第5話 宝物を求めて
川のせせらぎが遠のき、代わりに湿り気を帯びた岩の匂いが強くなってきた。
ヴェンティアの国境へと続く山脈の裾野。切り立った岩壁の根元に、まるで巨大な怪物が口を開けているかのような、真っ暗な洞窟が姿を現した。
「……ここのあたりがちょうど国境にあたる部分だね。あそこから続く山脈『ヴェンティアの背骨』がちょうど国境の境目になっているんだ」
そう言いながらアシュレイが遠くを指差す。手前から先まで連なる大きな山々はリュミナがかつて父である大木のてっぺんから見た時よりも大きく聳え立って見えた。
カイレンが洞窟の前まで進み、しゃがみ込んで地面をなぞる。
「人の通り道じゃないな。獣の足跡もない……ってことは、中に何が眠ってるか分からねぇってことだ」
そう言って振り向いた彼の目は光り輝いていた。
「こういういかにもなダンジョンってのは大抵中にお宝が眠っているもんだ。しかもここは、しばらく人の立ち入った形跡がない。つまり貴重な素材や宝物が先人にまだ回収されていない可能性が高い!」
『宝物』という言葉にリュミナも反応する。
「本格的なダンジョン探索の準備をしてきたわけではないから気をつけて進まなきゃね」
セリはそう言いながら持ち手のついた透明な瓶のようなものと火の魔石をカイレンに投げ渡す。
「気をつけなきゃいけないのは魔物に対してもだよ。『ヴェンティアの背骨』といえば、強力な魔物たちの巣窟だ。なるべく戦闘は避けた方がいいね」
「わかってるって、先頭は任せろ!」
そう言いながらカイレンは受け取った魔石を瓶に入れて軽く振る。魔石が振動によって弱い光を放ちあたりを照らす。簡易ランタンの出来上がりだ。作ったランタンで洞窟内部を照らしながらカイレンが尋ねた。
「アシュレイ、ここだとどれくらい攻撃魔法が使える?」
アシュレイは洞窟の入り口に立ち、前方の空気をかき混ぜるように杖を振ってマナサーチの魔法を唱える。
「……思った通り、ここは土のマナが多くて風のマナは少ないね。僕自身の魔力量は今のところ問題ないけれど、こうも風のマナが少ないと、風魔法を使うのに時間がかかるだろうし、連発もできないと思っていた方がいいね」
環境が変わるだけで魔法の使い勝手も変わるのか、そう思いながらリュミナも魔法の矢を生成してみる。確かに、生成された矢がいつもより重く感じる。それを見たセリが驚いた表情を浮かべる。
「すごいねリュミナ、ここでもいつもと変わらずに魔法を使えるの?」
「うん、でもいつもに比べて矢が重く感じるんだ……」
アシュレイが振り向いて解説する。
「多分リュミナの使う魔法の、エーテルの特性が原因だね。エーテルは空気中のマナと結びつきやすいという特徴があるんだ。森の近くは風のマナが多かったからその影響で今までは軽かったのに……」
「今は土のマナの影響を受けて重くなった?」
リュミナの返しにアシュレイはにっこり笑って続ける。
「そう、でもその代わりにいつもより固く、頑丈になっているんじゃないかな?」
解説するアシュレイのテンションがどんどん上がってゆく。
「魔法の属性やそれによる特性って様々あるんだ。リュミナの使うエーテルの属性は少し特殊なんだけどね。何しろ他のマナと結びつきやすいから空気中にもあまり存在しないし、適性がある人間も全然いなかったんだ。他には、例えば僕の適性属性は風なんだけれど、風にはスピードや貫通力と言った……」
「ストップ、ストーップ」
セリが慌てて静止する。
「アシュレイは一度スイッチが入ると止まんなくなっちゃうの……」
「さぁ、難しい話はそれくらいにして、さっさと入ろうぜ!」
「そ、そうだったね……ごめん」
「そう気を落とさないで、私は初めて聞く話ですごくタメになったよ」
何はともあれ、一行は洞窟内に足を踏み入れた。
洞窟に足を踏み入れた瞬間、空気は一気に冷え込み、外の光は背後で細くなるのみだった。
足元には湿った小石。頭上にはごつごつした天井。
四人は慎重に奥へ進んでいく。
「……上、気をつけて」
