第一話 転生! 恐怖の魔王
――魔王の城。
小高い山の頂きに築かれた城。俺はここで魔王として暮らしている。
現在は書庫で読書中だ。
「ま、魔王様。お食事の用意ができました」
「……」
執事の呼びかけに言葉を返さず椅子から立ち上がり移動を始める。執事は遠ざかっていく俺を見てホッと胸をなでおろす。
話しかけてしまうと、執事は驚き戸惑い、ひどい場合は昏睡状態に陥る可能性がある。
強大な魔力を保有しておりそれを恐れているところもあるのだが、今回は俺が放っていると言われている呪い、これが原因だと思われる。そもそも呪いをかけた事など無いのだが。
かけられた言葉の数だけ寿命が縮まるという呪いがあるらしい。執事はそれを信じているのだろう。
執事だけではない。この城に住まう者、魔界全土から異常に恐れられている。もしかしたら全世界かも……
(ハァ、もうじき寿命で死ぬかもしれないってのに。結局ずっとこんな状態だったな……)
1000年前、俺は魔界の片隅で畑仕事をしながら暮らしていた。
ある日、畑を荒らしているものが居ると聞き、現場に向かった。説得して帰ってもらおうとしたが、暴れ襲いかかってきたため、仕方なく軽く小突いて大人しくさせた。
それが前魔王だったらしく、当時は力が強いものが魔王となるしきたりだったためその場で魔王就任。
世間知らずだから起きてしまった悲劇だろう。俺が暮らしていた場所は特殊で、それまで他魔族と接したことがなかった。そこへ来て急に魔王となる。
立ち回り方、コミュニケーションのとり方、様々なことがわからず失敗に失敗を重ねる日々。勘違いが勘違いを呼び『不幸、天災は魔王の仕業』『世界の死因No.3は魔王』等、次々と身に覚えのない悪行が俺の肩書に刻まれていく。
そんなことを繰り返し、遂には誰とも会話ができず、意思疎通も不可能な状態になってしまった。
(みんなと仲良くやりたかったな)
今にも溢れ出そうな涙をぐっとこらえ、食事を終えた俺はまた書庫へと戻った。
数時間経ち、執事が俺のところへに来た。そうだ、今日は昼から俺が1000年魔王を続けてきた証として記念式典を行うんだった。俺は謁見の間へと向かった。
通路を移動中、賑やかな声がここまで聞こえてきた。何十年、いや何百年ぶりだろうか? 悲鳴はよく聞いたが賑やかで楽しそうな声は久しぶりに聞いたな。
俺が部屋に入った途端、一瞬にして静まり返る。やはりこういう反応をされると寂しい気持ちになる。
かと言って笑顔を周りに振りまきながら部屋へ入ることもできない。それをやったとき悲鳴とともに数名倒れた。そんなにすごい顔をしていたのだろうか。
ゆっくりと歩き王座に座る。ここで彼らと目を合わせてはいけない。目を合わせると失神する呪いがあるらしい。
「それではこれより、魔王様在位1000年記念式典を執り行います」
拍手が起こり、ファンファーレが鳴り響く。楽曲が終わると俺より二回りは大きい魔族の男が俺の前まで歩み出る。
「ほ、本日はお日柄もよく、魔王様に至っては――」
緊張し、手足を震わせながらも手にした用紙を見ながら必死に祝辞を読み上げていた。特に何もしていないのだが罪悪感を感じてしまう。
その後も各地区の代表者が歩み出て祝辞、これを繰り返す。式典は粛々と進んでいった。
そして最後の地区代表者が俺の前に立った。
しかし他の者と違い、祝辞を言わず腕を組みこちらを睨みつける。周囲がざわめき始めた。
「魔王よ。1000年の記念日の今日、私に負けて引退するのはどうかな?」
「我は魔将が一人、『武魔絢爛』のピクト・アーティリティー。魔王よ、その首貰い受ける」
決闘の申し込みだ。
ざわめきが歓声へと変わる。「キャー!」、女から黄色い声援。「魔王なんざぶっ殺せ!」と声高に叫ぶ者まで居る。
その熱狂ぶりから若き挑戦者にかけられた期待の高さがうかがえた。
誰も俺を応援していないのは寂しいけれど、俺としても魔王へ挑戦する者が現れるということは嬉しいことである。このまま墓へ魔王の称号を持っていくよりも、奪い取られたほうが魔族冥利に尽きる。
しかし彼を観察してみると足が震え、目が泳いでいる。まずは彼の緊張をほぐす所からかな、暖かく向かい入れるとしよう。
目を見れない、声をかけられない。指を動かして俺の意思を伝えることにした。
拳を握りそれを前に突き出し親指を天へと突き上げる。「その心意気や良し」と伝えたつもりだ。
ピクトの体が小刻みに動き始める。
「ブッッピャーーー!」
口から泡を吹き倒れてしまった。
(あれは一体!?)
