第52話 そしてまた幾星霜の空の下
人で溢れる賑やかな街を、一台の馬車が駆け抜ける。そこら中に星祭りの飾り付けがされた街は、エアロムントにも負けない活気を放っていた。そんな街の中央付近にある馬車駅に到着すると、振り返った御者がキャビンの窓を叩く。
「お客さん?ほら起きて起きて!もう着いたよ、フィンベルの街!今日明日あたりは馬車を利用するお客さんが特別多いんだから早く降りてくれ!」
馬車に乗っていた男性客は、眠そうにあくびをした後に、ゆっくりとキャビンから降りる。
「いや、すまない。最近ずっと書き物が続いていてね。これは詫びも込めたお礼だ。チップとして受け取ってくれ」
そう言って多めに銀貨を支払った男性は、メガネをクイっとあげて、懐かしそうに街の様子を見渡す。
「久しぶりだな……。少し帰らないうちに、この街もずいぶん賑やかになったものだ……」
すると、男性の後ろに止まった馬車から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「アシュレイ?アシュレイじゃない!久しぶり!」
アシュレイが振り返ると、馬車からすらっと高身長で、凛とした姿勢の女性が降りてくる。見た目はかなり変わっているものの、アシュレイにはそれが誰か一目見ただけで判断できた。
「セリじゃないか!うわぁ久しぶり!それにしてもずいぶん逞しくなったね……」
「ふふっ。日々の訓練の成果ね。騎士団の若い子達にも、まだまだ負けないよ!」
しなやかながらもよく鍛えられた腕を振りながら、セリはそう言って、周りを見渡す。
「まだみんな集まってはいないのかな?」
「うん、僕も今着いたところだよ。まぁ、いつどこで待ち合わせるかなんて決めてなかったし、星祭りまでまだ一日ある。街を回りながら、ゆっくり探すつもりだよ」
アシュレイがそう言うと、セリも頷いて歩き出す。
「そうだよね。私もそのつもりだった。じゃあ二人で回ろっか。みんなを探しながら!」
賑わうフィンベルの大通りを、二人は肩を並べて歩き出した。
通りの一角、人だかりができている武器屋の前で、二人は足を止める。そこには、すっかり白髪が混じりながらも、現役時代を彷彿とさせる屈強な背中の男性がいた。男は隣に立つ小柄な女性――耳の隠れた帽子を深く被った、かつての相棒――と何やら言い合いながら、店頭に並ぶ見事な大剣の刃を、厳しくも愛おしそうに指先でなぞっている。
やがて二人は、セリ、アシュレイからの視線に気づいてこちらを振り返る。そして、ザンドは豪快に歯を見せて笑い、スリーズは静かに目を細めて、再会を祝うように小さく手招きをした。
四人になった一行が広場へ差し掛かると、そこには一際豪華な装飾が施された大型の馬車が停まっていた。
馬車の側面に刻まれているのは、今や大陸中にその名を知らぬ者はいない大商会の紋章。その傍らで、高級そうな毛皮を羽織り、落ち着いた仕草でパイプを燻らせるジストの姿があった。隣では、すっかり一流の商人へと成長したセリネオが、帳面を手にテキパキと荷運びの指示を出している。しかし、その横顔にはどこか、無邪気そうな昔の面影が残っていた。そのすぐ後ろの影からは、以前と変わらぬ冷静な佇まいのラウルが、広場の噴水を見上げながら、そっと懐の懐中時計を握りしめる。
ジストは一行に気づくと、大袈裟な動作で帽子を取って一礼する。セリネオは花が咲いたような笑顔で駆け寄り、ラウルもまた、満足げに一度だけ深く頷いた。
――――
「世界中を旅してるリュミナはともかくとして、一番目立ちそうなやつが見つからないとはね……」
アシュレイが言うと、ラウルが首を振って、ジストキャラバンの荷台の方を指差す。
「いや……。そろそろ来る頃だ」
すると、次の瞬間、指し示された荷台の中で何かが光り、大きく揺れる。荷台の扉が開くと、煙とともに、中から大柄で屈強な男性――カイレンが体のほこりを払いながら出てきた。
「いてて……。ジストさん、これ、確かに便利だけど、着地が雑じゃない?討伐任務帰りの体には少し刺激が強いんだけど……」
