第十八話 借り物か狩る者か 後編
ごめんなさい日付またいじゃいました許してください
乾いた発砲音と共に、俺を含めた選手が全員、一斉に走り始めた。
初めはただの徒競走と同じだ。
全速力で走る。
「よし」
スタートラインから五十メートル程の地点に置かれた、机の上。
そこにあるメモを一つ適当に取る。
どんな借り物が書いてあるかは知らないが、無茶なものじゃなければなんでもいい。
やるからには勝ってやる。
短い全力疾走で高鳴る胸と息を、大きく息をして落ち着けながらメモを開く。
「・・・あ?」
そして書いてあった内容を見て戸惑う。
やっべぇなこれ・・・
そこには、
【化粧している人】
と書いてあった。
化粧している人だぁ?
咄嗟に周りを見回した。
うちの学校は学校祭と同じように、体育祭も一般の人達に見て貰えるように、開放される。
だから観客に沢山の人達がいる訳だが・・・
俺に見ず知らずの人に声をかけるなんてことは出来ない。
いや、したくない。
くっそ!なんでこんなお題なんだよ!
化粧している人なら腐るほどいるが、その中に知り合いがいるかどうかで言うと、
「いねぇっ!!!」
どうする!このままだとゴールできねえぞ!?
俺がそんな風に、お題のメモが置かれた机の周りを右往左往していると、放送がかかった。
「もしお題が自分には絶対に無理だ!なんて感じの人は、違うメモを取ってもらっても構いません!」
「それ先に言えぇぇぇぇ!!!」
その放送を聞いた瞬間、思わず突っ込んでしまった。
そんなことしてる場合じゃない。
こうなったら簡単なお題が出るまでメモを開きまくればいいんだ。
我ながらクズのような発想だと思うが、知らない人に声をかけたくないので致し方ない。
手に持っていたメモを机に置いて、すぐ隣にあったメモを取って開く。
【赤色の下着を身につけた人】
「アホかッ!?」
速攻でメモを机に叩きつける。
なんだよそれ!一人一人に下着の色聞けってか!?
最悪逮捕じゃねえか!
「次っ!」
叩きつけたメモのそのさらに隣のメモを開く。
【はずれ】
「・・・」
絶句した。
まさかキツいお題が書いているわけでもなく、ただ手書きでふにゃふにゃな文字ではずれと書かれていた。
初めてこんな肩透かしをくらったが、意外とむかつくもんだな。
俺はそのメモを無言で破り捨てた。
さ、次だ次。
【好きな人】
よし分かった俺は化粧している人を探すことにします。
レベルの高いお題に俺の心が砕かれた瞬間だった。
結局、振り出しに戻っただけだったちくしょう!
どこかに知り合いで化粧している奴はいないのか!?
どこか・・・どこかに!
「・・・そうだ!」
その時、俺に電流のような閃きが走った!
つい数分前の記憶。
林堂先生の発言を思い出せっっっ!!!!
「今日は桜木も来ている」「もしかしたら使えるかも」
これだぁぁぁぁ!!!!!
「どこだ!?どこにいる!!!」
自分でも天才だと思う閃き。
俺はほかの選手と同じように、観客席に沿って走り始め、桜木さんを探す。
ぐぬぬ・・・こんな時色が見えれば!!!
桜木さんの化粧なんて丸わかりなのに!!!
白黒で桜木さんを見分けるのはキツい!
