episode4、3
それが馬のものであると、二人は気がついた。
燃えさかる門から、馬が勢いよく、飛び込んできた。
ひひんと馬がいななくと、乗っている人物が大声で呼びかけてくる。
「波津姫、菊丸。無事か?!」
それは家衛だった。二人の元まで、駆け寄ってきた。
「…家衛様まで来られるとは。でも、ちょうど良い。恨みを晴らさせてもらうよ!」走りながら、紅樹はもう一度、小太刀で切りかかってくる。狙われたのは、波津姫だった。
菊丸は庇おうとしたが、誰かに突き飛ばされる。
痛さをこらえながら、見上げると、そこには無表情の家衛が邪魔するように立っていた。
だが、すぐに横から、家衛の声で一喝された。
「菊丸!それは式神だ、惑わされるな」
偽者の家衛の体がぐらりと揺らいだ。
すっと、消えてしまい、地面に白い紙が落ちた。そこには、一人の男がいた。
家衛はわき腹を片手で押さえて、苦しそうにしている。
「…私は教盛殿に雇われていてね。名を泰親。紅樹とも手を組んでいた」泰親は陰陽師だと、すぐに菊丸にはわかった。
「経盛様まで狙う気か?」
「そこまではしない。ただ、勢津姫に後白河法皇を誘惑させようと教盛殿は考えていた。けれど、勢津姫はそれを断ったのだ。いや、拒まれたというべきか」
だから、始末を考えたのだと口にしてみせる泰親を菊丸はにらみつけた。
波津姫の手を握る力が強くなる。
震えているのもわかった。
『…明日良ちゃん、それは前世の、過去の記憶だ。目を覚ますんだ!』
ふいに、声が聞こえてきた。
菊丸が波津姫を庇う。
彼は目を閉じる。
気がついた時には、また、闇の中へと落とされる感覚がした。
体が重苦しいのを我慢しながら、まぶたを開けた。
「…私、一体、何を」 後が言葉にならない。
先ほどの夢は何だったのだろう。
目線を横に移すと、和衛の顔が間近にあった。
とても、心配そうにこちらを見ている。 「明日良ちゃんは気を失っていたんだよ。すまない、前世の記憶を君が見ていた時、夢入りをしてみたんだ。そしたら、紅樹の他に絡んでいた奴がいた」
いきなり、言われても、訳がわからない。
明日良は混乱しながらも、考えをまとめようとしてみる。
だが、割り込むようにして、透けた人影が近づいてきた。
―目が覚めたようだな。私からも、簡単に説明をしておこう。そなたは紅樹に命を狙われていたんだ。菊丸は一人だけでも、そなたを守ろうとしていた。それこそ、幼い頃からな。紅樹から、そなたの父上と菊丸が協力して、守ってくれていたんだ―
訳を話してくれたのは、敦盛だった。
「…菊丸は君のことを守るように、前世の波津姫のお母さんから、頼まれていたんだ。波津姫であった時、そのお母さんとの約束を守れなかった。だから、彼はあの世に行った後も悔しく、思っていたんだ」
「和衛さんは私の前世を知っているんですね」
「知っている。俺の前世は勢津姫だから。まあ、家衛さんから、守りきれなかった可哀想なお姫様の話も聞いていたし。それと、俺は心霊的なことを調べて、解決するのが仕事でね。今回は君のお母さんからの依頼でこちらに来たんだ」
はっきりと言われて、明日良は固まった。
仕事と言われても、よけいにわからない。
和衛は確かにそうだよなといいながら、細かく、説明してくれた。
探偵事務所でアルバイトをしていることや自身の能力を使って、怪異を解決してきたことを話して聞かせた。
「…それで、今回は特別に単独で仕事をやらせてもらったんだ。浄霊するために、下宿という形で君の家にいさせてもらった。紅樹の霊は家衛さんが連れて帰ってくれたから。だから、安心していいよ」
笑いながら、安心させるように和衛は言った。
「和衛さんは探偵で霊能力者だったんですね。これでやっと、わかりました。いきなり、下宿しにくる人がいるっていうから、おかしいと思っていましたけど。そういう理由があったんですね」
「うん。今まで、黙っていて、ごめん。でも、俺だけではなく、菊丸からも話を訊くといいよ。彼が俺のご先祖を呼んだり、知らせてくれたから、何とか、できたんだ。経盛さんと敦盛さんが今もいるから、菊丸を呼んでくれるように頼んでみる」
和衛はそういって、立ち上がった。
明日良はやっと、自分がベッドに寝かされていた事に気がついた。
驚いて、起きあがり、出ようとしたが。
頭が痛くなって、うずくまってしまう。明日良が物音を立てたことに、気がついた和衛がこちらに再び、やってきた。
「どうかした?明日良ちゃん」
「あの、私をベッドに寝かせてくれたの、和衛さんなんですか?」
もごもごと言う彼女に、和衛は苦笑してみせた。
「そうだよ。さすがに、床に寝かせておくのは良くないと思ったからね」
そうなんですかと、顔を赤らめながらも、明日良は返事をする。
―波津姫。いや、明日良。久しぶりだね―
高らかな少年の声がして、二人は後方を振り返った。
そこには、夢に出てきた男の子が空中に浮かんでいた。
「…あなた、私のこと、知っていたんだね。ぼくの話を聞いてと言っていたけど」
男の子は真剣な顔で肯いてきた。
―そうだよ。君には思い出してもらいたかったから。紅樹は家衛を裏切って、教盛と浮気をしていたからね―
和衛や明日良は驚いて、お互いの顔を見合った。
なかなか、複雑な人間関係があったようだ。
男の子、もとい、菊丸は説明をし始めた。




