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勇者召喚と聞いたのに目覚めたら魔王の嫁でした  作者: 大豆小豆
第2章 アスモダの深淵で見たもの
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第8話 やらかした。後悔するほどやらかした。誰か私を掠って……あ、いや、それは止めておきます

 翌日の昼前に俺たちはテルモの町へと戻り、母様たちにあったことを報告した。

「へえ。善獣テュールに会って、アスモダに後から加勢に来てくれることになったの? それはお手柄ね。」

「善獣って、母様、テュールのことを知っているの? それから、テュールは魔物なんだけど。」

 母様の言い方に疑問を投げかける。


「テュールは巨大なアウルベアだって言われているわね。

 なんでも300百年くらい前に、ガルテム王国の北の端の方の村の近くで親を亡くして弱っていたところを優しい夫婦に拾われて飼われていた魔物で、夫婦によく懐いて魔獣や魔物から村を護っていたらしいわ。

 でも、テュールは所詮は魔物だからって、夫婦が亡くなり、その息子も亡くなった頃に村長がテュールを危険視して殺そうとしてね、孫の手引きで村を逃げたらしいの。

 もうその頃にはテュールもかなり大きくなっていて、人が怖がるものだから、人里を離れて森に隠れて住むようになっていたんだけど、人が襲われているところを助けたという話が断続的にあってね、善獣テュールと呼ばれるようになったのよ。」

「鬼人族にもその話は伝わっています。

 それで、鬼人族では、森で巨大なアウルベアを見かけたら敵いっこないから全力で逃げろ。もし襲われなかったなら善獣テュールかもしれないから、後で近くにお供えをしておけって、言い伝えになっているんです。」

 話を聞いていたティルクが鬼人族の伝承を教えてくれて、あ、やっぱりテュールは強いんだ、と納得した。


「それにしても、姉様、そんなに歌がお上手なんですね。昼食の後にでも、ぜひ皆に聞かせてください。」

 ティルクに言われて、俺は(あわ)てた。

 だって、30人もいるんだよ?

 その前で歌う?

 いやいやいやいや、ないから。

 俺が固辞すると、ティルクが唇を尖らせる。

「だって、せっかく上手なんだったら、皆で聞かないと損ですよ。

 いいじゃないですか。」

 いや、俺は元から音感は良い方だったからカラオケとか結構行って歌ってはいたが、母様の鍛錬を通じてリズム感や心肺機能は徹底的にしごかれたから、自分でもびっくりするくらい上手く歌えたけどさ。

 俺はしばらくぐずっていたのだが、ティルクの、じゃあ、私も途中から一緒に歌いますから、の一言で仕方なく受け容れることにした。


 話を聞いていたゲイズさんがどこかからジャグラというギターに似た楽器を調達してきて、貴族の(たしな)みとかで伴奏をしてくれるらしい。

 そして昼食後、皆が食休みをしている前で、テュールの魔石に録画した歌をいよいよ歌う。

 ゲイズさんには最初の出だしのメロディだけ指示して、あとはゲイズさんが即興で頑張ってみるそうだ。


 小さな音でトレモロするメロディを聴きながらそっと歌い出して、男性の影を感じる景色の点描を一頻(ひとしき)り続け、一旦歌を切る。

 ゲイズさんが雰囲気を感じてトレモロのパターンを変えて音量を上げながら間を繋ぎ、次は一転して戦闘シーンの点描と苦しい心情の描写へと変わり、歌を断ち切るように途切れさせた俺の方を見詰めながら、ゲイズさんが楽器を抱え込むようにして音を入れる準備をする。

 すうと息を吸い、これまでで最大の声量での愛する人への思いを込めたサビの歌唱に、ゲイズさんは初見で合わせてみせた。

 さらに声量を増やしながらリズムを徐々にゆっくりしたものへと移行させて未来への希望を歌い、空気を震わせるような余韻を残して歌い終わると、ゲイズさんが短くエンディングを入れる。

 ──この人、ひょっとして、音楽の才能がすごいんじゃないか。

 ゲイズさんをちらりと見ながら完成度の高い伴奏に感心している俺に、わああっと歓声と拍手が湧き上がった。


「きゃーっ!! 姉様、すごいっ! 感動、感動、感動しましたっ! 」

 アカペラだった前回とは違って伴奏に乗せられて全力で歌ってしまった俺に、ティルクが抱き付いてくる。

「良い歌だね。この歌はセイラが作ったの? 」

「いいえ、とんでもないです。前の世界で流行った物語の歌なんですよ。」

 母様の質問に俺が答えると、母様は、そう、残念だわ、と言いながらこう続けた。

「でも、これを聞いたら、知らない人はセイラが自分の気持ちを歌に託したと思うんじゃないかしら。

 特に吟遊詩人なんて、この歌を知ったら、国王の婚約者が心情を語った歌として絶対に使いたがると思うわ。」


(うえっ。これが俺の心情って、止めてください、気持ち悪い。)

 そう感じて、もうこの歌は封印しようと思った俺だったが、周りの冒険者たちはそうは考えなかった。

「「「「セイラさん、俺、猛烈に感動しました! やる気が出るんで、また次もこの歌を歌ってください!! 」」」」

 周り中からせがまれ、母様からも、冒険者の士気が違うから、と頼まれて、俺はこの歌を数日おきに歌うことになり、ミッシュが空間収納で楽器を運んでくれることになったゲイズさんは伴奏のメロディラインをより複雑にして、曲の完成度を高めていった。