(きっと『お前は1秒で終わる』ってことを伝えたかったんだろう)
皆慌てふためき、俺に向かって一斉にひざまずいた。
ピクトは緊張していた。俺が彼に向かって意思表示をしたことによってその緊張がピークに達し、体に大きな負荷がかかり失神にまで至った、といったところだろうか。
うん、今回もうまく意思疎通が出来なかった。
お祭りムードが一転、恐怖の舞台に変わってしまう。いたたまれなくなり俺はその場を離れた。
一ヶ月後。遂に体が動かなくなる。
(あれ以来挑戦者は現れなかったな)
魔族の寿命は約1000年。お迎えがきたようだ。
(このまま魔王の称号は持っていくことになるな。今後の魔界が心配だが意思疎通もできないし、どうしようもない、か)
(できれば普通の人生を送りたかった……)
宙に浮かぶような感覚を覚え、俺の意識はそこで途絶えた。
意識が戻る。体が何やら柔らかいものに包まれている感覚。周りを見ようにも暗闇の中だった。
「がんばれ! もう少しだ!」
女性のうめき声、男性が励ます声。これはもしや――
「やった! でかした!」
老齢の女性が俺をお湯の中に入れる。しばらくして先程の男性が両手で俺を持ち上げ抱きしめる。
「お前の名前はレイ! レイ・ファスナーだ!」
転生。
本で読んだことがある。死んだ生物は魂を天界で浄化され次の肉体へ宿ると言われる。浄化とは魂の中の情報をゼロ、無にすることである。
しかし極々稀に浄化されず次の肉体へ入り込み、前世の記憶を有している者が居る。
俺は転生したのか。体の奥底に眠る膨大な魔力を感じる。身体能力以外は魔王時代と同じようだ。
周囲を見渡す。
喜びはしゃぐ男性、疲れが見えるがこちらに優しく微笑みかける女性。いつぶりだろう、こんなに穏やかな気持になるのは。
ああ、神様が俺にくれたプレゼントなのかな? このプレゼント、有効に使わせてもらおう。
楽しい人生にしたいな。もちろん友達山盛りで。
――レイが生まれて一ヶ月、とある魔族の国の王宮
日頃は運動をしていないだろう、そう思わせるほど恰幅の良い肉体を上下に大きく揺らしながら、王座の間へ駆け込む魔族の大臣ジェール。
「魔王様、大変にございます!」
「どうしたジェールよ、騒がしい。隣国ヘルヘロが攻め込んできたか?」
「い、いえもっと恐ろしいことが……」
「早く申してみよ」
「はい、それが近頃生まれてくる赤ん坊達、すべてが生まれた瞬間泣き始めるそうです」
王は何を馬鹿なことを、と小声でつぶやきながら大臣に答える。
「生まれたての子供はこの世に生まれたことを喜び笑顔で笑う、だろう? 子供でも知っているぞ。泣き出すなんてありえ――」
途中まで言いかけ、何かを思い出したかのような素振りを見せ顔面蒼白になる魔王。
「まさか!?」
「ええ、恐怖の魔王がいる時代、生まれたての赤子は魔王がこの世に存在していることを悟り自分の不運を呪い泣いたそうです」
「間違いないでしょう。恐怖の魔王が復活しました」
新連載ですー!
よろしくおねがいします!




