レストラン・ゲロマズ
レストラン「ゲロマズ」へようこそ。
当店のおすすめは「シェフの気まぐれ定食」です。
なお、シェフ本人も内容を知りません。
それでは、ごゆっくりお楽しみください。
レストラン「ゲロマズ」。
その名前を見て入ろうと思う人間は少ない。
名前を聞いただけで腹を壊す人間もいる。
だが、なぜか潰れない。
それどころか常連までいる。
昼の十二時。
常連客の田中は今日も店のドアを開けた。
カラン。
「いらっしゃいませダー!!」
店長のピヨ田ゲロ彦が元気よく迎える。
元気だけは誰にも負けない。
料理は別だった。
田中は入口の黒板を見た。
本日のおすすめ。
『シェフの気まぐれ定食』
その下に小さく書いてある。
『※シェフ本人も内容を知りません』
田中はため息をついた。
「店長」
「なんでしょうダー!」
「気まぐれにも限度があると思うんだが」
「大丈夫です!」
「何が?」
「シェフも不安がっています!」
「そこなんだよ!!」
店の奥から声が聞こえた。
「本当に大丈夫なんですかね……」
シェフのけつげしげるだった。
作る本人が一番不安そうだった。
その時。
「店長!」
元気な声が響いた。
看板娘の犬丸ブル子だった。
トレーを抱えて走ってくる。
「三番テーブルのお客様から質問です!」
「なんでしょうダー!」
「この定食の正体は何ですか?」
店長は腕を組んだ。
「難しい質問ですな」
「答えてください」
「食べる人によって変わります」
「宗教みたいなこと言わないでください」
田中は思った。
今日も平和だな、と。
平和ではなかった。
三番テーブルから声が上がる。
「店員さーん!」
「はい!」
ブル子が駆け寄る。
「味噌汁の中に味噌が見当たらないんだけど」
ブル子は器をのぞいた。
「本当ですね」
「本当ですねじゃないよ」
店長が胸を張る。
「減塩です!」
「限度があるだろ!」
店内に笑いが起きた。
ブル子も笑った。
けつげしげるも笑った。
田中は諦めたように笑った。
いつもの昼だった。
いつものゲロマズだった。
その時。
カラン。
入口のベルが鳴った。
誰かが入ってきた。
黒いコート。
磨き込まれた革靴。
男は店内を一度だけ見回した。
それだけだった。
騒がしかった店内が、なぜか少し静かになる。
男は何も言わない。
空いている席へ向かい、静かに腰を下ろした。
犬丸ブル子が注文を取りに向かう。
見たことのない客だ。
田中は思った。
それなのに――
なぜだろう。
この男を知っているような気がした。
【第一話 完】
【ゲロマズからのお知らせ】
本日もご来店ありがとうございました。
味噌汁に味噌が入っていなかった件につきましては、減塩への取り組みの一環です。
今後ともレストラン・ゲロマズをよろしくお願いいたします。




