第18話 母様、もう無理です……なので生き残りを賭けて、勝負っ!
誤字報告を頂きました。
ありがとうございます。
「それで、お母様。今後はどうするつもりですか。」
これからの見通しを俺が聞くと、お母様は思案げに小首を傾げた。
「そうだねえ。まずはこのまま森の中を修行しながら進んでいくよ。
たぶん、この方向に進むとテルガの街に出ると思う。テルガは獣人の国アスモダに近いから、そこからアスモダに入ろうかと思ってる。
前に話したザカールが落ちた谷というのはアスモダに面していてね、アスモダの端にはテルモという街があって、そこはガズヴァル大陸への接合部ともなっているのさ。」
ああ、だからお母様は一緒に行くと言ったのか。当面、アスリーさんの手掛かりと向かう方向が同じなんだ。
俺は頷くと、もう一つの気になることを確認した。
「それで、私達はどういう身元ということにして旅をするんですか。」
お母様は笑って答える。
「そうだね、没落した貴族の母子、そんなところだね。
実際、没落した貴族の生き残りが冒険者になるというのはよくある話らしいよ。ただ、”お母様”はかなり身分が上でないと使わないから、これからは”母様”くらいにしてもらおうかね。」
「分かりました、母様。ただ、ステータスで種族も姓も違うのはどうします? それに、”ガルテム”はマズいですよね。」
「うん。だからジャガルと逃げる算段をしていたときに、私だけでもと思って”ガルテム”は隠して旧姓の”タールモア”に戻して魔王妃も隠してきた。
親子で親のステータスを確かめれば、子どものステータスはあまり確かめないものだって、ホーガーデンに聞いたからね。
セイラとのことは、まあ悪いけれど、没落したときに一緒に逃げ出した人族の夫の妾の娘ってことにでもしておいてくれないかい。」
そう言った後で、ザカールが妾を囲ってたりしたら殺してやる、とぼそりと言ったのが聞こえたが、俺は聞こえなかった振りをした。
俺が悩んでいたのは、息子を1人他国に送って、俺の面倒を看てくれようとしているこの人には、本当のこと、俺が男だと言うことを話すべきなんじゃないだろうか、という思いだ。
俺は、意を決して、お母様に向けて口を開く。
「お母様、実は、告白しなければならないことがあります。」
お母様は、俺の表情に気付くと目を細める。
「おや、セイラが男の子だったということ以外に、私が知らなくちゃならないことがありそうかい。」
ズバリと言われて、俺は絶句した。
(お母様、知ってたのか。)
「図星みたいだね。うん、途中から分かっていたよ。
男の子が女の子の体に入って難儀していたらしいのはね。
でも、それを知ったところで、セイラが生きやすくなる訳じゃないだろう?
だから、体のとおり、女の子として扱うことにしたのさ。
娘が欲しかったのは事実だし、それにセイラも女として振る舞うのに大分慣れてきたみたいじゃないか。
男になるか、女になるかは、チャンスが来たときにセイラが決めれば良いさ。
それまではセイラは私の娘、それでいいだろう? 」
(ああ、この人は全て知ってて俺に付き合ってくれている── )
安堵と感謝で涙がポロリと零れるのを、お母様は優しい顔で見詰めていた。
「さあ、もう寝なさい。明日からは剣の修行を本格的に始めるからね、体を休めておかないと辛くなるよ。」
明るく声を掛けてくれるお母様に頷きながら、俺は眠るためにテントの中へ入ろうとして、いきなり思念が来た。
『セイラ、今日の分のMP! 』
ミッシュに催促されて、俺は慌てて簡易魔方陣で魔力を送った。
◇◆◇◆
目が覚めると、ミッシュが獲物を捕ってテントの外に積み上げてくれていた。
まず近くの川で顔を洗い、それから少し下流側に移動して獲物の解体を始める。
(うぷ。寝起きに見るものじゃないな。)
グロだが仕方がない。それに、頭を落として皮を剥ぐとだんだんと肉に見えてくる。
昨夜は思いつかなかったけれど、塩を揉み込んで焼くのが良いかもしれない。昨夜の肉の塩汁よりは絶対に美味しいと思う。
それと、明るいうちに何か探さなくちゃ。
消えかけていた火を起こして周りに串に刺した肉を差して焼きながら、お母様…母様が起きてくるのを待つ。
良い匂いが上がり始めて、母様が起きてきた。
「うん、昨夜よりは良さそうじゃない。」
顔を洗った母様が向かいに座り、ミッシュはどこかへ出掛けて行った。
食べられるけど、でもまだ何か、と首を傾げる母様に俺は、今日は何か調味料になりそうなものを探してみる、と話して、母様は、料理が魔法とは違うのかと聞いてきた。
「母様。料理をするのには、肉や野菜の食材と、味付けをするための調味料が必要なんです。お茶だって砂糖やミルクを入れないと味が変わらないでしょ。」