単体でいる時はその化粧の濃さにかなり目を引かれるが、今のように集団の中にいると、あの光を反射するほどの濃い化粧すら埋もれてしまう。
「・・・っ!」
走り始めて三十秒程、桜木さんを見つけた。
だが、
「お兄さんいい身体してるじゃない。なにかスポーツとかしてるの?」
「は、はいっ。たしなむ程度にですが・・・ラグビーを」
「あらぁ。通りでそんな素晴らしい大腿筋している訳だわぁ」
うちの学校のラグビー部の顧問をナンパしていた。
「何してんだアンタ!?」
「あらぁ詩苑くんじゃない。頑張ってるわね」
「そうですよ頑張ってますよ!てか学校の教師をナンパしないで下さい!」
「ナンパだなんて人聞きが悪いわぁ。ただいい筋肉してるなと思っただけよ」
「先生も先生でまんざらじゃない反応しちゃだめだろ!?」
「まあまあ、それで、どうしたの?」
そうだった。俺は桜木さんを借りなければならないんだ。
「桜木さん、一緒に来てください」
目的を思い出した俺は、桜木さんに頭を下げた。
すると、
「まあ。そんな頭を下げることでもないじゃないの。ふふっ、アタシを借り物にするってわけね。ええ分かったわ。喜んで引き受けるわ」
桜木さんはムキムキな右手で俺の手を握る。
「ありがとうございます」
桜木さんにお礼を言って、走り出す。
桜木さんもそれについてくる。
「・・・あれ?」
ゴールに向かって俺と桜木さんは一心不乱に走った。
途中、桜木さんの身長が大きく、歩幅が大きいからなのか、初めは俺が前にいたはずなのに、気付けば俺が手を引かれているような状況になってしまったが、その分俺も早く走ることが出来たおかげか、見事三位でゴール。
だから何かあるって訳でもないが・・・
「おつかれー」
待機所に戻ると、碧が風船アイスを口にくわえながら労ってくれた。
「まだそれ売ってるのか・・・」
風船アイスなんて絶滅したと思ってたぞ・・・
「僕の家の近くのアイス屋さんに売ってた。懐かしさで買っちゃったよ。詩苑も食べる?クーラーボックスで持ってきてるから」
と碧の座る場所の隣に目を向けると、釣り人がよく座っているような大きさのクーラーボックスがあった。
いやまて、今朝そのクーラーボックス持ってきてなかったよね?
どっから持ってきたんだよそれ。
まさかお前猫型な未来ロボットだったりする?
どこにでも行けるドアとか持ってたりするの?
「さっき母さんが持ってきてくれたんだ」
「・・・なるほど」
てっきりの次元的なポケットの中から取り出したのかと思った。
俺は碧から風船アイスを受け取って、吸口の先端を噛みちぎる。
すると、程よく溶けたアイスが勢いよく飛び出した。
「うおっ」
慌てて口で蓋をすると、ひんやりとしたアイスが体に染み渡る。
「・・・うめぇ・・・・・・」
夏はやっぱアイスだなぁ。
「あっ。詩苑。第三走始まるよ」
碧に言われて、俺はグラウンドに目を向ける。
スタートラインには、林堂先生と八坂が隣同士で並んでいた。
その他にも、林堂先生と同じ運命をたどったのか、ほかのクラスの担任が数人並んでいた。
生徒は八坂を合わせて四人ほど、先生は林堂先生合わせて六人。
先生の方が多いってすげえな・・・
そんな中での八坂は、身長がそんなに大きくないせいかかなり影が薄い。
注目していないと、いることすら分からないほどだ。
「林堂先生って走れるの?」
碧が言う。
「運動はそこそこって言ってた気がする」
でも実際に運動してるとこは見たことないな・・・
「八坂さんは?どうなの?」
「八坂?」
なんでそこで八坂に話が飛ぶんだ・・・?
まあいいか。
「八坂は走るの得意じゃないって言ってたな・・・まあさすがに転んだりはしないだろ」
走ってるの見た事ないけど。
「っと、もう始まるぞ」
気づけば、スターターピストルを持った生徒会役員がスタートラインに立っている。
会場が一斉に静まり、さあっと風が吹く音だけが聞こえる。
そして、次の瞬間。
パァンッ!!
スタートを告げる音が鳴り響いた。
続々とお題が置かれた机に向かう走者。
走る速度は皆同じくらいか。
林堂先生も八坂も、そしてほかの走者たちも、お互いそんなに距離は離れていない。
八坂は大丈夫だろうか。
見たところ、そんなに運動が不得意という走り方ではないが・・・
心配しつつ、借り物競争の様子を傍観する。
林堂先生が頭一つ抜けて、お題を手にした。
さて、林堂先生はどんなお題を取ったんだ?
手元を見つめる林堂先生。
三秒ほど熟考した後、ばっと顔を上げてこちらを見た。
「えっ?」
そして、全速力で駆け寄ってくる。
「うわうわうわうわ」
やばいやばいこわいこわい。いい大人が必死の形相で全力疾走してくるとかめちゃくちゃ怖い。
俺が恐怖に打ち震えていると、林堂先生が目の前まで来て声を上げた。
「伏見ぃぃ!!!お前しかいない!来い!」
「え、僕ですか!?」
どうやら碧を借り物にするらしい。
「そうだお前だ!!来い!さっさとゴールして俺は職員室で寝るっ!!!」
おいアンタ教師って自覚ある?