「我慢しろ。テレポートジェムの出口、ポータルストーンをこんなふうに持ち歩くなんて……多少の不便さには目を瞑ってもらわないと!」
星の剣に似た、しかし昔に比べ刀身が伸び、各所に装備や装飾が施され、より洗練されたものを背負い直し、周りに集まった面々を見たカイレンは、顔を輝かせる。
「おお!みんな!やっぱり集まってくれたのか!」
その時、カイレンの大声を聞いた街の人々が一斉にこちらを振り向いた。
「おお!この街の……いや、この国の勇者、カイレンさんだ!カイレンさんが帰ってきたぞ!」
「ねぇ見て!あの人!女性で初めて"聖騎士"の称号を与えられた、強くて美しいと評判のセリさんよ!」
「隣にいるのは魔導学者のアシュレイ先生だ!彼の魔導講習の予約は、半年先まで埋まってるってほど人気な人だぜ!」
一行はあっという間に人々に囲まれる。カイレンは苦笑いしながら、自宅の方を指差した。
「みんな!ひと段落したら、うちに集まってくれ!みんなと話したいことが山ほどあるんだ!」
――――
その夜、すっかり大きくなったカイレンの家で、それぞれが今までの出来事を話し、驚きあう。
「やっぱり、"風嵐の乙女"ってセリのことだったんだ!今やヴェンティアでその名を知らない人はいないよ!」
「アシュレイこそ!少し前に新聞見たよ!『自分の適性と異なる魔法を使うための理論』すごく褒められてた!」
「でもまさか、カイレンが今や報酬の少ない、危険な討伐依頼を片っ端から引き受けてるなんて……どんな心境の変化があったんだ?」
「いや……家の畑も復活したし、"風の勇者"としてかなりのお金も稼いだからね……。これからは、報酬に見合わないような依頼を俺が受けて、若い者たちにはもっといい思いをしてもらおうと思ってさ!」
カイレン、セリ、アシュレイは、それぞれがお互いの夢と、今の生活について満足そうに語り、そこにジストやラウル、ザンドやスリーズたちも加わって、気がつけば夜も更けてきた。人々はほとんど寝静まったのか街の明かりはほとんど消えていた。
「……リュミナ、来ないね……」
セリが少し寂しそうに窓の外を見つめる。
「まぁ、リュミナのことだし、きっと無事で、今も楽しく冒険してるのかもね。以前会った時も、昔と変わらず元気そうだったよ」
アシュレイの言葉に、ザンドたちが驚き、カイレンたちは思い出したように笑う。
「ああ、そうか!ザンドやジストさんたちには言ってなかったっけ。俺とアシュレイとセリは、あの後も何度かリュミナに会っているんだ」
するとジストが顎に手を当てながら口を開く。
「俺たちが最後に会ったのはかなり前だな……。きっと今頃はさぞ可愛くなっているのかな?なぁ、セリネオ?」
ジストがイタズラっぽく視線を向けると、セリネオは少し赤くなって、持っていたクッションに顔を埋める。
「うん!あの頃よりも背も伸びて、すごく可愛くなってたの!みんなにも見せてあげたいくらいよ!」
セリが自慢げに話し、カイレンとアシュレイも頷く。
「へぇ、それは是非とも会ってみたいな」
スリーズやザンドもそう言って窓の外を見つめるが、あたり一面真っ暗で、周りの様子はほとんど見えなかった。
「まぁ、無理に来て欲しいとは言えないよ……。あいつは俺たちと違って、これから先、幾星霜もの時間を出会いや別れを繰り返して生きていくんだ。久々に会って別れて、また悲しい思いをするのなら、いっそ会わないのも俺はいいと思って受け止められる」
カイレンがそう言うと、アシュレイは落ち込んだ空気を消し去るように、パンと手を叩く。
「それなんだけどね!僕も最近考えたんだ。これから先も何年も生きていくリュミナに、何か寄り添えるようなものはないかなって」
そして、一冊の本を取り出してみせる。
「まだ未完成だけど、僕の結論はこれだよ」
ページをめくると、そこには、以前アシュレイの書いた地図に載っていた記録を、さらに細かく綴った冒険譚が、いくつかの挿絵と共に描かれていた。それを読んだ一行は驚き、また懐かしそうに笑う。
「すごい!私たちの旅の記録ね!懐かしい……」
「これは……素晴らしい贈り物になると思うよ!」
