第六話後編 八坂の勘
予定通りの投稿&そこそこの長さ。毎回こうだといいですね。
その日の帰り道。
俺は八坂に、色が見えなくなってからのことを話すことにした。
「ちょうど、一年くらい前だ。八坂が声を失うのと同時期。」
高校一年生になり、美術部へ入部した俺は、そこで毎日絵を描いていた。
初めは、森の風景や、山の景色。
自然の風景を描くのが、楽しかった。
ある日、俺が描いた絵が、美術展に出展されることになった。
そこで、多くの人から評価されて、気付いたら、俺の作品は何かの賞を貰っていた。
それが、今俺の部屋に飾っている絵だ。
今では、毎朝見る度に溜息の原因となってしまっている絵なのだが。
先輩達に褒められ、同年代からもすごいすごいと賞賛されて、気持ちがよかった。
林堂先生にも、とても褒められた。
嬉しかったけど、その反面、申し訳なかった。
入部したての一年生が、二、三年生を差し置き、大きな美術展で入賞した。
傍から見たら、小学生が高校生の数学を解いたようにでも見えるのだろう。
でも、俺本人や、周りは、そんなことは無かった。
絵を描いているうちに、俺の周りからは人がいなくなっていたんだ。
入賞してから、一週間経った時のこと。
あんなにも、褒めてくれた先輩達は、俺を避け、陰口を言うようになった。
部室に行けば、俺の画架の周りには誰もいなかった。
みんなが、楽しく話しながら絵を描いている時に、俺は独りで絵を描いていた。
楽しかったはずの絵は、俺を苦しめるようになった。
気付いた時には、俺は、他の部員から、同じ部員だと見られなくなっていた。
ある人は、生意気だと妬み。
ある人は、才能だと嫌味を言い。
ある人は、ただ風景を描いただけと卑下した。
人は、自分よりも優れているものを、嫌悪する。
林堂先生に言われた言葉だ。
そして、自分よりも劣っているものを、嘲笑する。
これも、林堂先生の言葉。
今思えば、林堂先生なりの、励ましだったのかもしれない。
でも、その時の俺は、自暴自棄になっていて、何も信じられなくなっていた。
ある日のこと、俺は林堂先生に呼び出された。
「詩苑。今、楽しいか?」
たった一言。
ただそれだけで、俺の心は折れてしまった。
感情任せに、俺は言葉を吐いた。
もう嫌だ。辛い。苦しい。描くのが、楽しくない。
俺が絵を描いたら、みんなが嫌な思いをする。
俺は、絵を描いちゃいけないんだ。
初めて、ずっと好きだった絵を、拒否した瞬間だった。
泣きながら、喚き散らす俺をなだめながら、林堂先生は言った。
「・・・ごめん、な」
その時、俺は初めて、林堂先生の、泣きそうな顔を見た。
いてもたってもいられなくて、弱々しく俺の肩を掴んでいた林堂先生をおしのけて、その場から走り去ってしまった。
一歩、足を進める度に、廊下を進む度に、何かが抜け落ちていく感覚が全身を襲った。
涙で前は、見えなくて、ただ夕陽で眩しい世界が灰色に輝いていた。
【】
ふと、隣を見ると、白紙のメモ帳を握りしめている八坂が、なんとも言えない顔をしていた。
「・・・一旦休憩にしよう。えっと、時間あるか?」
全部話すにしても、長い話なので、帰り道程度では話しきれない。
俺の問いに、八坂は文字を書かずに、こくりと頷いた。
「じゃあ、何か買っていこう。喉乾いたしな」
ちょうど、目の前にコンビニがある。
近くには公園も。
そこのベンチで座って話そう。
それがいい。
コンビニでお茶を2本買って、公園のベンチに座る。
夕陽は、沈みかけで、スマホの時計は、午後五時半と表示していた。
「ふぅ・・・」
お茶を一口飲んで、息をつく。
レジ袋にペットボトルを入れ、八坂に向き直る。
「・・・ん」
メモ用紙が、俺の隣に置かれていた。
【シオンさん。あの。林堂先生とは、どういう関係だったんですか?】
「そういえば、話してなかったな・・・」
林堂先生と俺は、中学からの仲だった。
美術の先生として、林堂先生は俺のいたクラスの美術授業を担当していた。
中学の時は、まだ絵なんて描いていなかったし、楽しいなんて思ったこともなかった。
ある日の授業で、林堂先生は俺の絵を見て笑いだした。
「なんだよ。生徒の絵を見て爆笑しやがって!」
「悪い悪い。鳴瀬、お前面白い絵を描くんだな。」
「・・・はぁ?」
その日の課題は、簡単なもので、各々が小物を持ち込んで、それをいろんな角度から見て、いいと思った画角で絵にするというものだった。
もう名前も顔も覚えていないけど、ゲームキュ○ブを持ってきたアホなヤツもいた。
その授業で、俺は椅子を描いた。
美術教室によくある、丸い椅子だ。
小物を忘れた訳では無い。
ただ、思いつきで描いただけだった。
四脚の椅子を食い入るように見つめて、覚えたての遠近法を必死に使って描いた。
そうしてできた絵は、とてもじゃないが、綺麗なものではなかった。
ぐにゃぐにゃに曲がった椅子の脚、床と平行じゃない隣の机。
そんな絵を、林堂先生は笑った。
必死に描いた絵を笑われて、俺は少し怒った。
下手くそなのはわかっていたし、美術の先生だから、笑うほど下手に見えたんだって思って、遠慮はしたけど。
