1話「前世の記憶は仔犬の鳴き声と共に蘇る!」
「キャイン……!」という悲痛な叫び声で、私は前世を思い出した。
仔犬が、赤髪の少年とその手下に乱暴されている。
私は「やめなさい!」と叫んで、仔犬の前に飛び出した。
私の行動が予想外だったようで、赤髪の少年とその手下は目を大きく見開いている。
私の現世の名前は、レイア・ハーフェン。
「花の聖女と三人の王子。イケメン王子からの溺愛が止まらない」……略して「花の聖女」に登場するモブ王女だ。
ウェーブのかかった茶色い髪を腰まで伸ばし、萌えるような真っ赤な目をした、モブにしておくにはもったいないなかなかの美少女だ。
私の前世の名前は、湊礼亜。ゲームとお菓子が大好きな普通の女子高生だった。
通学途中にトラックにひかれて死んだ……。
気がついたらこの世界に転生していた。
レイアとして生きた十年分の記憶と、湊礼亜として生きた十七年分の記憶が濁流のように押し寄せ、混じりあう。
まるで嵐の中に浮いている小船に乗ってるようだわ……頭がくらくらする。
しばらくすると、ふらつきが治まった。
どうやら、礼亜の人格をベースに、レイアの記憶を取り込んだようだ。
「花の聖女」には、前世でお小遣いを注ぎ込んで推し活しまくった第二王子ラインハートがいるのよね!
押しキャラの妹ポジに転生するなんてラッキー!
早くラインハートに会いたいわ!
「レイア! 聞いているのか!?
お前、オレに楯突くつもりか!!」
赤髪の少年が、私を睨みつけた。
目の前で可憐な少女が頭を押さえて、ふらふらしてるのに、心配するどころか、怒鳴りつけるなんて、最低だわ。
……今は前世の押しキャラに想いをはせている場合じゃない。
この状況をなんとかしないと!
赤髪の少年の名前はワグナー。
一つ年上の十一歳で、この国の第一王子で、残念なことに私の腹違いの兄だ。
ワグナーは、乱暴で、わがままで、短気で、弱いもの虐めが大好きなどうしょうもない男だ。
同じ王子でも、推しのラインハートとは大違い。
ワグナーの隣に立っている二人の少年は、彼の側近のゲロンとグス。
彼らの親は下位貴族なので、ワグナーに意見できない。
なので、ワグナーにいいようにこき使われているのだ。
ゲロンとグスは棍棒を手にしていた。
それで、仔犬を殴っていたのね。
ワグナーは手下に命令し、ニヤニヤしながら状況を楽しんでいた。
汚い仕事を他人にやらせるなんて、最低よ!
「弱い者いじめは見逃せません!」
「生意気な!
お前は黙ってオレに従っていればいいんだよ!」
原作のレイアは大人しい少女だった。
レイアがそういう性格になったのは、ワグナーからパワハラとモラハラを受け続けたせいだ。
そのため、原作のレイアは自己肯定感が低く、いつもびくびくしていた。
周囲からは「引っ込み思案な王女と、妹の面倒を見る優しい兄」に見えていたらしい……。
周囲の目は節穴かしら?
「ゲロン、グス! お前らからもなんか言ってやれ!」
「ええ……」
「でも……」
ワグナーが、ゲロンとクズの背中を叩いた。
突き飛ばされる形で、二人が私の前に立った。
二人はもじもじしているだけで、私と目を合わせようとしない。
下位貴族の令息が王女に暴言を吐けるわけがない。
ゲロンとグスはレイアに惚れているので、なおさらだ。
ワグナーが私を傍に置く理由は一つ、男三人ではむさ苦しいからだ。
紅一点として、レイアはワグナーと行動することを強制されているのだ。
クズ兄に利用されて、アホどもに付き合わされて、原作のレイアは本当に哀れだわ。
「もういい、役立たずども!」
ワグナーはゲロンとグスを突き飛ばし、私の前に立った。
「レイア、これが最後通告だ!
そこをどけ!
今なら許してやる!」
ワグナーが眉間にしわを寄せ、私を睨めつける。
「嫌です!」
私は負けずに彼を睨み返した。
ちらっと下を見ると、私の足元で仔犬がプルプルと震えていた。
こんないたいけな仔犬を、凶暴なワグナーなどに渡せるものですか!
「ならば力づくで言うことを聞かせるまでだ!
オレに逆らったら、どういう目に遭うか教えてやる!」
「きゃぁっ!」
ワグナーに突き飛ばされ、私は尻もちをついた。
仔犬がくーんと鳴いて、私の足に鼻を擦り付けた。
「その薄汚い犬と一緒にギタギタにしてやる!」
ワグナーは、ゲロンから棍棒を取り上げ、怒りに満ちた形相で棍棒を振り上げた。
この子だけでも守らなきゃ!!
私は仔犬を抱き締め、犬を守るように身を縮めた。
ぎゅっと目を瞑り衝撃に備える……。
だけど、いつまで経っても棍棒はこなかった。
何が起きているの?
私は、恐る恐る目を開けた。
すると、そこには……。
「仔犬と女相手に武器を使うのか……?
かっこ悪。
お前、本当に弱い者いじめしかできないんだな」
黒髪の少年が、ワグナーの棍棒を掴んでいた。
不揃いに切られたウルフヘア、黄金の瞳。
一瞬で目を奪われるような美少年……!
「ラインハート……兄様?」
前世の推し、第二王子のラインハートが目の前に立っていた!
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