第30話 宝石商はここに
ティナお嬢様の誕生日会を終えた夜。
少し生温い夜風を浴びながらお茶を飲む。
スイートルームから見える夜の街はいつもより明るく輝いていた。
[Jewel of eight]を起動し8つの宝石を街のあちこちに飛び回らせ、ぼんやりと街の様子を見る。
うん、もうノーブル・アンツはいない。
でもどこの貴族の従者か知らないけど、街に残って僕を探しているらしい。
捕まる気はないね...いやそれだと犯罪者っぽいな。
観察する限り貴族の従者は僕をかなり必死で探しているらしい、どうやら厄介なのに目をつけられた様だ。
まぁ正直どうでもいいしこの部屋はセキュリティはしっかりしてるしプライバシー関連もバッチリ。もし宿に押しかけられても客には守秘義務がある。
だから近い内に去るとはいえここに籠ってるのが安全だろう。依頼は終えたんだ、上級貴族にプライベートであまり関わる立場じゃない。
それにしても、
...1ヶ月と何日か、
僕がこの世界に転生してから結構経った。
転生したあの日、最初に出会ったハリス公爵家。
そして最初に受けたティナお嬢様のネックレス制作依頼。
ようやく終わった...んん〜...はぁ、大仕事完了。
今に思えばあっという間だったなぁ。
ゲームでは味わう事の無かった感覚。
リアル故の感覚。
どこかのステージどこかの場所にこっそり店を出し、偶然僕を見つけたプレイヤーに条件を提示して宝石を売る。
弟と妹に誘われる時以外は死ぬ前までほぼそんな感じだった。
どこかで区切りをつけ、姿を消す。
噂を聞きつけた時にはもう遅い。
僕はもういない、そんな毎日。
ーーーーー
ある日、ある場所...
「...。」
どこかの街の隅、
どこかのカフェ。
「あ、見つけた!」
静かなカフェに響く声。
彼は“俺”を探していた様だ。
「...いらっしゃい、俺に何か用かい?」
「宝石を売って欲しい!」
「そうだな...じゃあレベルはいくつ?」
「210だ。」
「ふむ、じゃあ何か自信のある実績はあるかい?」
「討伐実績表だ。」
「どれどれ...おお、ソロでアイツを何度も...うん。いいよ、君に宝石を売ろう...何が欲しい?」
彼は中級のプレイヤーだった。
でも難易度の高いボスをソロで何度も討伐。
結構驚いたさ、彼には宝石を売る価値があった。
「ありがとうございます!やったー頑張った甲斐があったぜ!!」
「毎度あり、帰りは気をつけるんだよ。」
「ああ待った、一つ聞いていいか?」
「ん?」
「エイトさんって、その...プレイヤー...だよな?」
「え、そうだけど。」
「そうだよな!?あービックリした。」
「...やっぱ俺がNPCじゃないかって噂本当だったのか...。」
「色々飛び交ってるんですよ、最近はあのツインヘルと一緒にいるっていう目撃情報から一定以上の宝石を買えばパーティNPCに組み込めるとかってさ。」
「ええ...なにそれ。あの二人は、」
「あ、いた!兄さん!」
「え...え、えええ!?」
「テュール、フィール!今日は早いな。」
彼の後ろには知っている二人。
灰色肌とプラチナ色の髪の魔族アバターの双子。
弟と妹。
[ファンタジーオブエレメント]“最強”のデュオプレイヤー[ツインヘル]。プレイヤー名は弟のテュール、妹のフィール。
「つ...つ...ツインヘル!?それに兄さんって..え..え??」
「あ、どもー!」
「あれ、忙しかった?」
「いや、もう終わったよ。早く行こうか。」
「あ...。」
「じゃあね、またのご利用お待ちしております!」
そう言ってカフェを出た。
「...なんだ、本当にただのプレイヤーじゃないか。心からゲームを楽しむただのプレイヤーだ。噂なんて所詮噂だな。」
ーーーーー
!...いつの記憶か、夢を見ていた。
寝落ちてしまったな...まだ夜中だ。
星が綺麗だな...いや違う。
あれは...街の南東方面に見張らせていた宝石。
どれどれ...。
「...っ!」
...!?
「貴方、何をしているの!?」
「何と言われましても...見ての通り人質です。貴方はあの宝石商の娘と接触していましたよね、居場所を教えて頂ければこの子は解放致します。」
従者格好の男が近くの住宅から子供を拐い、見回りをしていた自警団へ僕を呼ぶ様人質にしたらしい。
現場にはライラさんもいる。
「宝石商の娘...?」
「っぁっ!?」
「!?」
「早くしてください、この子がどんどん痛い目を見ますよ?我が主はそれ程我慢強い方ではありません、宝石商の娘を屋敷へ招かねば私の命が危ないのですよ、はい。」
「...貴様!!」
...なりふり構わないってか、どうやら王国にもヤバい奴はいたのか。
どれ、もう一仕事だ。
「僕に何か用かな?」
「な!?」
「え、エイトくん!」
「おや、これはこれは。」
男はなんと女の子を適当に投げ捨てる。
「探しておりました、私は...ぶぐぉっ!?」
顔面を殴った。
「へぐぅ!?」
すかさず蹴りも入れた。
「お前の言葉に用はない。」
魔道具、[写鏡]。
「な、あ...あ...。」
一度だけ鏡に保存した魔法を放てる。
これはティナお嬢様の洗脳魔法だ。
「主の元へ案内して欲しい。あーそれと僕を招こうとした理由も聞いていいかい?」
「...勿論です。」
「それと。」
僕はヒール石を砕く。
皆の傷が癒える。
女の子も何事も無かった様に眠っている。
「ライラさん...その子をお願いします。」
「...わかった、気をつけてね。」
「はい。」
3日後、王国内でも怪しい噂が立っていたある貴族の屋敷が燃えた。原因は蝋燭の不始末が原因だと発表されたが、その貴族は何かに酷く怯えており表から姿を消したという。