泣き』があっても生きていくには問題ないから放っておいてもいいか、それが魔王時代の俺の結論だった。
他の呪いに関してはかなりの数がデマであることがわかった。声を掛ける、目を合わせる、もちろん親指を突き立ててても何もおきなかった。
「よーしレイ、こっちはいいぞ。イングリッド婆のところで勉強してきな」
農作業。兄の指示に従い手を止めて農具を片付ける。
兄とは歳が離れており、親と子供くらいに見られることもあった。
「じゃあ行ってくるよ兄さん」
「おう! しっかりな」
村の外れにある一軒家へ向かう。少し歩くとピンク色の屋根の家が見えてくる。その隣の畑で老婆がハーブを収穫していた。この老婆は俺の勉強の先生。村の人達からはイングリッド婆と呼ばれている。
王宮に仕えていたとても高位な人だが田舎暮らしが好き、という理由で現在ここで暮らしている。
「来たかいレイ坊や、今ハーブティーを淹れよう。そこでまっとれ」
指差した椅子へ座り、家に入っていくイングリッド婆を眺める。家の中からシューシューと湯が湧いた音が聞こえほどなくしてイングリッド婆が出てくる。
「お菓子も持ってきたよ。焼きたてのクラッカーだよ。ジャムをたっぷりのせてお食べ」
「うん、ありがとう」
香ばしく焼かれたクラッカーに甘すぎないジャム。噛むと口の中でそれらが程よく交わる。それをさわやかに洗い流すハーブティー。俺は満面の笑みを浮かべる。あぁ、幸せだ。
笑顔の俺を、婆さんは嬉しそうに眺めていた。
オヤツを食べ終え一服後、食器を片付け勉強を開始。
「今日は風がないからそのままここでお勉強しよう。歴史の続きだったね」
勉強と言っても、子供が習うところなら一通り余裕でわかる。伊達に魔王時代書庫に通い続けたわけではない。ただ歴史だけ、死んで転生するまでに起きたことは当然わからなかった。
「魔獣王ブッカート。本人は精霊族と言っておった。人間界、魔界、獣人界を巻き込んで大暴れしおった魔物。それが今から丁度500年前の話だ」
「その話なら僕も聞いたことがある。それに近々復活するとかナントカ」
「フム、当時3界の力を持ってしても倒せなんだ化物。なのだが、急に封印してくれと言いだしての。俺とまともに戦えるやつがいないんじゃつまらん、という話だった」
世の中には変わったやつが居るものだ。とにかく強いやつに会いたいってところか。
「強いけど変わった魔物なんだねぇ」
「封印できる期間が500年。一ヶ月後、解かれるのさ。だからまた皆が動いとる」
「イングリッド婆も行くの?」
「当然さ。当時は私も王宮魔道士として戦いに参加したんだがね。手も足も出なかった。だが今なら多少は戦えるんじゃないだろうか」
「といっても3界の総意は『今回も封印』だから戦闘はない予定だよ」
「それでも無理はしないでね」
「ふふふ、わかっているよ」
優しく微笑みながら俺の頭を撫でる。
「恐怖の魔王だったら勝てたかな~?」
婆さんの手が止まる。一瞬真顔になるがすぐさま笑顔で答えた。
「勝負……にならないんじゃないかな? 魔王様が強すぎて」
「そっかー」
そろそろこの体で本格的な戦闘を経験したいと考えていた。これまでは野をかける獣や、小さな魔獣と戦った程度。いきなり強敵が現れ、焦って力の加減を間違えてしまったりしたら大変だ。いざという時に備えておきたい。
とはいえ、今回は無理か。封印して終わるなら手っ取り早くて安全だ、それが一番だな。
どんな魔物なのか気になるからこっそり見に行くけどね。
その後も歴史の勉強を続け、日が暮れ始めたところで終わる。
荷物を片付け帰る準備をした。
「それじゃ帰るね。おやすみなさい」
「おやすみ、気をつけて帰るんだよ」
お土産にクラッカーとジャムを貰い、上機嫌の俺は鼻歌を歌いながら家路につく。
――魔獣の封印が解かれる2日前、とある魔族の貴族の邸宅。
「それではハリル、魔獣王ブッカートの討伐に行ってくる」
「行ってらっしゃい父上」
「いいか、もう一度念を押しておくぞ。魔獣王と戦いたいからといって魔力で挑発するようなことはするんじゃないぞ? お前は戦闘バカなところがあるからな」
「ハリル・ゴルド、エレメンタルマスター。精霊魔法4種すべてを操れるお前は我がゴルド家の秘密兵器なのだからな。しっかり頼むぞ」
「はいはい。わかってますって父上」
貴族の男が馬車に乗るところを見ているハリル。
(秘密兵器か。戦争の道具の間違いだろう? 父上。殺し合いはもうたくさんなんだ。兄弟たちは何人死んだ?)
(俺が動いて力を世の中に知られてしまった場合、計画は練り直し、戦争が先延ばしとなる、か)
御者が馬にムチを入れ馬車が走り始める。ハリルは軽快に街道を走る馬車が、ゴマ粒のように小さく見えるようになるまで眺めていた。
「だが残念だったね父上。すでにここは僕が乗っ取っているのさ。戦闘バカは表の顔。まんまと騙されるなんてな。滑稽だ。ゴルド家代表としての最後の旅を楽しんでくるといい」
両方の手のひらに眼がついており通常の位置にも眼がある。合計4つのその眼はそれぞれ4種類の色を発光させている。
ふとこぼれ落ちる涙。
兄弟たちに対するものか、はたまた父に対するものか。もしかしたら喜びの――
「欲しいものは平和。早く恐怖の魔王様が治めてくれないだろうか」
恐怖の魔王の時代、魔王はその圧倒的な力で国を治め、争いが起きても一瞬で片付けた。そもそも恐怖による支配により闘争する気力が削られているため、争いはさほど起きなかった。
魔王の死後は戦いが頻発。悲惨なのは同程度の強さの場合。なかなか勝負がつかない、こうなると泥沼の殺し合いとなり、弱き者から死んでいく。とは言えそれが本来の魔族の姿なのだが。
彼が望むものは恐怖の魔王による統治。それが一番平和なのではないのだろうか。
そう考えるハリルだった。