「うわぁぁぁ!?わかりましたから引っ張らないでくださぁぁぁあ!!!!!」
見たことも無い形相で大人のフルパワーで腕を引っ張られた碧は、絶叫しながら林堂先生に連れ去られていった。
「ご愁傷さまです・・・」
俺はそんな碧に、手を合わせて労いの言葉を呟いた。
さて、林堂先生はいいとして、八坂はどうだろうか。
俺がそう思い、コースに目を戻そうとすると、
「うおっ」
目の前に八坂がいた。
夏の陽射しに照らされ、八坂の顔がよく見える。
汗の雫が光を反射し、キラキラと輝いている。
なんかモデルみたいだな・・・
八坂のそんな美しい光景を見ていると、八坂に突然手を掴まれた。
「えっ」
そしてぺこりと頭を下げられた。
・・・借り物になれということだろうか。
「・・・わかった」
まさか二回も走ることになるとはな・・・
俺は八坂の頼みとあらばと重い腰を上げた。
軽いランニング程度の速度で、八坂と手を繋いで走る。
彼女の長い黒髪が、一歩一歩進む度に揺れる。
その度にふわりとシャンプーのいい香りが漂い、俺は内心ドキドキしていた。
・・・女の子って汗かいても全然臭わないな・・・
八坂の歩幅に合わせて、走る。
ちょくちょく、八坂がこっちに目を向けるが、俺と目が合うとすぐに逸らしてしまう。
黒髪の隙間から覗く彼女の耳は、真っ赤に染まっている。
無言で走り続ける。
気づけば、走っているのは俺と八坂だけで、走り終わった走者たちや、観客は俺達に視線を浴びせていた。ゴールはもう目の前。
八坂は恥ずかしいのか、顔を伏せて、もはや歩いているのと変わらない速度で走っている。
・・・借り物競争なんだから仕方ないだろうに・・・あれか?俺と八坂がそういう雰囲気に見えるのか?
なんかそう考えると俺も恥ずかしくなってきたな・・・
さっさとゴールして教室に戻ろう。
「ん?」
そんなことを思っていると、八坂と繋ぐ右手に違和感。
「・・・」
きゅっと八坂が強く握っていた。
きっと八坂も今の状況を好ましく思っていないんだろう。
「・・・わかった。さっさとゴールして、こっから居なくなろうぜ」
俺が小声でそう言うと、手を握る彼女の手の力が緩くなり、八坂が顔を上げた。
そして俺のことを見て、小さく微笑んだ。
【さっきは助かりました】
あれから、八坂と手を繋いだままゴールして、そそくさとその場から立ち去り、俺と八坂はいつもの空き教室に来た。
「いいんだ。俺もあの状況は嫌だったからな・・・」
【その、借り物に選んじゃってすみません】
「それもいいんだよ。俺だって桜木さんを借りたからさ」
そう返すと、八坂は苦笑いした。
【もしも断られたらどうしようって思ってました】
「まさか。ああいう時はお互い様だからな」
まだ明るい陽の光が、雲にさえぎられて教室は薄暗くなる。
【あの、これ】
八坂がポケットから四つ折りにされた小さな紙を取り出し、俺に渡す。
「これは?」
【えっと、今は見ないでください】
「お、おう?」
【放課後。全部終わったら見て欲しいです】
そう言う八坂の表情は、とても真剣だった。
「・・・わかった」
俺もそう返して、八坂と一緒に窓の外に目を向ける。
借り物競争が終わったグラウンドは、次なる競技の準備で忙しなく生徒たちが右往左往している。
「次はなんだっけ?」
【確かドッジボールですね】
午前中にサッカーやらバスケやらで走りまくってんのに、次はドッジボールって・・・
「みんな元気だな・・・」
【ですね】
そんな雑談をしながら、俺と八坂は二人きりの教室で時間を過ごした。
ここは特等席。
みんなが頑張っている姿が見られるし、私達以外には誰もいない。
隣には詩苑さんが一緒に座ってくれている。
さっきまで繋いでいた手が熱い。
まだ、詩苑さんの手の感覚があるような、そんな感じ。
詩苑さんはどう思ってるのかな。
いきなり手を取られて走らされて、怒っているかな。
そう思って詩苑さんの顔を見るけど、恥ずかしくてまともに目を見れない。
でもきっと、大丈夫。
詩苑さんはそんな人じゃないから。
だって、詩苑さんは
【詩苑さん】
「ん?」
八坂が、珍しく俺の名前を漢字で書いた。
俺は何か、特別な意味があるんじゃないか。
そう思った。
胸が高鳴る。
八坂は次の言葉を丁寧に丁寧に書いている。
一体どんなことを言われるだろう。
そう思った矢先。
ピーンポーンパーンポーン
「ん?」
突然放送の音が鳴り響いた。
「全校生徒の皆さんに、連絡です。この後、三時より、雨の予報が出ています。そのため、屋外競技は、二時四十五分までとし、屋内競技をしている生徒の皆さんを一緒に応援しましょう」
雨?
