第二話 犯人は冤罪を訴え、懲りずに名を刻む
「……は?」
私はATMの画面の前で、間抜けな声を上げた。
そこには、無機質なフォントでこう表示されていたからだ。
『ただいま、システムメンテナンスのため、すべてのお取引を停止しております』
メンテ……ナンス?
平日の、こんな昼真っ只中に?
「嘘でしょ……」
私はスマホで銀行の公式サイトを検索した。
トップページには、緊急告知のバナー。
『当行システムへのサイバー攻撃の懸念があるため、全ATMおよびオンラインバンキングを一時遮断しております』
「はあぁぁ!?」
私は思わずATMの筐体をバンと叩いた。
「銀行まで!? あのハッカー、どんだけ手広いのよ! 私を無銭飲食でブタ箱に送りたいわけ!?」
ふざけないでほしい。
商店街だけじゃ飽き足らず、金融機関にまで喧嘩を売るなんて。
これはもう、ただの愉快犯じゃない。国家に対するテロ行為だ。
「……どうしよう」
私の所持金、八十円。
このままでは、私は本当に「食い逃げ犯」になってしまう。
とぼとぼと、重い足取りで来た道を戻る。
名物喫茶までの道のりが、処刑台への階段のように感じられた。
その道すがら、すれ違う人々の会話が耳に入ってくる。
「おい聞いたか? 『K』ってハッカーが、商店街の売上金を全額強奪したらしいぞ」
「いや、私は『顧客データを人質に取って、身代金一億円を要求している』って聞いたわ」
──してないしてない!
オムライスの在庫数を見ただけだって!
なんでそんな大犯罪になってるの!?
私は心の中で全力のツッコミを入れた。
噂話というのは、尾ひれがつくものだとは知っていたけれど、これはあんまりだ。
「しかも銀行にも同じことしてるらしいぞ。なんでも今ATMが使えないのもそのせいだって」
「うわぁ、日本経済を崩壊させる気かよ……」
──それは完全に冤罪じゃん!!
私は叫び出したくなるのを堪えた。
『K』は、商店街のサーバーには侵入したかもしれないけれど、銀行には指一本触れていない。
「とんだとばっちりだわ……」
私はため息をつきながら、森崎喫茶のドアを開けた。
「あ、おかえりなさい」
店員さんが笑顔で迎えてくれる。その笑顔が直視できない。
「あの……ごめんなさい」
私は消え入りそうな声で告げた。
「えっ……あの……、銀行も、システムダウンしてて……お金、おろせませんでした」
「あらあら、まあ大変」
「そ、それで、復旧するまで、ここでおとなしく待たせてもらってもいいですか……? 絶対に、お支払いはしますから……!」
私は上目遣いで懇願した。
ここを追い出されたら、私の帰る場所は警察署だ、それは勘弁してほしい。
「ええ、いいわよ。ゆっくりしていって」
「ありがとうございますぅ……! あ、あと……」
私は恐る恐る、指を一本立てた。
「ミルクティー、追加でお願いします」
借金を重ねる度胸だけは、私にはあった。
指定席に戻った私は、荷物を返してもらい、愛機であるノートパソコンを開いた。
こうなったら、長期戦だ。
銀行が復旧するまで、ネットの海を監視してやる。
「……それにしても」
私はディスプレイに流れるログを眺め、呆れ返った。
商店街のサーバーも、銀行のホストコンピューターも、外部からの攻撃を受けている形跡なんてまるでなかった。
「なんでPOSも銀行も落ちてるかなぁ……。これ、シャットダウンしてるだけじゃん……」
画面の向こうで、真っ赤な顔をしてパニックになっているおじさんたちの姿が目に浮かぶようだ。
きっと何かの拍子にシャットダウンしてしまったのだろう。
世の中には掃除のおばさんが掃除機をかけるために、コンセントを抜いちゃったとかあったらしいしね。これもそういうトラブルなのかも?
それを見て、銀行も大規模ハッキングと勘違いし、サーバーを落としたんだ。
「はぁ……。これじゃいつまで経ってもお会計できないわね」
無線飲食という罪を帳消しにし、平穏な日常を取り戻すには私が動くしかなさそうだ。
私はストローでミルクティーを吸い上げ、糖分を脳に送り込んだ。
「仕方ない。直してあげるか」
キーボードを叩く。
私は裏口からサーバーに入り込み、管理権限を掌握した。
「電源は生きてるなあ、掃除機でサーバーが死んだ訳じゃないみたいだけど……、サーバーを落としても外部から触れるならなんとでも出来るから、意味ないのに……」
まずは、強制再起動のコマンドを送信。
ついでに、システムの中身をスキャンしてやる。
「うわ、セキュリティホールだらけ。よくこれで運用してたわね……」
ここも、あそこも、穴だらけ。
これでは、私以外の悪意あるハッカーに本当に強奪されてしまう。
「まったく、世話が焼けるんだから」
私は片手間でパッチプログラムを書き上げ、脆弱性を全て塞いでやった。
私の暗号化技術でコーティングされた、鉄壁の要塞の完成だ。
「よし、これで完璧」
私は満足げに頷いた。
あとはログアウトするだけだが――そこで、私の手が止まる。
勝手に人のサーバーをいじくり回したのだ。
黙って去るのは、やはりマナー違反だろう。
ちゃんと「修理しておきましたよ」「お邪魔しました」という挨拶を残すべきだ。
「置き土産っと」
私は商店街のサーバーと、ついでに銀行のサーバーのディレクトリにも。
例のフォルダを作成した。
『 K 』
中身は空。
「『K』が直しました」のKだと思えばいい。
「ふふっ、これで感謝されるはず」
私は軽やかにログアウトし、パソコンを閉じた。
――その後。
私のあずかり知らぬところで、セキュリティ担当が再び震え上がったことを、私は知らない。
『しょ、所長! システムが勝手に再起動しました!』
『なんだと!?』
『しかも……セキュリティレベルが異常なまでに向上しています! 外部からのアクセスを一切受け付けません!』
『まさか……』
『ああっ! 見てください! またディレクトリに……!』
『……『K』だ』
『ハッキングに備えサーバーを落としていた銀行のサーバーも、勝手に再起動し『K』が刻まれていたようです!』
『『K』は、システムを破壊したかったんじゃない……。「この街の金とデータは全て俺が管理する」という宣言か……!』
『逆らえば、消される……!』
こうして。
私が優雅に二杯目のミルクティーを飲んでいる間に、私は「街の経済圏を支配下に置いた裏の支配者」へとランクアップしてしまったのだった。
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R・D




