入れ替え侍女の下克上 sideレヴィン 1
人生は選択の連続だとは良く言ったもので、第七王子である俺、レヴィン・アーガス・オルブライトはいくつもの死と隣り合わせの選択を泥まみれで勝ち取り、魑魅魍魎の巣くう王宮で生き残ってきた。
父の暗殺から始まった王位継承権争いでは、母親、友人、恋人……たくさんの身近な人々に裏切られた。もう誰も信じてやるものか、人生は自分の力だけで勝ち取ってやる!と息巻き、自分を死んだことにして他国で第二の人生を送ろうとしている時にふざけた予言者が現れた。
彼女は王位継承権争いの生き残りの王子たちとその支援者を一つの部屋に集め、明日の天気を占うかのような軽い笑みを浮かべながら、この国の未来を占い始める。
「はーい! 次の王はレヴィン殿下で決まりですわ」
何の変哲もない水晶玉を覗きながら、宮廷占星術師ジリアン・ガードナーが陽気に宣言する。
それと同時に王位争いのライバルである他の王子たちが顔を青ざめ、貴族たちが焦り動き始める。俺はポカンとした表情で他人事のようにそれを眺めた。
「……はあ? 俺が……王、だと……?」
俺には表だった貴族の支援者はいない。幼馴染のカルロの実家であるアトキンス公爵家のように、支援している王子たちが使えなくなった時の保険として俺を暗殺から守る者もいるが、基本的に一番王位から遠い王子として周りに認識されている。
そして俺自身、王になるつもりなんて毛頭なかった。
「レヴィン陛下以外に王はありえませんわ」
「占いの結果だからか? 馬鹿馬鹿しい」
そうは言うが、ジリアン・ガードナーの占いは百発百中。変わり者で気まぐれ、だが彼女の言葉は時に王の言葉よりも重いと社交界では囁かれているという。
ジリアンは妖艶な所作とは真逆の無垢な少女のような笑みを浮かべると、俺の耳にそっと囁いた。
「実は他の王子たちと違って、レヴィン陛下の未来なんて一つも見えませんでしたの。だから、あなたが次の王。最低限そうでなくては困ります」
「……どういう意味だ?」
「きっと、そう遠くない未来に分かりますわ。王様業、頑張ってくさいませね。これからわたくしは、愛する夫と子どもたちとランチを食べに行く約束をしていますの。遅れるといけませんから、これで失礼致しますね!」
ジリアンは言いたいことだけ言って、手を振りながら弾む足取りで部屋から出て行った。
「おいっ! 待て、ジリアン・ガードナー!」
俺が彼女を追いかけようと椅子から立ち上がると、グイッと強い力で引き戻される。振り向けば、王位継承権争いが始まってから表だった接触を避けられていた、幼馴染のカルロがいた。
「待つのはレヴィンの方だよ」
「……カルロ?」
彼は俺の右肩に手を置くと、有無を言わせぬ腹黒い笑みを浮かべる。
「私と一緒に王を目指そうね!」
「……はあ?」
一瞬思考が止まり、俺は何度も瞬きをする。
「お前、第四王子を傀儡の王にするって息巻いていたじゃないか!」
まだ部屋には王子たちが残っていたが、俺はカルロに食って掛かる。
「いや、彼ってば女遊びが激しくて、足下掬われそうなんだよ。性格も傲慢で扱いづらいし、頭もレヴィンの方が断然いい。あのジリアン様のお墨付きももらっているし、レヴィンこそが王に相応しいよ」
「この流れで信用できるか!」
「冷たいなぁ。私たちはとっても仲良しな幼馴染じゃないか」
ジリアン・ガードナーのインチキ占いによって、一瞬のうちに王位継承権争いの勢力図が書き換わる。カルロは目敏くそれを感知し俺に接触したのだ。
幼馴染だとかなんとか言っているが、要は時期王の一番の支援者となることで、この国で確かな地位を得たいという思惑が透けて見える……というか、隠そうともしていない!
カルロは鼻歌交じりに笑みを浮かべている。既に俺を最短で王位につけるための策を十は考えているはずだ。
「……最悪だ」
俺が頭を抱えていると、今度は左肩を優しく叩かれた。
青い顔をしながら見上げると、そこには先王の側近で王位継承権争いでは常に中立を保っていたハロルド・ベイカー伯爵がいた。
彼は王子たちが幼い頃から一切肩入れせず、無表情で事務的なやり取りしかしない鉄仮面の文官として恐れられてきた。それが今、何故か孫を見るようなだらしない顔を俺に向けているのだ。
「レヴィン坊ちゃま! じいやも王位を授けるために誠心誠意身を粉にしてお仕えいたしますぞ」
「坊ちゃまなんて気色悪い呼び方はやめろ!」
困惑を超えて気持ち悪い!
「かしこまりました、殿下。側に侍ることをお許しいただけただけで、じいやは……嬉しゅうございます! 即位式は豪華絢爛に致しましょう」
王になる可能性が高くなったとたん、あのベイカー伯爵ですら手のひらを返したのだ。
俺はヨロヨロと立ち上がると、カルロとベイカー伯爵を睨み付ける。
「俺は、王になんてなりたくないんだ!」
喉から血が血が滲むほどの声量で叫ぶが、カルロとベイカー伯爵は笑みを深めるだけだった。
「恥ずかしがらなくてもいいよ、レヴィン」
「不安にならなくとも、じいやが精一杯サポートいたしますので」
「……やっぱり、人間なんて信用できない!」
結局、泣き叫ぶ俺の声は無視され、最短で俺はオルブライト国王となってしまったのである。
☆
国王になってからというもの、誰も信用できず、肉体の休息を犠牲にしてがむしゃらに仕事をこなしている。思いの外、国王の仕事にやりがいがあり、それが苦々しくも思っていた。
だから、この憂いのすべての元凶であるジリアン――――ならびに、ガードナー侯爵家の面々とはなるべく関わらないように生きていこうと誓っていた。
それなのに……
「この顔、どう見てもジリアンの娘……フェリス・ガードナーだな」
俺は腕を組みながら、目の前の姿見に映る自分の顔をまじまじと見る。
「……これは、俺とフェリスが入れ替わってしまったのか……?」
関わりたくないと思っていたのに、運命とは残酷なものである。