第84話 吐き気を催す原因
城に戻ったバタフィー王子は、ため息をつきながら椅子に座る。
まだ夜は明け切っておらず、辺りは暗いままである。
燭台の光で部屋の中はほんのり明るくなっている。
「ふぅ……。まさか王都の近くに魔族が侵略してきているとはな……」
バタフィー王子は、手を組みながら目を閉じて考えごとをしている。
「まったく、王都に紛れ込んでいた魔族を追い払ってひとまず平和になったというのに、また魔族が攻めてくるとはな……。だが、追い出したあいつが手引きをしたようではないのが気にかかるな」
バタフィー王子の頭に、クロナの姿がちらついてしまう。
(どうしてあの魔族のことが頭に浮かぶ。あいつはもう婚約者でも聖女でもない。倒すべき魔族なのだ。気にしてどうなるというのだ……)
ふるふると、頭を激しく左右に振っている。クロナとのことは、バタフィー王子にとっては消し去りたい記憶なのだろう。
だが、さすがに魔族の気配を感じて夜通し動いてしまった反動が来たようだ。
(まぁいい。今はとにかく眠ることにしよう。さっき出くわした魔族については、また調べることにするか)
限界を迎えたバタフィー王子は、ベッドへと入って眠りに就く。
最近感じている不穏な魔力と先程の怪しい魔族、その関係を調べ上げることを考えながら。
翌朝、目が覚めたバタフィー王子は、普通に学園に出ていく。
いろいろと気にはなるものの、学園に通う身である以上、学園には顔を出さねばならない。王子とはいえ、特別扱いにも限度があるのだ。
朝食を済ませたバタフィー王子は、学園へと赴いていく。
学園内にある王族用の部屋に顔を出すと、側近であるマルガンが待ち構えていた。
「おう、バタフィー。今日はなんだか、元気がなさそうだな」
「ふっ、そう見えるか、マルガン」
顔を合わせるなり歯に衣着せぬ発言をしてきたマルガンに、苦笑いを浮かべながら反応している。
椅子に座ったバタフィー王子に対して、マルガンは何か書類を渡してくる。その書類を差し出されたバタフィー王子は、なんだこれはというような表情を浮かべてマルガンを見つめている。
「なんだ、その顔は。お前が調べてほしいことがあるって言っていたから、俺の家の力を使って調べられるだけ頑張ってみたんだぞ」
「そうか。それは悪かったな、マルガン。……ちょっと見せてもらおう」
体を少し起こして、バタフィー王子はマルガンが渡してきた書類へと目を通す。
最初こそ、ちょっと退屈そうに眺めていたバタフィー王子だが、気になる記述を見つけたのか、ずいぶんと真剣な表情を向け始めた。
「どうしたんだ、バタフィー」
「いや、これはなかなか面白い情報だと思ってな」
「どれがなんだ?」
マルガン自体は書類に目を通していなかったのか、バタフィー王子に言われて書類を覗き込んでいる。
バタフィー王子が見ている部分をじっと見つめているが、マルガンはどうにもよく分からないといった表情を浮かべている。
「これを見て分からないとは、お前はちょっとは流行に敏感になったらいいのではないかと思う」
「いや、流行とこれと、どういう関係があるんだ?」
「まあ、行けばわかるさ」
首を傾げるマルガンに対して、バタフィー王子はすました表情で告げている。
ところが、バタフィー王子はすぐにため息をついてしまう。
「だが、今すぐというわけにはいかないな。なにぶん、学園にしばらく通っていなかったのだからな。今日の授業をさぼるわけにはいかない。終わってからにするしかないな」
バタフィー王子は、大きなため息をついて、講義の行われる教室へと向かっていったのだった。
ところが、教室にたどり着いたバタフィー王子は、なんとも気持ち悪い吐き気に襲われる。
「うぐっ……」
「お、おい。大丈夫か?」
あまりに突然のことなので、マルガンもさすがに心配してしまっている。
「だ、大丈夫だ。以前の食堂のことを思えば、このくらいなら我慢ができる。しかし、なんだ、この気持ち悪い魔力は……」
体を支えられながらも、バタフィー王子は顔を上げて教室の中を見回している。
目を細めながらも確認した教室内だが、結局、この時のバタフィー王子は気持ち悪い魔力の出どころを突き止めることはできなかった。
「あんまり無理をするな。ダメだと思ったら、すぐにでも言ってくれ」
「ああ、すまないな。その時は頼むぞ、マルガン」
バタフィー王子は気を取り直して、講義を受けるために席へと歩いていく。
周りからは実に様々な目を向けられるバタフィー王子。王子としての期待感、将来的な結婚相手としての色目など、その内容はさまざまである。
様々な感情のこもった視線と、不快極まりない魔力を浴びながらも、バタフィー王子は朝の時間の講義を無事にすべて受けることができた。
昼食のために専用の部屋へと移動してきたバタフィー王子は、マルガンに改めて声をかける。
「どうかしたのか、バタフィー」
「ああ、今から挙げる令嬢たちの、直近の行動をすぐに調べ上げてくれ。俺があれだけ気持ち悪くなるくらいの魔力の出どころは、おそらく一点に絞られるはずだ」
「はっ、分かりました。では、俺は一度家に戻りますので、殿下、お気を付けください」
「ああ、分かったよ」
頼みごとをされたマルガンは、しっかりと王子に対する挨拶をして部屋を出ていく。
朝の時間の講義だけで、バタフィー王子は何かに気が付いたようだった。
「この不快感の正体、今回こそしっかりと突き止めてやるからな」
バタフィー王子は椅子にもたれかかりながら、強く決意を固めたのである。




