閑話:あの娘がいなくなってから
部屋のお掃除が終わってから、魔力の充填に回る。
私の魔力では、一部屋の充填をするともうわずかしか魔力が残らない。
次の部屋で魔力を使い切るとシャラを呼んだ。
「はーい、ノーメ、任せてー。残りの4部屋は私が充填するよー。
向こうの5部屋はー、マイナさんとユルアがいま手分けしてやってくれてるってー。」
魔力がほとんどなくなって、ちょっと辛くなってきた私は、お客様用のソファに座り込む。
「あー、セイラがいてくれたら楽勝だったのに。あの娘、どうしてるかな、大丈夫かな。酷いことをされてないかな。」
思わず呟いた。
あの日、ちょっと出掛けてくると言ってセイラが出掛けた後、すぐに兵士が大挙して乗り込んできて、そこら中を家捜ししてセイラの私物を押収して、セイラがいないと分かると帰って行った。
それ以来、あの娘を見ない。
マイナさんがアイシアさんに聞いてくれたが、分からないのよ、との一言で、他に何も答えてくれなかったそうだ。
翌日、他のメイドの娘が、セイラが王宮にいるところを近衛に捕まったらしいと、調べてきて教えてくれた。王宮?、と聞き返したら、王家と言い直した。
あの娘は捕まって地下牢にいると言う話を部屋のみんなと共有して、何があったか分からないけれど、早く出てこられると良いね、と噂し合った。
◇◆◇◆
セイラは、マイナさんが初対面で見破ったとおり、どこかのとんでもないお嬢様だった娘だ。
まず、服の着方を知らなかったし、魔法道具への魔力の充填の仕方も、洗濯の仕方も知らなかった、
最初は、こんな世間知らずが来て私達がお守りさせられて、どうするんだと思ったけれど、セイラは驚くほど素直で何でも言うことを聞いて何でもやった。
ただ、それと別に、剣士の称号を持っていてレベルも人並みにあるのに”強さ”が子ども並みで、魔法のステータスがあり得ないくらい高いのに魔法属性を何も持っていない、徹底的に才能に裏切られた可哀想な娘だということも分かった。
あれで人生を渡っていくのは辛いだろう、そう思ったのだが、セイラは屈託がなかった。謎の多い娘だ。
私としては、才能のことよりむしろ、もう生理を迎えて何年も経つはずなのに、これまで男の子に交じって男勝りで過ごしてきた少女が初めて性徴を迎えて自分が女の子になっていくことに戸惑うような、そんなセイラの様子の方が気になった。
しっかり女の子なのに、女の子のことを何も知らない。
スレンダーで胸はないけど、溶けるような細腰で、抱きしめると嘘みたいにしなる抱き心地のいい体をしてて、体操の最中に近寄ると、女の子に距離を詰められ過ぎた男の子みたいな追い詰められた視線を向けてくる。
その話をするとみんなに、あんた、そっちに目覚めちゃったか!、って非難されたから否定して、みんなだってお姉さんとしてセイラを構いたい気持ちがあるでしょ、って振ったら、みんな顔を赤くしてそっぽを向いた。
みんな私と同じ気持ちなんだよね。
セイラは可愛くて放っておけない。
そんな思いもよらない合意をみんなで共有していたら、ある日、セイラが王家に行ってしばらくして、”強さ”がすごい勢いで上がり始めた。
ああ、王太后様が保証人だとか聞いたっけ。
私は、きっとセイラが王太后様にお願いして、”強さ”が上がるようになる国宝級の魔法道具か何かを使ってもらったんだろうと思った。
セイラは人間なのにこんなところにいるのは、きっとこのために伝手を頼って王太后様にお願いをしたのだろう。
王太后様が厳しい方なのは有名だ。
セイラがメイドをやっているのは、きっと王太后様の試しか何かだったんだ、そう思うと納得ができた。
でも、王太后様が付いているはずなのに、そのセイラが理由も分からないまま捕まった。
私達の気持ちは晴れないまま、セイラが帰ってくるのを待っていた。
そうしたら、間もなくしてアスリー様が亡くなったと公表された。
アスリー様の死因は公表されず、アトルガイア王国の仕業だとのみ告げられ、それから次の勇者への対策を検討すると公表されて、何だか国の雰囲気が重くなった。
軍事に重点が傾いているような気配が漂い始め、これまで素行が悪いために国から重用されていなかった人達がお城に顔を見せるようになってきた。
セイラが捕まったことを切っ掛けにするようにして、国が重苦しくなっていく。
◇◆◇◆
そんなある日だった。
お城で騒動があった。お城の地下牢に不審者が進入して牢番数人が殺されたそうだ。
地下牢にはセイラがいる。どきりとした後に、噂話は王太后様と王弟様が行方不明になられたと続いた。
王家で国王様以外が皆いなくなった。どういうことなのだろう。
みんなで不安を話し合っているところへ、花屋がやって来て花束を届けてくれた。
私達に花束って、誰からだろう。
マイナさんが受け取るのをそう思いながら見詰めて、受け取った花束をどこかに飾ろうかと生けるために包みを解いたら、それぞれ紐で結んだ4つの束に分かれた。
(あ、これ、4人分なんだ。)
私達4人に誰がくれたのかな、と思いながら結んだ紐を見て気が付いた。これはセイラが使っていた王家御用達の髪結いの紐と同じものだ。
(セイラ、王家の人達と一緒なんだ! )
思わず閃いた感想が正しいのかは分からないけれど、紐を送ってくれた人が誰かはもう間違いがない。
私はみんなを呼んでそれぞれに花束を渡して紐を指さして、分かるよね、と言うと、みんな頷いて結い紐を解いた。