カイレンの声に、三人は一斉に天井を見上げた。
ランタンの光が照らし出したのは、無数のイシコウモリ――石のような皮膚と、羽を閉じて眠る灰色の影だった。
「しゃがんで。静かに通るぞ。」
カイレンの指示で全員が身を低くし、息すら殺してその真下を通り抜けた。
石羽がこすれる乾いた音が天井で響くたび、心臓が跳ねる。
少し歩いた先の曲がり角では、黒い影が数匹、足元を横切った。
「キバネズミの群れ……」
アシュレイが小声でつぶやく。
「任せて」
リュミナが袋を探り、おやつにと摘んでいたフルベリーという丸く赤い果実を一つ取り出した。
弓につがえ、洞窟の壁の離れた場所に向けて放つ。
ぱん、と実が割れて甘い香りが充満した。
瞬間、キバネズミたちは一斉にそちらへ走り、夢中で果実を齧り始めた。
「今のうちに!」
カイレンの合図で四人はすばやく通り抜ける。
「森仕込みの知恵、助かるよ」
「こういうのなら得意だよ」
リュミナは少し照れたように笑った。
しばらく歩いた後、左右に分かれた通路が現れた。
「さて、どっちに進もうか……」
カイレンがつぶやく。
「僕に任せてよ」
アシュレイは深呼吸し、手を前に突き出した。しばらくの静寂ののち、魔法が発現する。
「〈そよ風を起こす魔法〉」
洞窟内に透明な風が走り、左右の道へ分岐して流れ込む。
「やっぱり外で使った時よりも発動に時間がかかったね」
「でもこれならこの先がどうなっているのか、おおよその予測ができるようになるよ」
そんなことを話していると、しばらくして――
「右は風が跳ね返ってきた。行き止まり。生物の反応やにおいも感じない。左は風が抜けていく」
「じゃあ、まずは右に進もう」
ニヤリと笑ってカイレンが進路を決める。
「なんで?行き止まりなんじゃ……」
「洞窟内部の正確な地図がかければそれだけその地図の価値が上がって儲かるんだ。それに、行き止まりのところにお宝が眠っている可能性だってあるんだぞ」
こうして一行は分かれ道のたびに行き止まり方面へ進み、再び元の道を戻るという探索を繰り返す。しかし、
「……何も見つからない……だと……?」
カイレンはガックリと肩を落とす。
「まあまあ、ダンジョンに落ちてる高価なお宝って大体は先に訪れた人の落とし物が多いっていうし……」
アシュレイは彼を励ます。
「それに、セリとリュミナを見てみなよ」
アシュレイが、いつのまにか先頭に立っている2人を指差す。
「ねえセリ、これは?これは?」
「それはシャボンゴケって言ってね、涼しくなってくる時期にこういうふうにシャボン玉みたいなツブツブで綺麗な実をつける苔なんだ。今は時期じゃないはずなんだけど、ここはいつも冷えてるからなのかすごく綺麗だよねぇ」
「こっちは?なんか独特の匂いがするけど……」
「それはイモミントって言ってね、今は独特な匂いを出すけど、葉っぱを細かく切って加熱すると甘くていい匂いになるんだ。私はそれを使ったお茶が好きなんだよね。少し摘んで行こうか」
リュミナは目を輝かせて走り回り、セリはそんな彼女に付き添うように後を追う。
「カイレン、ここすごいね。宝の山だ!」
「……おう、よかったな……」
まだ洞窟に入ってすぐのはずなのに、いつのまにかリュミナのポーチはパンパンに膨れ上がっていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第5話「宝物を求めて」いかがでしたか?
アシュレイ君による魔法属性の簡単な解説や、洞窟内の描写など、少し説明が中心になってましたかね?
それはそうと、未知のエリアでの見知らぬ素材を採取するのって現実でも、ゲームなどでも、少しだけワクワクしますよね♪
でも、楽しいことだけでは終わりません。ダンジョンといえば強大な敵が潜んでいることも定番なのです。
次回「接敵」水曜日投稿予定です。お楽しみに!
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