第四話 自称ホワイトハッカーと脅迫文
七不思議騒動?から数日後。
私は自宅の「聖域」で、深刻な問題に直面していた。
「……あれ? 残高が寂しい」
モニターに表示された、私の電子マネー口座の数字。
そこには、私の記憶よりも桁が一つ少ない数字が並んでいた。
原因は明白だ。
まず、私のステータスである北高の制服。
先日、夏服・冬服あわせて1ダースを大人買いした請求が、ドカンと来ている。
なぜそんなに必要かって? 愚問だ。
制服とは、単なる学校指定の衣服ではない。
一着は、吸湿性に優れた「パジャマ」として。
一着は、リラックスタイムの「部屋着」として。
一着は、数少ない「お出かけ用」
そして一着は、いざという時の「フォーマル用」として。
さらに、着ているだけで「私は女子高生です」という社会的信用まで付与され、冠婚葬祭を全てこなせる多機能パワードスーツなのだ。
これをローテーションで回すためには、最低でも一ダースは必要なのだ。
これは浪費ではない、維持費だ。
そして、何よりデカいのがPC環境への投資だ。
「ハッカーならモニターは多ければ多いほどカッコいい」という安直な理由で、無意味に九枚マルチモニター環境へと増設。
極めつけは、マシンの心臓部。
「自宅にスパコンが欲しい」という発作的な衝動に駆られ、最新のハイエンドグラフィックボードとCPUを何個も物理的に連結させるという、魔改造に手を出してしまった。
冷却システムだけで、エアコン三台分の値段が飛んでいる。
おかげで処理能力は国家機関並みになったが、私の財布は焦土と化した。
「……趣味に使いすぎちゃったかなぁ、……でもやっぱ私レベルの一流足るもの、道具も一流じゃないとねえ」
お金の使い道には満足している。けれど、このままでは、命の水であるミルクティが買えなくなってしまう。
それは、私にとって死を意味する。
「……稼ぐか」
私は紙パックから紅茶を優雅に入れながら、決意した。
働くのは嫌いだ。
だが、私はそこそこ腕の立つハッカーだ。
世の中には、企業のセキュリティの穴を見つけて報告し、報奨金をもらう「バグバウンティ」というホワイトな稼ぎ方がある。
本来の手順なら、企業のプログラムに登録し、身分証を提出し、審査を待つ……というプロセスが必要らしいが。
「……はんっ、馬鹿馬鹿しい」
私は鼻で笑った。
そんな悠長なことをしている間に、悪意あるブラックハッカーに攻撃されたらどうするのだ。
手続きだのコンプライアンスだの、そんなものは無能な人間が作った足枷にすぎない。
真のホワイトハッカーとは、そんな形式には囚われない。
「見つけたら即入る。そして直す」
これこそが、デジタル社会における救急医療だ。
道で怪我人が倒れていたら、救急車を呼ぶ前に止血するでしょう?
私がやっているのはそれと同じ。
ただ、ちょっと無断でサーバー室に入って、勝手にコードを書き換えて、ついでに「治療費」を請求するだけ。
「感謝されこそすれ、訴えられる筋合いはないわよね。だって私は『正義の味方』なんだから」
それに、ハッカーは正体不明の方がそれっぽいじゃない。
私はニヤリと笑い、ターゲットの選定に入った。
狙うは、金払いの良さそうな国内最大手のシステムインテグレーター『大帝システム』
ここのサーバーは堅牢で有名だが、私にかかれば……。
カチャカチャカチャ……ッターン!
