第103話 世にも奇妙な提案
コークロッチヌス子爵邸から戻ってきたフォリッジは、早速魔王のところへと姿を見せる。
「魔王様、ただいま戻りました」
「フォリッジか。どこに出かけておったのだ」
挨拶をしたフォリッジだったが、返ってきた魔王からの問い掛けに思わず震え上がってしまう。勝手なことをしたために、怒っているようなのだ。
「も、申し訳ございません。イクセン王国の王子が領地にやってきたようなので、混乱させられればよいかと思い、暗殺に向かったのでございます」
フォリッジは下を向いたまま、魔王に弁明をしている。
しばらく前までは言葉遣いなどもめちゃくちゃだったフォリッジだが、魔王と行動するようになってからというもの、ずいぶんと教養を身につけたものである。
「ほう、それはまた大胆なことをしたものだな。だが、その様子では目的は果たせなかったようだな」
「は、はい……。思った以上に勘が鋭く、私が魔法で攻撃をしようとしても、それよりも早く首を落とすとか脅してきまして……。なんなんですか。あれで私よりもたった三つ年上だというのですか?」
「クラウン、お前が説明してやれ」
「わーかりまーしたよー……」
どことなく泣きそうな感じになっているフォリッジの訴えを聞いて、魔王はそばにつけさせていたクラウンに、代わりに説明してもらうことにした。
それというのも、このクラウンはイクセン王国の王子であるバタフィーとは交戦経験があるからだ。
だが、クラウンはバタフィー王子のことをかなり嫌っているようで、正直思い出したくもないのかかなり消極的な様子を見せながら前に出てきた。
そして、二度にわたって交戦した話をしている。
とにかくクラウンから聞かされたバタフィー王子というものが信じられなかった。
今話をしているクラウンというのは、魔王の側近の一人である魔族だ。実力もそれなりに高い上に搦め手なども得意としていて、かなりトリッキーな動きのできる上位魔族である。
そんなクラウンに対して、肉薄しているというのだから、十三歳の少年としては驚くべき実力の持ち主である。
「クラウン様とそれほどまでの戦いを? でも、私が体験したことを思えば、十分に信じられる話ですね……」
一瞬信じられなかったフォリッジだが、自分が何もできなかったことを思い出して、悔しいながらも認めるしかなかった。
一体、上位の魔族すらも苦しめるバタフィー王子とは一体何者なのだろうか。
「それで、フォリッジよ」
「はっ、魔王様」
クラウンとの話が終わると、魔王は再びフォリッジに声をかけている。
「ただで逃げ帰って来たわけではあるまいな?」
魔王からの言葉に、フォリッジは震え上がる。
今までに自分に向けられたことのない、なんとも冷たい殺気を感じたからだ。あまりの恐ろしさに、フォリッジは目を見開いて、分かるほどに体をがくがくと震わせている。
(こ、これが魔王様の圧力……。と、とても立っていられない……)
今までも忌み嫌われた存在としてぞんざいな扱いを受けてきたフォリッジだったが、そんなフォリッジをしても恐怖してしまう。それが魔族の頂点である魔王なのだ。
じわじわと流れ始める冷や汗と涙が、威圧感の強さを物語っている。
「そ、そうです。王子が魔王様に提案を持ちかけようとしておりました」
「ほう……、詳しく聞かせてもらおうか」
頭の中をぐるぐるさせながらなんとか思い出したことを口にしたフォリッジは、恐怖に飲まれないように気をつけながら、バタフィー王子からの提案を魔王に伝えている。
フォリッジの報告を聞いた魔王は、実に興味深そうな表情を浮かべている。
「イクセンの王子は、邪神の支配から逃れたというのか」
「じゃ、邪神でございますか?」
魔王の言葉に、フォリッジはきょとんとしてしまう。邪神など聞いたことがなかったからだ。
「邪神というのは、余たちも敵視している気まぐれな神だ。多くは魔族の利になるので崇拝している連中もいるのだが、実力で世界を支配したい余からすると、余計なお世話としか言いようのない存在だ」
「もしや、イクセンの混乱というのは……っ!」
「その通りだ。邪神が聖女の運命に介入して、聖女ではなく魔族と変えてしまったのだ。だから、父親であるコークロッチヌスからもあのように命を狙われた。おかげでイクセンは混乱しており、余たちからすれば非常に攻めやすい状態にはなった」
ここまで淡々と話している魔王だったが、次の瞬間、玉座の手すりが壊れそうなくらいに力が入っている。
「だがな。余は、聖女との戦いを楽しみにしておったというのに、その楽しみを踏みにじられたのだ。ゆえに、邪神を殺してやりたいくらいに、はらわたが煮えくり返っておるのだ」
魔王がそう言い放った瞬間、部屋の一部に亀裂が入る。
「魔王様ー。部屋が壊れーてしまいまーす! 怒りをお静めくーださーい!」
すかさずクラウンがなだめに入る。
さすがの魔王も、やりすぎたと反省したのか、すぐに気持ちを落ち着けていた。
「バタフィー王子からの申し入れ、受け入れるとしよう。邪神討伐のために、少しの間、休戦といこうではないか」
「承知致しました」
フォリッジが魔王の命令を受け入れると、そのまま部屋を出て行った。
部屋には魔王とクラウンのみが残っている。
「本気でごーざいまーすかー、魔王様ー」
「ああ。一時的な同盟だ。そのためには、聖女もこちらに引き込む必要があるだろう。以前に約束をしたとはいえ、向こうが本気にしているとも思えんしな。そうだな、バタフィー王子も巻き込んで、三者で会ってみるとしようか」
心配するクラウンをよそに、魔王は黒い笑顔を浮かべているのだった。




