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高嶺の花。  作者: 空雪
6/6

6.約束

 



「……て」


 暖かい太陽の光が真っ暗な視界の中差し込んでくるのを感じた。


「おきて……さん」


 すぐそばで誰かが何かを言っている。でもなぜだろうか、目を覚ましたくない、このままずっと寝ていたい。

 頭はもう覚醒し始めているというのに。


「ヒズミさん、起きて」


 名前を呼ばれる。

 声の主はどうやら俺に起きて欲しいらしい、でも俺は寝ていたい。このままずっと、夢を見ていたい……だけど。


 光はすごく眩しくて、自然と目が開いていった。しかし、またその眩しさにあてられ再び目を閉じる。

 ぼやけた視界の中で、目の前に今一番会いたくなくて、一番会わなければいけない人がいた気がしたんだが。


「あ、起きたの?」


 首筋に自分のものではない息がかかった。

 それほどに彼女は俺のそばにいる、ということ。これはまずい。


 恐る恐るもう一度目を開けると、なんと鼻と鼻がくっついてしまいそうな、そんな顔の近さで、先程まで感じていた眠気が一気に吹っ飛んでいく。

 数日前に覗き込まれた時の比ではないほどに。

 しかも心なしかどんどん近づいてきている気がする。


「お前……」


「おはよう、ヒズミさん。また朝にあったね」


 起きたのを確認するためか、俺の目を覗き込んできた彼女。

 嬉しそうな顔をすると同時に、海色の綺麗な瞳が揺れる、寝起きだからかその目が一際神秘的に思えた。


 深い海の色。


「…………綺麗な目だな、俺、青色ってすきなんだ」


 まだ10代になったばかりの幼女と勢い余ったらキスでもしてしまいそうな状況なのに、自然と口から出てしまった、完全に素の状態だった。

 何呑気なこと言ってるんだがと思った自分でも。


 現に今も頭の中は目の前にいるこの少女を拒絶したがっている。


「え?」


 そりゃあ呆気にとられるよな、成人男性にそんなこと言われたら気持ち悪い、しかも超絶イケメンならまだしもこんな暗いやつに。


「あ、いや、悪い……」


 回らない頭で必死に考える、今の状況の把握と、どう対処するかだ。

 まず俺は夜中、携帯も持たず家を出た。理由は分からない。あの口だけの約束未満のものを破ったことに罪悪感を抱いたから?俺はそんなに真面目だったか?

 いや、そもそもなんで夜中俺はあんな必死になっていたのか……りんへの興味、関心があるから?自分の事なのに、思考回路も行動も理解できない。


 あー、それで走って公園に行ってなんだかぐだぐだと女々しいことを考えながら睡魔に襲われ、気が付いたら朝になってた。それでたぶん登校中で通りかかったりんが俺を見つけて起こしてきた……こんな感じか?


 起こすのにこんな近付く必要は全くもってないと思うが、この公園と接している道が人通り少なくてよかった。


 一通り状況を整理してりんを見ると、彼女も何か考えているらしく黙って俺を見ていた。顔の造形はよく整っているし色素も薄いが、特別日本人離れしているわけではない。だから余計にその海色の瞳に惹かれるのかもしれない。


「……ヒズミさんがそう言ってくれるなら、私も好きだよ。自分の目」


 そう言って儚く笑う彼女を見ていると、途端に現実味が失せた。本や漫画から飛び出してきたのかというくらい綺麗で、俺は何も言えなくなってしまう。


 ……やっぱりおかしい。

 りんと会ったことがあるのなら、絶対に忘れない自信がある。


「まるで、本当はあんまり好きじゃないって言ってるみたいだな」


「うーん。だって、変でしょ?みんなとちがう目の色。みんな言うの、私は変な目の色をした変な子だって。この目のせいでお友達もあまりできないし、良いことないもん……」


 でも、とりんは続ける。


「ヒズミさんがきれいとか、好きって言ってくれるなら。私も好きになれそうかもって思ったから」


 青い目は真っ直ぐに俺の目を見ている。約束ひとつ満たせたない、汚れきってしまっている俺の目は、りんからどう見えているのだろうか。

 なんでそんな俺に褒められたからって、嫌いなものを好きになれそうな気がすると言えるのか分からない。


 好かれるようなこと何一つしてない以前に、出会って間もないんだ、本当にたった数日で、何をここまで?