「おい……。これ、俺の活躍が少なくないか!?もっとこう……俺がズババーンとだな……」
スリーズは絶賛し、ザンドは少しだけ不満そうな顔をする。
「十分あっただろ。俺とラウルなんか、後でアシュレイに話した部分以外目立った出番はなかったし、セリネオに至ってはほぼ空気だったぞ……」
ジストやラウル、セリネオも少し不服そうだった。アシュレイは苦笑いしながら手を振って弁解する。
「ごめんごめん、あの時の冒険をメインに書いたから出番が少なくなっちゃった人もいたかも……でも、研究がひと段落したら、別の記録も書くつもり!だから楽しみにしてて!」
しかし、まだ納得し切れていなさそうなザンドをなだめて、カイレンが立ち上がる。
「まぁ良いじゃないか。大切なのは、誰がどれだけ活躍したかじゃなくて、こんな冒険があったって、リュミナが思い出せることだよ」
カイレンがそう言って諭し、セリは頷いてアシュレイの方を向く。
「結構いい出来だけど、これでまだ未完成なの?」
「うん……。まだこの物語にタイトルをつけられていないんだ。みんな、何かいい案はないかな?」
アシュレイが、表紙の空欄を指さして尋ねると、全員が一斉に各々のセンスで話し始める。
「これは、『俺たちの冒険譚』これで決まりだろ!」
「いやいや、そんなタイトルじゃ売れる未来が見えない。商人的には、『ヴェンティア戦記〜花の乙女の旅路』だ!」
「ジストさんもセンスが落ちたようね。この本のタイトルは『風と霧の追想録』おしゃれじゃない?」
「幾星霜もの時を生きるエルフに向けた物語。『星霜エルフへの思い出』なんてどうだろう?」
「スリーズもその他どももまるでセンスがない!真のタイトルは『ザンド様……」
「はいはい……。そんなタイトルより『霧の古城探索』なんてどう?あの"煙山"を城に例えるんだ!」
それぞれの想いのこもったタイトル案をアシュレイは一つ一つ書き連ねていった。
――さらに夜の闇が深くなる――
全員が疲れて寝静まった後、アシュレイはそっと起き上がると、静かにベランダの扉を開けた。
みんなが寝静まり、真っ暗な街を満点の星空が静かに照らし、冷たい夜風がさぁっと頬を撫でていく。
「いい風だ……」
アシュレイは一人、空を見上げて物思いにふける。さっきのみんなのタイトル案、どれもそれぞれの想いがこもっていた……。
――――
しばらくの静寂の後、アシュレイは静かに筆をとり、一文字一文字丁寧に、時間をかけてゆっくりと、文字を連ねていった。ようやく完成した本のページを感慨深くパラパラとめくる。だんだんと朝焼けがあたりを明るく照らし始めた頃、逆光に縁取られた街の入り口に、一つの影が落ちる。長い髪が朝日に透けてキラキラと輝き、ほんのりと森の優しい匂いを放つ。元気よく走ってくるその姿を見たアシュレイは、30年前と同じ笑顔で、仲間たちを起こしに部屋へ飛び込んで行った。
――――
誰もいなくなった静かなベランダ。
朝日の柔らかな光が、テーブルの上に残された、開かれたままの一冊の本を照らし出す。風がそよぎ、本のページを一枚一枚丁寧にめくり返し、最後に表紙がパタリと閉じる。
そこには、アシュレイが最後の一文字まで魂を込めて書き記した、この物語のタイトルが刻まれていた。
『星霜エルフの追想録』
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
第52話「そしてまた幾星霜の空の下」いかがでしたか?
エアロムントでの別れから30年後、星祭り会場での再会を果たしたカイレンたち。それぞれが夢を叶えられていてよかったですね♩
ここまでで一応、リュミナの物語の第一章は完結になります!しかし、アシュレイも言っていたように、リュミナの物語はまだまだ続いていきます!
しかし、しばらくの間、皆さんとお別れになってしまうのもまた事実...。ここまで読んでいただき本当にありがとうございました!
『星霜エルフの追想録』第二章製作中!
今年中には投稿再開できたらいいな...。お楽しみに!
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