目を細め口を引いて笑い、みんなでそれぞれの髪を紐で縛った。
その時、みんなの体がぼうっと輝いた気がしたけれど、きっと涙腺が緩んで目に涙が入って光が滲んだせいだろう。
セイラは無事。この知らせが何より嬉しい。
◇◆◇◆
「マイナさん、大変! 本日のお客様、ノルヴァ子爵様です! 」
ユルアが血相を変えて駆け込んできた。
ノルヴァ子爵様は女癖が悪くて、女とみるとすぐに触ったり抱き付いたりして来る厄介な人だ。
以前、武功を挙げてお城に呼ばれた時に、目に付いたメイドを無理矢理にベッドへ連れ込もうとしているところを兵士が止めたのだが、城の宿泊施設を公然と娼館呼ばわりして、本来なら地位剥奪の措置がされるところを、挙げた武功の大きさを勘案して不問とされた一方で、それ以来、登城禁止となっていた。
「いい? 子爵様の部屋には1人で近づかないで。皆で連携して隙を見せないようにして、数で頑張るわよ。分かった? 」
みんなで、はい、と答えて他のお部屋のシフトの相談をして、ノルヴァ子爵様を出迎えるために部屋の方へと移動したら、ノルヴァ子爵様はここへ来るまでの間にもうメイドの子を捕まえて、腕を掴んで無理矢理に引き摺って来ていた。
(最っ低!! )
感情が爆発したときに、私達4人ともがバチバチッと何かが弾け飛ぶのを感じたことが分かったのは、後の話。
この時は、何かが弾けて自分の視界がぐんと広がったような気がしていた。
「ノルヴァ子爵様、ここはお城の中です。どうかお止めください。」
マイナさんが勇気を振り絞って止めたが、ノルヴァ子爵様はふふん、と鼻で笑った。
「娼館で気に入った女を選んで何が悪い。それとも自分が選ばれなかったことが不満か。ならばお前も抱いてやるから一緒に来い。」
マイナさんは普段は冷静な人だが、怒りだしたら手が付けられない一面がある。
マイナさんに向けて出してきた子爵様の手を思い切り叩いて払いのけると、
「この変質者、死んでしまえ! 」
と大声で怒鳴りつけた。
子爵様は激怒した。
引き摺って来たメイドを放り出すと腰の剣に手をやり、抜剣すると上からマイナさんへと切りつけてきた。
あっ、と思ったときには、振り下ろされた剣が──マイナさんが挙げた手の先に生まれた白い靄が剣を遮って、弾けるように子爵様ごと吹き飛ばした。
私の後ろから何かの詠唱が聞こえて仲間の体色が強まって他の色が薄くなったように感じられると、みんなの力が一拍ごとに大きくなっていくのが感じられて、シャラが両の掌に何かを掴むように指を曲げて両肘を曲げて引きぐいと押し出すと、倒れた子爵様の体が揺らいで上半身が床へと押しつけられる。
私は溢れる力に笑みを浮かべると、上半身を見えない壁に押さえつけられた子爵様の側へと走り込んで、子爵様の顔面へ一撃を入れ、子爵様の顔が幅20センチくらいの拳の形にぺこりとへしゃげた。
「「「「 ???? 」」」」
事が終わって、私達は今自分達がやったことが何なのか、誰も意味が分からなかった。
私達4人は町育ちの普通の娘だ。戦いなんか、兄弟げんかくらいしかしたことがない。
呆然と立ち竦んでいるところへ兵士が来て身柄を確保され、私達は取り調べを受けた。
だが、問題の人物が以前も問題を起こした場所で同じ問題を起こして抜剣し、唯一の取り柄の武力を使うこともできずに素手のメイドに倒されたとあって、取り調べた担当官達は、誰も私達のことを問題にせず、子爵家は取り潰しが決定した。
私達のことを問題にせざるを得なかったのは、メイド長だ。
「私達の職場とメイドの尊厳を護ってくれたあなたたちに、こんなことを言わなければならないなんて、本当に悔しい。
でも、お客様に暴力を振るった者をメイドとして置くことはできないの。」
アイシアさんは泣きながら私達を首にして、破格の一時金を退職の詫びとして渡してきた。
「いいえ、良いんです。楽しい職場だったのに、それを邪魔した相手に鬱憤を思い切り叩き付けて辞めるんです。アイシアさん、羨ましいでしょ。」
マイナさんが明るい口調で言うと、アイシアさんは泣きながらも笑った。
私達4人は、事件の後、ステータスに書き込まれた新たな称号を発見していた。
”称号:魔王の眷属”。
これがどこで与えられたかを考えたら、花屋から届いた結い紐を髪に結んだあの瞬間しかないとみんな分かっていた。
魔王の眷属という称号は魔王妃と関わった結果として与えられるというのは、この国の常識だ。
でも、セイラがアスリー様でないことは明白だ。
彼女の個性が、勇者の辛く血塗られた歴史を背負ってきたような人物でないことを何より雄弁に物語っていた。
そして、セイラが限りなく生娘に近い存在であったことも。
でも、だからこそ私達がもらった加護のことが分からない。
いったい、国王様はあの娘に何を強いたの?
そして、なぜ捕らえたの?
なぜあの娘は逃げ出したの?
女の子として最悪の出来事が思い浮かぶけれど、それはたぶん、国王様とあの娘の間にレベル差がありすぎて不可能だ。
だから、いまはただ分からない、そう、それでいい。
だけど、私達は王都を去るあの娘に何かを託されたとそう信じて、メイドを辞めた後、パーティを組んで冒険者になることにした。
今は新たに与えられた才能をより開花させて戦いの腕を磨いて、次にあの娘に会ったときに、何かの力になってあげたいと、そう思ったから。




