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幼馴染が吊り橋効果を狙って肝試しに行こうと誘って来たから、全部の心霊現象解明してムードもへったくれもない状態にしようと思う

作者:玄武聡一郎

「アラタ君! 肝試し行くよ!」
「いやだけど」

 がーん、という文字が背後に見えそうな顔で、幼馴染の夕狩紅葉ゆうがりもみじは僕の袖を握った。

「な、なんで? どうして?」
「いや、だってそもそも『行くよ!』っておかしくない? 『行かない?』とか、『行きたいなー』なら、まだわかるよ。なんで断定系なの。僕の意志どこに行ったの? 出張中なの?」
「じゃ、じゃぁ……肝試し、行かない?」
「行かない」
「話が違う!」

 別に誘われ方が変わったからと言って、行くとは一言も言っていない。
 僕がここまで肝試しを固辞するのは、ひとえにこの肝試しの裏にある策略を知っているからだ。



『アラタ君、どうやったら私のこと好きになってくれるかなぁ』
『幼稚園の頃から一緒だっけ? 中々異性として認識されるの難しそうだよねぇ』
『だよねぇ……』
『じゃぁあれしかないんじゃない? 吊り橋効果!』
『やっぱり、それしかないかぁ』



 女子の噂話というのは、どうしてこう、ファイアウォールがなってないんだろう。
 教室の出入り口の脇で喋ってたら、聞こえるにきまってる。
 幸いというかなんというか、向こうは僕に聞かれていたことに気付いていないらしい。

「なんでそんなに嫌がるの? 夏だよ? 肝試しだよ?」
「海水浴とかキャンプファイヤーも、夏だよ」
「あ、海水浴行きたい!」
「2AのクラスLINEに予定上がってたよ。まだ答えてないの?」
「あー! 忘れてた! 出欠確認って後でぽっちっとしよーって思うんだけど、ついつい忘れちゃうんだよねぇ……って、違う! 違うよアラタ君!」
「ちっ……」

 いつもならこんな感じで話を逸らし切れるのだが、どうやら今日の紅葉は一味違うらしい。
 まぁ、いつもの通りポンコツ可愛いのは変わっていないが。

 先に断っておきたいのは、僕はこの夕狩紅葉の事が別に嫌いなわけではない、という事だ。

 逆に好きだ。
 一周回って好きだ。
 際限とめどなく好きだ。

 ちょっとアホっぽくて、なんならアホで、ポンコツで方向音痴で不器用で、優しくて面白くて、一緒にいて飽きない紅葉の事が、大好きだ。

 だからこそ、吊り橋効果で付き合ったんだ! みたいな変なお膳立てはいらないのだ。
 僕は普通に告白して、普通にオッケーしてもらいたい。

 去年紅葉は一つ上のサッカー部の先輩が好きだったと言っていたけど、彼がどこかへ転校してしまってからは、しばらく好きな人がいないものだと思っていた。
 そこに来てこの状況。
 嬉しくないと言えば嘘になる。
 けれど、吊り橋効果で好きになってもらったと思われては、たまったもんじゃない。
 僕が一体何年間片思いしてきたと思ってるんだ。

「ね、行こ? 行こうよアラタ君……」
「だから……」
「……だめ?」

 僕の袖をちょこんと掴んで。
 十五センチほど下からうるんだ瞳で見上げてくる紅葉は、それはそれは可愛くて。

「……いいよ」

 僕はつい、首を縦に振ってしまった。

「ほんと⁈ やったー! アラタ君大好きっ!」

 お前それもう告白してね?

 ここで僕もだよって言った方がいい?

 いやいや落ち着け、冗談だと思われたらそれこそ本末転倒だ。

 それにしても……僕ってちょろいなぁ……。


◇◇◇


 そんなこんなで週末……というか翌日。僕と紅葉は、昔廃園になったという裏野ドリームランドに来ていた。


 昼間に。


 もうね、ほんっっっっっとに紅葉さんポンコツ!