でも、林堂先生は、下手だから笑ってたんじゃなかったんだ。
「なんで背景だけこんな上手いんだ?」
「背景?」
どうやら、背景を描くのだけは上手かったらしい。
その反面、メインの椅子がダメダメで、つい笑ってしまったそうだ。
その日の放課後に、林堂先生に呼び出された。
「早く帰りたいんですけど」
「ごめんなわざわざ。ちょっとやってみて欲しいことがあってさ」
そう言いながら、林堂先生は筆と画用紙、絵の具を差し出してきた。
「窓から見える風景を描いてみてくれないかな?あー、今じゃなくていい。好きな時、好きな場所で描いてくれ。」
どういうわけか分からなかったけど、その頃の俺は
「わ、わかりました」
と、反射的に言ってしまった。
翌日、俺は早速絵を描いた。
その絵は、自分の部屋の窓から見える景色を描いた絵。
当時、マンションに住んでいたから、街の様子が一望できた。
遠くに見えるビルや、住宅街。
いつも行っているスーパーやコンビニ。
学校。
全部、その窓からは見えた。
描き始めてからは、すぐだった。
驚くほど自然に手が動いて、下書きだけだった画用紙に、色がついていった。
空の色、ビルの色、窓ガラスの光の反射。
影、車、人、豆粒のようにしか見えないものまで、細かく色をつけた。
楽しかった。
まるで、写真のように、俺の絵は景色を写し出していた。
「・・・すごいな」
「先生!!」
「鳴瀬、お前すごい絵を「もっと描いてみたい!!!」
「・・・絵を描くのは、楽しいか?」
「たのしい!!!」
初めてだった。
何かに、全力で楽しいと思いながら熱中するなんて。
それからは、毎日のように先生に絵を教えて貰った。
風景だけじゃなく、物を主役にすることや、生き物を描く時意識すること、油絵と水彩画の違い。
絵に関する色々なことを教えてもらった。
あっという間に、時は過ぎて、中学三年生になった春。
「・・・なんで」
「だから、仕方ないんだ。先生も仕事だから」
林堂先生の転勤が決まったんだ。
「俺は、嫌だ」
「俺だって嫌だ。でもな、詩苑。仕方ないんだ」
「仕方ないだけで納得できない」
わがままなのは分かっていた。
でも、林堂先生に、絵を教えて貰えなくなるのは、嫌だった。
「・・・一年だ」
「・・・なにが」
「みんなにはまだ言ってないけど、次に行く学校は高校なんだ」
「高校?」
「そう。しかも、普通の進学校。だからな詩苑。一年時間をやる。しっかり考えろ。」
きっとそれは、林堂先生のいる高校に進学するか、別の学校に行くか。という事だった。
答えは、決まっていた。
「・・・行くよ。絶対」
「・・・呆れた。お前どんだけ俺のことが好きなんだ?」
「先生が好きなんじゃなくて、絵が好きなんだ」
「言うようになったじゃねえか。このやろー」
そう言った先生の顔は笑っていた。
【そんなことがあったんですね】
「ほんと、色々あったよ。」
今になって思う。
林堂先生には、頭が上がらない。
一度、逃げ出した俺に、もう一度、絵を描いてほしいなんて。
あんなに嫌だって言ったのにな。
期待してるんだろうか、それとも、俺以外にアテがなかったのか。
【シオンさん】
「・・・なんだ?」
【絵は、まだ好きですか?】
なんだ。藪から棒に。
「好き、だと思う・・・多分。」
確証はない。
一年前、俺は絵を描くのが嫌になったから。
でも、まだ心のどこかで、描きたいという気持ちは、ある。
今まで、そんな気持ちはなかったのに。
不思議な気分だ。
キュッと、隣に座る八坂が、右手で俺の左手を握った。
【なら、よかったです】
それと同時に、俺が見た八坂の笑顔は
「っ・・・」
美しかった。
「伏見」
「はい?」
「詩苑の様子はどうだ?」
「うーん・・・まだ踏ん切りがついてない感じだと思いますよ」
「そうか・・・お前はどう思う?」
「何がですか?」
「詩苑は、やってくれると思うか?」
「それは僕じゃなくて、自分に聞くべきだと思いますけど?」
「お前も言うようになったなぁ・・・」
「そりゃ、詩苑の数少ない友人ですからね」
「成長したな。お前も、詩苑も」
そうかな・・・?
先生から見たら成長したように見えてるのだろうか。
「っと、そろそろ帰ります」
気付けば、外は暗くなり始めていた。
「もうそんな時間か。悪いな、また手伝わせて」
「気にしませんよ」
「気をつけて帰れよ。最近は不審者が多いからな。襲われないようにな」
「詩苑みたいなこと言わないでください」
「もしもし。詩苑?明日暇?うん、うん。ならよかった。なら明日街に出ない?行ってみたいところがあってさ。詩苑さえ良ければ、林堂先生も誘うけど・・・どう?さすがに嫌だ?だよね。え?八坂さんを?なに、付き合い出したりしたの?うそうそ、ごめんからかっただけだよ。おっけー、分かった。じゃあ明日駅で。うん。じゃあね、また明日。」
続
お疲れ様です鈴ほっぽです。
さて、詩苑君と八坂ちゃんは最終的にどうなるんでしょうかね。
次回辺りから碧くんと林堂先生も動き出します。
それでは次回をお楽しみに。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




