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「ふわぁ……。うぅ……眠いよー……」
窓からは眩しさを感じる日差しが射し込み、朝の挨拶が飛び交う、活気のある教室で私は今、机に上半身を預けている。
今の私は、地球の重力にさえ勝てない。
そんな情けない姿をさらしているからか、愛美の呆れるような声が頭上から降ってくる。
「はぁ? 新作ゲームにハマって、寝不足って。……ほんと、オタクの鏡よね」
そう。ボイスマスターことボイマスは、スタートキャンペーンをしている。
そのスタートキャンペーンは恐ろしいことに、新作稼働を祝して、活動ポイントという、イベントをプレイするのに必要なポイントが3日間限定で”消費ポイント0《ゼロ》”なので、無限に続けることができる。
あー! なんて、オタクの心を分かっているの!?
いや、当たり前といえば、当たり前なんだけど。
このオタク心をくすぐる恐ろしい稼働キャンペーンにまんまと乗せらせてプレイした結果、寝不足。
母の騒がしい声にも、モーニングボイスのウィリアムの声でさえ、気づかないぐらい眠り込んでいた。
ウィリアム! ごめんんさい……でも今は、メガネくんを育ててあげたいのっ!
後ろ髪を引かれつつ、二股はできないと、ウィリアムとしばしのお別れをして、メガネくんを応援することに集中しています!
「ーーで、のぞみを今、夢中にしている声は誰なの?」
さすがは良き理解者の愛美。私の脳内リプレイを見越したかのように、合いの手という質問。
待ってました。聞いてくれたまえ、この想いっ!!
オタクとは、話を聞いて欲しくて仕方がない生き物なのである。
「えっとね。今、推してるゲームは昨日はじめたばっかりの”ボイスマスター”で通称”ボイマス”。
新人声優さんの新人マネージャーとして、私は彼をマネージメントして行くのよ!
それでー、私が選んだのはメガネの委員長キャラでー、担当している声優さんは、これまた同じく新人声優の佐藤ユキっていうんだ!!
新人な故に荒削りなところもあって、滑舌の甘さがちょっときになるっていうか、しかし、ちょっとした表現にグッとくるものがあって、……演技がうまくなりそー!って感じなんよねぇー」
「……どんな状況でも声オタ健在!って感じよね」
私の呼吸のごとく、止まることのない解説に愛美を苦笑しつつも称えてくれる。
それほどでもありません。まだまだ、私なんてオタク界では若輩者ですよ。
「って、佐藤、祐希? うちのクラスの??」
首を傾げながらつぶやく愛美にすぐさま訂正を入れる。
「むぅっ。ゆうき、じゃなくて、ユキだってば!」
認知は新人さんにとって重要で、大事なことなので、きちんとした情報が伝わらなくてはいけません。
「あぁ、ごめんごめん。ほぼ同音だから」
「あ、でも、たしかに? 言われてみれば??」
「のぞみってば。本当にリアルに興味薄いんだから。まーでも、芸能人だけじゃなくても一般的にも同姓同名ってあるぐらいだから、そんなに珍しくなのかもね」
ため息交じりにフォローされているが、実際のところ、クラスメイトのフルネームなんて覚えていない……。
別に興味がないとかじゃなくて、ただ、他に覚える情報があるっていうか、なんというか……いや、これが興味が薄いってことになる?
まぁ、でも、なんか引っかると思ってたけど、そういうことか。
やるじゃん。私の脳みそ。
本人の意識関係なく、なんとなく覚えていて偉いぞ。うんうん。
「なんか……スッキリしたー……」
昨夜からなんとなーく引っかかっていた謎が解明されて、モヤモヤがスッキリした私は、瞼を開け続ける努力をやめた。
「のぞみ? え? ちょ、もうすぐ授業はじまるってっ!!」
愛美の驚く声も、ユサユサと揺れる体も、今の私にはゆりかごで聞く子守唄にしかならない。
遠くで聞こえるざわつきも心地良く、眠りを導いてくれる。
「おやすみー……」
こんなアホな私を見ている人がいるとは、この時の私は想像もしていなかったし、気づきもしなかった。