 その後、母様が言ったとおり、何人もの吟遊詩人がテュールから歌を聴いたという人からメロディと歌詞を訊き出して再構成して、いつか自分の歌の中で使いたいと俺の活躍を心待ちにしていたことなど、この時の俺は知るよしもなかった。


 なお、ティルクと一緒に歌う件については、無理です、こんなに上手な姉様と一緒に歌うなんて恥ずかしすぎます、と哀願されて、結局、俺の歌い損に終わった。


◇◆◇◆


 この日は早朝から起きて俺たちがテルモの町へ移動した俺たちの疲れを取るためにも、時間が中途半端であることもあって一日ここで休憩することになった。

 ぶらぶらと人気のない街中をリルとフェンを連れてティルクとジューダ君と一緒に散歩する。

 ときおり、ガン、ゴン、と鈍い音がかすかに響いているのは、城壁を攻撃する魔獣がいるのだと思うけれど、壁は人の身長3人分ほども幅があって、なかなか破れるものではない。

 町の城壁の周りに配置していた魔物よけは、移動する町民の守護のために残らず持ち出したみたいだし、長年の間に町に染みついた食べ物の美味しそうな匂いとかが魔獣を引き寄せているんだろう。

 まあ、一応は護衛にリルが付いてくれているんだけど。


「せっかくの町の中なのに、人がいなくて何にも食べ物を売っていないのがつまんないよなー。」

 ジューダ君が頭の後ろで手を組みながらぼそりと溢す。

「でも、誰もいないから、お店の中には入り放題だよね。」


 この町もそうだが、店は基本的に誰かが必ずいることが前提になっている。

 そこに住んでいるんだし、そこで商売をやって儲けているんだし、店主以外にも従業員の誰かしらはいて、常に店を切り盛りしていくことが前提になっている。

 で、考えてみればバカな話だが、店には内鍵はあっても外鍵が付いていないので、町の人たちは大半の店を無施錠で出て行った。

 食べ物はほとんどを持ち出してしまっているし、貴金属類は全て持ち出されているが、それ以外の嵩張(かさば)るものは店の中に置いたままなのだ。

 ティルクと俺は、その開いた店を興味の赴くままに訪れていた。


「姉様、ここは洋品店みたい。幾つか服が置いてあるみたいなので、見ていきませんか。」

 店には客から注文を受けて作ったオーダーメイドの服がずらりと畳んだり吊したりしておいてあって、いつもは古着しか選択肢がないティルクが興味深そうにチェックをしていた。


 服はオーダーメイドなので当然ワンサイズで、大半は俺たちが着てもどこかが合わない服になる…のだが、ここに一着、よりによって俺にサイズがぴったりと思われる服があった。

「ねえ、姉様。これ、着て見せて。」

「あ……いや、これは、ね? ティルクは本当の私のこと、分かってるわよね? 」

「分かってて、たぶん姉様がこれを着ることはないと思うから見たいんです。姉様、着て見せて。」

 再度言うと、目をキラキラと輝かせて、ずいとティルクが差し出している純白の服は、そう、ウェディングドレスだ。


 俺が顔を逸らして硬直していると、ティルクが顔を近づけてきて俺を説得する。

「結婚前にウェディングドレスを着ると結婚できないって言うし、姉様、いいでしょ? 」

 それ、こちらの世界でも言うんだ。

 でもそれ、迷信だって聞いたよ?

 根拠はないんだよ?

 だからさあ……

 …………

 そうですか、どうしても見たいですか。


 俺は根負けして、嫌々ティルクからドレスを受け取ると着替え始めた。

 付属していたコルセット様のもので軽く腰を締めて服に袖を通すと、ティルクに手伝ってもらって留め金を止めていく。

 これ、人に手伝ってもらわないと脱げないようになっているけど、脱がすのは旦那さんの役目なのかな──などと想像をしながら手袋や被りものをして、ウェディングドレスの着付けが完成した。


「わあ、素敵! ほら、姉様も見て! 」

 そう言われて店の入口の横にある鏡の前へ向かっていたときだった。


「あ、セイラさんにティルクさん、ここにいたんですか。」

 言いながらキューダさんたちがいきなり入って来やがった。

 固まる俺に、息を呑むキューダさんたち。

 ヴァルスさんが店を飛び出して、おおーい、と皆を呼びに行こうとするのを店の前で待っていたリルに命じて取り押さえる。


 けれど、その騒ぎがほかの冒険者たちの目に止まって、こちらへと集まってくるのが見えた。

 俺は焦って服を脱ごうとするが、この服、自分では脱げない。

 結局、俺のウェディング姿は冒険者たちに発見されて、そのまま宿屋まで連行されて、母様の嬉しそうな視線を浴びることになった。


「セイラ。こうしてウェディングドレスまで見てしまうと、やっぱり勿体ないわ。

 ねえ、男に戻るの、止めない? 」

 結婚前にウェディングドレスを着ると結婚できないって、誰が言ったーっ!

 ウェディングドレスを着たせいで嫁に行かせられそうになってるんだけどっ。

 あ、迷信なんだっけか。


 この後、ゲイズさんがジャグラを持ち出してきて、ウェディングドレスのまま、またあの歌を歌わされて、冒険者の男たちが夢見る眼差しでうっとりとしていたのが(しゃく)で仕方がなかった。

 俺、絶対に嫁には行かないんだからね?



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