 一目惚れと言っていたが、一目惚れされるようなイケメンでもないし、捨て猫を拾ったとかそんなことをした記憶もない。


「小学生もいろいろ大変なんだな……、ところで、いつまでお前はそんなそばにいるんだ。いい加減起き上がりたい」


「あっ、ごめんなさい」


 りんに見られる度に、罪悪感が蓄積されていっている気分になる。

 これ以上見られたくなくて、質問したのは俺なのに予想以上に冷たく返してしまった。


 申し訳なさそうに俺から顔を離すのを見て、むしろ謝らなければならないのは俺の方なのだと思い出す。


「あ、あのさ……って、いっ……!?」


 ようやく意識もはっきりしてきたので、上体を起こそうとする、が。さっきは焦ってたから気付かなかった、身体中がものすごく痛い。

 そういえば人間は20歳を境に衰えていくらしい、俺も衰えが始まっているのか……。


「どうしたの?大丈夫?」


「あー、だい、平気」


 眉を八の字にしたまま俺を労ってくる、りんからしたら俺は約束?を破った不誠実な男なのに、優しいものだな。


 体から悲鳴が聞こえるが、無視して無理矢理体を起こし、改めてきちんとりんを見る。海色の目はやっぱり俺を捕らえて離してはくれないようだ。


「……悪かったな、来れなくて」


 ごめん、という言葉は出てこない。久しく心から謝るようなことなんてなくて、普段から挨拶も感謝も謝罪もあまりしないような人種だから、なんだかいうのが恥ずかしい。

 みゃあちゃんにならいくらでもそれらは出てくるのに、不思議なものだ。


 何を言われるのか少々怖くて、りんから目を逸らし俯いてしまう。我ながらその姿は情けない。


「……ヒズミさんにも用事があったんだよね、私、ヒズミさんの予定とか、何も聞かないままかえっちゃったし。次からはちゃんと聞くから!ね、かお上げて。そんな、さみしそうなかおしないで」


 その言葉は俺を許すどころか、自分にも非があったからというもの。でも今はそこより気になったところがあった。


 寂しそうな、顔?

 そんな表情まったくしていない、というよりずっと無表情なはず。

 試しに顔を触ってみるけど、やっぱり表情筋が死んでいるのか、変わりはないように思えた。


「そんな顔してるか?」


「してるよ。いつもさみしそうにしてるけど、今日はとくべつ?かな、さみしそうにしてる」


「……そんな顔してねーだろ」


「じゃあきっと、ヒズミさんは気がついてないんだね」


 そんな何でもないような、当たり前かのように話さないでくれよ。

 俺本当は寂しいのか?いや、そんなはずはない、だって今俺は幸せなはずだ。みゃあちゃんと一緒にいることができて、好きな人に嘘でも好きだって言われて、抱くことができて……不満なんてあるはずがないだろう。あってはいけない。

 いや、違う。このままじゃダメなのは分かってるんだ、分かってる。


「ほら、そういうかお。あ、ね、ヒズミさん。今日はがっこー終わったあと時間ありますか?」


「え?ああ、まあ……」


 分からない。

 自分の気持ちとか、よく考えているし分かってるつもりだったけど、そこに罪悪感や嫌悪感はあれど、寂しさなんて感じた記憶がない。


「じゃあ、今度こそ約束しよ!今日は私といっしょにおしゃべりの日」


 りんと話していると混乱することばかりで、謎がどんどん増えていく。

 それがみゃあちゃんな大学の奴とも全然違った種のもので、なんだかとても新鮮なのも事実だ。


 だからなんとなく、少しりんと話してみたいとか血迷ったことを思ったのかもしれない。


「わかった。今日は講義が3講で終わりだから……15時過ぎくらいにはここに行ける」


「ほんと?じゃあ15時半に待ち合わせしよう」


「ああ」


 今日の予定はすぐに決まり、りんはとても満足気に笑っている。

 そんな顔を見て、安堵するとともに少しだけ気が晴れる。それに用事ができればサークルに行かなくて済むから。

 一旦みゃあの親とか、そういう類の話から距離をとって考えてみる時間も必要なのかもしれない。


 ああ、また逃げてる、と思いつつもやめられない。目を逸らし続けたい。


「よかった、うれしい。色々決まったし、もうそろそろ私行くね。ヒズミさんもちゃんと行くんだよ?」


「あー、また、後でな」


「うん!」


 元気な返事だな。


 話し終えたりんはこの間の朝と同じように、何度も振り返り手を振り、公園の出入り口付近でようやく振り返ることなく去っていった。


「俺も行くかな」


 今度はできるだけ溜息をつかないように。また幸せが逃げちゃうって言われてしまう。




 ……本当は、今自分の置かれている立場が幸せじゃないことくらい理解できている。

 でも、やっぱり逃げたいんだよ。

 いつかこんなおもいから抜け出せる日が来るのだろうか?


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