私は格好をつけてエンターキーを押す。
かつて憧れた映画のハッカーのように。
「……うわ、玄関の鍵が段ボール製じゃん」
開始からわずか三分。
私は呆れ返っていた。
メインサーバーの認証システムに、初歩的な脆弱性が見つかったのだ。
こんな状態で顧客データを管理しているなんて、信じられない。
「危なっかしいなぁ。親切な私が見つけてあげてよかったよ、本当に」
私は善意100%で、勝手に裏口から侵入。
ぐらついていたシステムを補強するパッチプログラムを書き上げ、適応させた。
「よし、これで安定した。あとは報告して、お金をもらうだけ」
メーラーを起動する。
本来なら、詳細なレポートを添付して「貴社のシステムの〇〇行目に不具合があり~」と丁寧に書くべきなのだが……。
「……面倒くさい」
私は文章を書くのが苦手だ。
それに、専門用語を並べ立てても、どうせ偉い人には伝わらないだろう。
要点だけでいいや、要点だけで。
私はキーボードを叩き、簡潔すぎるメールを作成した。
件名:穴だらけです
本文:『お宅のセキュリティ、ガバガバでした。
とりあえず私が侵入して、パッチを当て修正しておきました。
証拠として、深層部に私のファイルを置いておきます。
指定の口座に、相場通りの額をお願いします。
―― K』
「添付ファイルも忘れずに、と」
私は、今回作成したシステム安定化ツールを添付した。
ツール名は、システムが不安定で暴れていたのを鎮めたから、『 ji-tto-shi-te-te.exe 』
「そして、一番大事な振込先」
ここが重要だ。
個人の銀行口座なんて教えたら、一発で身元がバレてしまう。
過去に特定されかけたトラウマを持つ私は、お金の受け取りに関しても鉄壁の防御を敷いている。
指定先は、私が税金対策と身バレ防止のために、ケイマン諸島に設立したペーパーカンパニーの法人口座。
社名は、適当につけた『 K-Works Global Ltd. 』
「海外送金だから手数料かかるけど、まあ必要経費よね」
送信ボタンをポチッ。
私は満足げにミルクティーを啜った。
これで数日後には、報奨金、相場で100万円くらい?が振り込まれるはずだ。
いいことをした後は、ミルクティーが美味い。
同時刻。
都内某所、日本経済の中枢を担うITの巨人、『大帝システム』本社。
その最上階にある緊急対策会議室は、通夜……いや、処刑前夜のような静寂と絶望に包まれていた。
「しゃ、社長! 『K』からです! あの北市の都市伝説ハッカーから、犯行声明文が届きました!」
「なんだと!? 内容は!」
「こ、これです……!」
スクリーンに映し出されたのは、あまりにも無機質で、不遜なメール。
『穴だらけです』
「なにぃっ……!」
セキュリティ責任者が悲鳴を上げる。
「『穴』とは、単にセキュリティホールのことでしょうか? いいえ、ありえません。Kほどの怪物が、単なるバグ報告ごときで直筆メールを送るはずがない!」
「では、なんだと言うんだ!」
「これは暗喩です。『穴』とは……『我々の組織に空いた穴』……つまり『裏切り者』のことではないでしょうか?」
「なっ……!」
「『お前の会社の内部事情は筒抜けだ』……そう告げているのです!」
会議室に疑心暗鬼が走る中、技術統括本部長が蒼白な顔で報告を続けた。
「さらに……『K』は『パッチを当てた』と言っていますが、システム深層部に癒着したプログラムが発見されました。ファイル名は……『 ji-tto-shi-te-te.exe 』」
「ジッ・ト・シテテ……?」
「ローマ字読みで……日本語の『じっとしてて』です!」
「『Don't move』……!」
「なっ……!」
「『じっとしてて』……つまり『動くな』!」
「強盗犯が人質に銃を突きつける時の台詞だ……! 『下手な動きをしたら、逆らったら、即座にシステムを停止させる』という、究極の脅迫プログラムです!」
会議室が凍りつく。
だが、社長の鋭い眼光は別の点に向けられていた。
「待て、ローマ字ということは……『K』は、日本人なのか?」
「はっ! 振込先口座の名義は『K-Works Global Ltd.』……ケイマン諸島に籍を置く多国籍企業です」
「しかし、このファイル名の言語感覚……実行犯は、日本支部のエージェントである可能性が高いかと!」
「なんてことだ……。世界規模の組織が、この日本に深く根を張っているというのか……」
社長は震える手で決断を下した。
相手がただの愉快犯なら戦う余地もあった。
だが、相手は「グローバル」な組織であり、かつ「日本の言語・文化」にも精通したプロフェッショナルだ。逃げ場はない。
「払え! 言い値で払え! いや、相場の10倍だ!」
「えっ、10倍ですか!?」
「これは『バグ報告』の礼金じゃない! 我々の命を守るための『上納金』だ! 誠意を見せて、組織のご機嫌を取るんだ!」
「は、はいっ! 直ちに!」
「そして通信欄には……そうだな、『|Sasaeraretemasu《支えられてます》』と打て」
「は?」
「『我々の命はあなたが支えている』という服従のメッセージだ! 決して逆らわないという恭順の意を示せ!これが露呈すれば、君も私もただじゃ済まないぞ!」
数日後。
口座の入金履歴を確認した私は、目を丸くした。
「……いち、じゅう、ひゃく……えっ、1000万円!?」
入金額の桁が、想定より一つ多かった。
さらに、通信欄には謎のメッセージ。
『Sasaeraretemasu』
「へー! 今のバグバウンティの相場って、こんなに高騰してるんだ」
私は感心した。
やっぱり大企業は違う。
技術者へのリスペクトが半端ない。
『支えられてます』だなんて、私のパッチのおかげでシステムが安定したことを、そんなに感謝してくれるなんて。
「うんうん。やっぱり、持つべきものはホワイトな取引先だね」
私はホクホク顔で、最高級のアッサム茶葉をカートに入れた。
私が平和を守るたびに、日本の企業が恐怖におののき、捜査機関のプロファイルに「『K』=日本人説」という新たなピースが加わったとは知らずに。
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R・D