そんな天気予報見てないぞ?
【急に低気圧が発生したみたいです。あまり激しい雨にならないといいですね】
隣を見ると、八坂がスマホでその予報のことを調べていた。
「そうだな」
結局、八坂が何を言おうとしていたのか、聞けなかった。
少しモヤモヤする気持ちを抑えて、窓の外に向き直る。
【シオンさん】
「・・・なんだ?」
申し訳なさそうに、八坂が言う。
【実は、私、すっごく緊張してるんです】
「・・・」
【もし、失敗しちゃったらどうしようって。ずっと思ってるんです】
八坂はとてもつらそうな表情で言った。
俺は、そんな八坂を見て、胸が苦しくなった。
だって、俺も同じ気持ちだから。
本当に大丈夫か?みんなに認めてもらえる絵を描けるのか?
ここで失敗したらどうする?
そんな考えが、ずっと前から付きまとって離れない。
だけど、きっと大丈夫。
俺にはそんな余裕が、不思議とあった。
「大丈夫だよ」
ただ一言。八坂の目を見て言う。
たったそれだけ。
それだけで、八坂はなにか決心したようで、
【そうですよね】
と言うと、立ち上がった。
「八坂?」
【シオンさん】
そして俺に向き直って、メモ用紙一枚一枚に大きく文字を書きだした。
少し待っていると、彼女は両手でメモ用紙をまとめて、ピラッと俺に向かって裏返した。
そこには
【一緒に頑張りましょうね!】
と、書かれていた。
「・・・」
驚きか、それともほかの何かの感情か。
俺はその大きく大きく書かれた文字を見て固まっていた。
そしてしばらく経ってから、
「・・・ぷっ」
【え】
「あっははっ」
と笑い始めた。
【な、なんで笑うんですか】
「ごめんごめん。いきなり何を言うかと思ったら。あはは」
【も、もしかして変でした?】
八坂は恥ずかしそうにメモを隠す。
「いや、全然。むしろ嬉しいよ」
【え?】
「八坂がそう言ってくれて、俺は嬉しい」
これはきっと、八坂の気持ちだろう。
そして、俺の気持ちでもある。
二人で頑張って、今日を乗り切る。
いや、俺たちだけじゃない。
碧や林堂先生。
ほかの部活の人達。
全校生徒。
みんなで頑張って、放課後のライブは成功させる。
八坂の言葉で、俺は自信がみなぎった。
「八坂」
【は、はい】
突然立ち上がった俺に驚いたのか、八坂は後ずさりする。
そんな八坂に向かって、俺は
「絶対成功させような」
と言って、右手の小指を差し出した。
すると、八坂もクスッと笑いながら、左手の小指を俺の小指に引っ掛けて。
【もちろんです】
と言いながら、きゅっと指を折る。
指切りげんまん。
この歳になってやることになるとは思わなかった。
約束を破ったら針千本飲ますだなんて。
八坂と笑いながらそう言って、指を離す。
これで、俺達はもう失敗出来ない。
絶対に成功させる。
そう、約束したから。
緊張で、足が震えても、
怖くて、一歩を踏み出せなくても、
支えてくれる人がいる。
そう思えば、
俺は、
八坂は、
頑張れるんだろう。
続
どーも鈴ほっぽです。
今回も遅れてしまい申し訳ないです。
さて、今回は借り物競争編終わりです。
さあ、次回からクライマックスに近づいていきます。
もしかすると、じっくり書くので土曜日には間に合わないかもしれませんが、もしその時はゆっくり待っていただけたら幸いです。
では今回はこの辺で、
最後まで読んで頂きありがとうございました。