そう説明すると、あー、そういうもの、と納得してくれた。
俺も最初、メイド詰め所で服の着方が分からなくてお嬢様と呼ばれたけれど、母様はまるでお姫様だ。……結婚した後はそれで間違いないんだけど。
食事が終わって食休みを取った後、母様は俺にまず剣を持って素振りをさせ、その間に火を消し、テントに使ったターフや布を回収する。
母様から、じゃあ行くよ、セイラは素振りしながらね、と言われて、列の最後尾を歩く。
1時間で疲労で躓き始め、2時間で歩けなくなった。
最初のうちは食材を探しながら歩いていたのも、もうそんなことをやっている余裕はない。
せっかく見つけた香草も母様に渡したら、束にしたまま振り回してもう茎しか残ってないし。次からは荷物の中に入れよう。
そんなことを考えながら、両手を地面について荒い息をしていたら、お母様から活を入れられた。
「まだ始めてたったの2時間だよ。情けないねえ。レベルは幾つ上がった? 」
「ふ、2つです。」
「2つ? 前に4つ上がった時があったね。じゃあ、まだまだ続行だね。
立ちな。あたしゃ厳しいと言ったはずだよ。」
いや、厳しいも何も、これ、時間無制限の無限勝負……。
何かで注意を逸らさないと殺される。
「か、母様っ。”あたしゃ”はダメだと思いますっ! 」
「はあ? 」
「母様はこれまでダイカルさんを立てるために、ずーっと年寄りの振りを続けてこられました!
そのせいか、最近母様とお話をしていて、”~のさ”とか、”~かね”とか、”~じゃないか”とか、お年を召した方みたいな発言が目立つのに気付いていました!
私は口癖だし仕方ないのかな、と思っていましたが、でもこれからザカールさんに会いに行くのに、”あたしゃ”は絶対にダメだと思います! 」
それでなくてもストレスが溜まっているせいか、母様はすでに第二形態に変身する片鱗を見せてきている。
第二形態を常態にされたら俺が持たないし、さらに上に限界突破する可能性も考えなくてはならない。
もう一か八か、捨て身の攻撃だが、どうだ。
ひょっとして、限界突破か──。
固唾を呑んで見守っていると、母様が動き出した。
「やだっ、ホントだっ。私、おばあさん化が進行してるっ!
ど、ど、ど、どうしましょ、これからザカールに会いに行くのに、ババ臭いなんて言われたら生きていけないわ。
セイラ…、セイラちゃん、私、どうしたらいい? 」
……勝った。
俺はこっそりと拳を握った。
母様はあれこれと考えた挙げ句、歩きながら俺と常におしゃべりをして、おばあさん染みた言葉使いを修正することにしたようだ。
「ねえーぇ、セイラちゃん。私もお料理のことは少しは興味を持たなくちゃいけないと感じているんだけどぉ、そのぉ、どんなことから始めたら良いと思う? きゃっ、恥ずかしいっ! 」
……母様。思いっきりわざとらしくて気持ち悪いです。
それと、いま俺の手から取って千切って捨てたの、やっと見つけた香草ですから。
俺は母様と話し合いをして、食事を強化する香草などを採取しながら歩き、朝・昼・晩と集中的に1時間ほどの訓練をすることになった。
この取り決めがなし崩しにならないよう、俺が自分を護るためには、食卓のバリエーションを増やすしかない。
アスリーさんから得たミッシュの知識もフル動員して、俺は食材を集めては荷物に追加している。
荷物はやがてだんだんと増え、ターフを結んで風呂敷代わりにして背負うこととなった。
まあ、草ばかりだから、そんなに重いものでもないのだが、嵩張って一時はボリュームがすごいことになったのだが、しおれてしんなりするに従って、だんだんと嵩も減っていった。
で、お昼はある程度香草も集まって、本気で作る。
「あら、随分と良くなったわね。お肉との取り合わせが変な草やちょっと似合わない匂いが少しあるけれど、料理らしくなったわ。」
母様はだんだんと昔の口調を思い出してきたのか、言葉の棘がなくなってきた。
俺がお茶代わりにどうかな、と思った香草を煮出したものを飲んで一息吐くと、にっこりと笑う。
「ふふ。セイラ、ありがとう。それじゃあ、もう少ししたら始めましょうか。」
「……はい。」
母様の言葉は優しくなったが、訓練の厳しさは変わらなかった。
「あらあら、それくらいできないとダメよ。それが簡単にできるようになってこそ上達するんだから。」
口は優しく、訓練はきつく。1時間の訓練でレベルが3上がって蹲った俺に、さあ、出掛けるわよ、と母様の声が明るく響く。
くそば…え?、いえいえ、何も言ってませんよ?
さあ、行きましょうか。んー、ぃよおぃしょぉっ、と!




