1.明日から夏休みなもので
私、萩村由宇良は今日も今日とてお約束の場面の目撃者となっていた。
本降りになった雨の中、校内一の不良である篠崎健が、捨て犬を拾って走り去って行った。普段は乱暴な不良が小動物に見せる優しさにキュンとくる、ギャップルールの定番である……が、私はきゅんとくるより呆れていた。
これが初めてならば、私も少しはギャップルールに則って篠崎くんに恋をしたかもしれない。
しかし、何故か私は篠崎くんのこういう場面によく遭遇してしまうのだ。
ある時は河川敷で段ボールに入ったまま流されていた子犬を助けてお持ち帰り、またある時は小学生の悪ガキにいじめられていた捨て犬を助けてお持ち帰り、またまたある時は傷だらけの子犬を見つけてお持ち帰り……。
だから、普通に雨の日に子犬を拾っている姿を見てもなんとも思わないのである。
いや、今日は楽でよかったね、と思う。
岬野高校二年生の私は、篠崎くんとは同級生で同じクラス、そして隣の席でもあるが、一度も彼と直接関わったことはない。
一匹狼で誰ともつるまず、頻繁に犬を拾いながら不良をしている篠崎くんに私は興味津々なのだが、彼を学校内で捕まえるのは至難の業だ。
授業に出て来なかったり、他校の生徒と喧嘩していたり、教室に来たとしても人を近づかせないオーラを放っているためである。
しかし私は知っている。篠崎くんがとてつもなく犬が大好きなことを。たまに教室にふらりと来て、窓際の席から空を見上げ、何やら感傷モードに入っていても、誰かが「いぬ」のワードを出せば反応してしまうということも。
強面の頑丈な身体つきをした、高校生らしくない見た目の篠崎くんだが、犬にだけはあどけない心を許したような笑顔を向ける。
これもまたギャップルールではあるのだが、犬に対するデレデレっぷりが異常でその顔を初めて見た時、ドン引きしたのを覚えている。最近はもう慣れてしまったが。
そんな訳でこの日も篠崎くんは犬を拾った訳だが、こういう場面を見る度私には気になることがある。
一体、何匹の捨て犬が篠崎くんの家にはいるのだろう、ということだ。
私が目撃しただけでもかなりの数の子犬を拾っている。きっと私が見ていないところでも拾っているはずだ。間違いない。
普段ならそのまま篠崎くんの背を見送るのだが、今日は違った。
明日から夏休みだし! という解放感と好奇心とに突き動かされた私は、初めて篠崎くんの後をつけた。
もし篠崎くんが振り返ったとしても、話したこともないクラスメイトのことなど覚えているはずがない。彼の興味の対象は犬だけなのだ!
まんまと彼の後をつけることに成功した私は、口をあんぐりと開けて呆然と立ち尽くしていた。篠崎くんの家は、かなりの大豪邸だった。学校のグラウンドほどはありそうな広い庭を持ち、どっしりと構えるお屋敷は、どこぞの王族の城かのように立派なつくりだった。
(なるほど、そういうことか……)
私は一人納得する。
やんちゃばかりする不良少年が、実はお金持ちのお坊ちゃまだった訳だ。
だから学校側も不良の篠崎くんの行動を黙認しているのだ。そしてそれが篠崎くんにはきっと面白くないのだろう。すたれてしまった心を癒してくれたのは、自分が助けた子犬たちだった……というところだろうか。
ベタにベタを重ねたような珍しい存在がこんな身近にいようとは。
いや、まあ子犬を何度も拾う場面に遭遇するようになってから薄々は感じていたけれども!
こんなに大きなお屋敷だったら、犬を何匹拾おうが問題ないだろう。
使用人だってたくさんいそうだ。
犬専用のスイートルームまで作っていそうだ……というか、絶対ある!
私がそんなことを想像しながら感心していると、篠崎くんが屋敷に入った途端にワンワンというすさまじい数の犬による大合唱が聞こえてきた。
これは、犬にしてみれば「おかえりなさいご主人様パレード」だろうか。
今日は一体何匹の犬を拾ってきたのか、なんて犬同士で賭けたりしているのだろうか。
それぐらい頻繁に篠崎くんは犬をお持ち帰りしている。
拾ってきた犬同士の相性なんかが悪かったりはしないのだろうか。
鳴き声だけでも数十匹はいそうである。
篠崎くんの屋敷の使用人たちは犬の世話だけで大変そうだ。といっても、おそらく犬専用の使用人も用意されているだろうから、篠崎くんに拾われた犬たちの世界は捨てられた地獄からいっきに天国へと変わるわけだ。
できることなら私も篠崎くんに拾われたい。
そうすればこんな大きなお屋敷に住めて、人間はめったにみることのできない篠崎くんのデレデレな笑顔を毎日思う存分拝める訳なのだから。
なまじ綺麗な顔をしているだけに、表情をなくしたり、不機嫌さを表に出すと、かなり怖いのだ。そのため、篠崎くんは見た目だけでかなり人間関係に支障をきたしている。こんなに面白い人なのに、それがとてももったいない。
雨は、いつの間にか止んでいた。私は、傘をたたんで待ってみる。
しかし、しばらく待っていても、篠崎くんが広い庭に出て犬たちと遊ぶ気配がないので、私はそろそろ家に帰ることにした。
(違うから、これは断じてストーカーなんかではないから!)
自分自身に言い訳をし、さすがに家まで後をつけるのはやり過ぎたな、と反省していた私の足元で、何か可愛らしいものが動く気配がした。
ふさふさで、ころころしていて、くぅんと甘えたような声を出し、くりっとした瞳で見つめてくるその存在は――――捨て犬だった。
その小さな体はプルプルと震えている。
丸くて黒いその瞳に見つめられると、もうこの場から動けなかった。
このかよわいかわいい存在を放っておける? いや、素通りなんてできっこない。
だがまさか篠崎くんではなく自分が捨て犬に遭遇するとは思わなかった。篠崎くんが一匹残らず拾っているからである!
けれど、いざ自分が捨て犬を発見するとどうしていいか分らない。
いつも篠崎くんはどうしていたっけ?
そう考えた時、後ろを振り返れば犬を拾うエキスパートがいたことを思い出す。
「えぇ~い! どうせいつも拾ってるんだからこの子犬ちゃんが一匹増えても大丈夫でしょ!」
私は半ばやけくそ気味に、篠崎くんの豪邸のインターホンを押した。呼び出し音まで高級感に溢れていて、押した瞬間に私は自分の行動を後悔した。
さて、篠崎くんが出てきたらなんて言おうか……。




