第六話前編 八坂の勘
今回は非常に短いです。ごめんなさい。
【お願いします。絵を描いてください】
夕陽の差し込む教室で、俺と八坂は見つめあっていた。
その間にあるのは沈黙で、俺は、驚きを隠せずにいた。
・・・その言葉は、どういう意味だ?
「体育祭のことか・・・?」
どうして、突然絵を描いてくださいなんて、言い出した?
八坂は、俺が色がわからないことを知らないはずだろ?
【体育祭のことも、あるんですが、シオンさん。自分のためじゃなくて、他人の為に、絵を描いてください】
ドクン、と心臓が跳ねる。
他人の・・・為に?
絵を描く?
どういう意味なんだ?
俺は、今まで、誰のために絵を描いていたんだ?
わからない。
【シオンさんは、今、絵を描きたくないんですよね?】
息が苦しくなる。
どうして、八坂はそこまで知っている?
俺が絵を描きたくない事を知っている?
【シオンさん、絵の話になると、どことなく悲しそうな顔をするんです。声のトーンも落ちますし、林堂先生と話している時も、とても申し訳なさそうに話しています】
「え・・・?」
驚きだった。
八坂は、今までの俺と林堂先生の会話、俺の反応、声、表情、全てを見て、聞いて、この結論を出したのだ。
【シオンさん。シオンさんは、どうして絵を描こうとしないんですか?】
そんなの、そんなの決まってるだろ。俺には色が見えないんだ。わからないんだ。今見ている夕陽の色も、空の色も、教室の色も、カーテンの色も、八坂の色も、全部俺には黒と白の配合色にしか見えないんだ。
なんとなくこの色は赤だとか、青だとか、感じることはある。
でも、明確にその色が見えるわけじゃない。
【林堂先生に、見せてもらいました。シオンさんが描いた絵。】
【とても、綺麗でした。絵の中で、風景が生きていたんです。風が吹いて、木をなびかせて、川に水が流れて、とっても綺麗な絵でした。】
もういいんだ。
【あんなに凄い絵を描けるのに、どうして、シオンさんは、】
やめてくれ。
「八坂」
ただ、名前を呼んだだけだった。
でも、八坂はそれだけで、メモ用紙に走らせていたペンを止めた。
「もう、いいんだ」
俺は、なんてみっともないんだ。
気付くと、俺の目からは、涙が流れていた。
子供みたいだ。俺。
なんて答えればいいんだ。
「・・・え」
突然、身体が暖かいものに包まれた。
涙で歪む視界の先に、八坂がいた。
八坂は俺の事を抱きしめていた。
「八坂っ・・・!?なにしてんだ・・・!」
だが、不思議と振り払う気にはなれなかった。
彼女の頬には、俺と同じ涙が流れていたから。
「・・・八坂?」
ゆっくりと八坂は離れ、メモを取り出した。
【私がいます】
「・・・っ」
たった一言。
その一言だけで、涙が止まらなくなった。
【シオンさんが辛いのは、よく分かります。】
「じゃあ、なんで」
俺に絵を描いてほしいなんて、言ったんだ。
【見たかったんです。シオンさんの絵】
「見たかった・・・?」
【この前、林堂先生の実家に行った時のシオンさんは、すごく楽しそうだったんです】
楽しそうだった?俺が?
あんな何も無い田舎で、長時間バスを待たされたのに?
【私には、今すぐあの風景を描きたがっているように見えました】
「そんな、こと」
ない。とは言えなかった。
確かに、あの風景はとても自然で、綺麗だった。
色がわかるなら、俺はあの場で絵を描こうとしていただろう。
【シオンさんは、まだ絵を描きたいんですよ。シオンさんは、絵を描きたくないって、理由を勝手に付けてるだけなんです】
八坂の目は真剣だった。
「・・・俺は」
八坂の顔から、目を逸らし、窓の外を見る。
夕焼けは、ゆっくりと沈み、辺りをだんだんと暗くしている真っ最中だった。
灰色の世界は、だんだんと仄暗い色へと変わっていく。
言えば、いいのだろうか。
彼女に、色がわからないことを。
わかってくれるだろうか。
「っ・・・八坂?」
気付くと、八坂は俺の顔を両手で包んでいた。
ぐいっと顔を引き寄せられ、八坂の顔が目の前にくる。
彼女はじっと、俺の目を見つめていた。
「・・・えっと、八坂・・・?」
さっきから混乱しっぱなしで、俺は言葉を失った。
どれくらいそうしていたのか、五秒か、一分か、一時間か。
今の俺には、分からなかったが、ようやく八坂が手を離し、一歩下がった場所で、不安そうな顔をしながら俺の事を見ていた。
再び、ペンを持ち直し、走らせる。
そして、いつものように、文字を、言葉を、伝える。
【この文字、何色に見えますか?】
え?
唐突な質問に、何故か頭の中が冷静になった。
でも、なんでそんな質問を?
「・・・」
俺が黙り込むと、八坂はぐいっとメモ用紙を突き付けてきた。
・・・答えろってことか。
「黒。だろ」
文字を書く時は、基本黒を使うだろう。
だが、俺の返答を聞いた八坂は、何か納得したような顔をしていた。
少し、驚いていたようにも見えた。
ああ、その色は、黒じゃないんだな。
だから、八坂は、驚いているんだ。
もしかして。それが事実だったんだ。
驚くだろう。
「・・・八坂、それは何色なんだ」
もう、仕方がない。
【赤です】
「・・・そうか」
鈴ほっぽです。最近時間が無くて長く書くことが出来ずにほんとに申し訳ないです。
次回は長くかけたらいいなぁと。
さて、この辺から物語は動き始めるのかなぁと言った感じでございます。
では、最後まで読んでいただきありがとうございました。