 なんで? 

 なんで肝試しなのに昼なの? 

 馬鹿なの? 

 可愛いの? 

 かわいいよ? 

 かわいいね!

 待ち合わせ時間を指定された時は本気で突っ込もうかと思ったけれど、まぁ僕にとっては好都合という事で、二つ返事でオッケーをした。

 今回の肝試しに際して、僕はある作戦を練った。
 それは、心霊現象をとことん怖くない解釈で解説し続けて全然怖くなくする、というものだ。
 そうすれば吊り橋効果もへったくれもないし、紅葉もそれで僕が好きになったとは思わないだろう。

 我ながら完璧な作戦だ。
 因みに、裏野ドリームランド、心霊、で色々調べてみたけれど、それらしい噂はヒットしなかった。
 紅葉は七不思議があるとか言っていたけれど、きっと地方限定のドマイナーなやつに違いない。

「な、中々ムードがあるね、アラタ君」
「あー、そうだね。人もいないしね」
「どきどきするね!」
「いや、あんまり」
「なんで⁈」

 そりゃ、そうだろう。
 人影はないとはいえ、まだ二時半。
 太陽はびっかんびっかん照り付けてきていて、こんな中で幽霊が出てきたら一瞬で除霊されそうだし。
 突き抜けるような青空はとっても清々しくて、こんな中で幽霊がでてきたらうっかり「あ、こんにちは」って挨拶しそうだし。

 まぁなんにせよ、怖くはない。

「うーむ、中々の強敵だね、アラタ君は」
「敵なのか僕は」
「よし、とりあえずジェットコースター行こう!」

 そう言って僕の手を取り、紅葉はずんずんと進みだした。ちょっと大きめのポシェットが小さい紅葉の体に合わせてゆらゆらと揺れる。
 お化けなんか出なくても、もうこれだけでドキドキしてんだけどなー、とは思ったけれど。口には出さなかった。


◇◇◇


 さて、くだんの裏野ドリームランドの七不思議。
 その一つ目がこれ、ジェットコースター。

「ここのジェットコースター、事故があったんだって」
「へぇ」
「でね、その『事故』なんだけど……『事故』があったっていう意見は皆一致しているのに、誰に聞いてもみんな違う答えを返してくるんだって……」

 廃園して何年たってるのか知らないけど、雨風にさらされてすっかりボロボロになったジェットコースターの鉄骨を眺めながら、僕は言う。

「そりゃそうだろう」
「え?」
「だってその事故が一回だけだったとは、誰も言っていないだろう?」

 事故が複数回あれば、当然その意見は一致しない。単純な話だ。

「た、確かに……」
「なんで廃園になったのかは知らないけど、案外そういう不祥事が沢山起こったから、経営が立ち行かなくなったのかもしれないな」
「なるほど、アラタ君賢いね!」

 納得しちゃったよこの子。
 その内当初の目的も忘れてそうだな……。
 それならそれで、ただのデートとして楽しめて、僕は満足だ。
 デート場所はもう少し寂れてないところの方が良かったけどさ。

「じゃぁ次は、アクアツアー? ってやつ、行こ!」
「オッケー」

 るんるんと駆けていく紅葉を見ていると、僕も少し楽しくなってきて。彼女の後を追いかけた。


◇◇◇


 アクアツアーと聞いて、僕はイマイチどんなアトラクションなのかぴんと来てなかったんだけど、要するにボートに乗って一周する間に、いろんな生物の模型を楽しむアトラクションだったようだ。
 もしかしたら当時は本物の生物もいたのかもしれないけど、今はもう模型しか残ってない。

「このアクアツアーね、営業してた頃、謎の生物が見えることがあったんだって……」
「ふーん」
「しかもそれね、今も見えるらしいの……」
「あぁ、いるな。そこに」
「ひぇっ⁈」

 お前がびっくりしてどうするんだよ……。
 飛び上がって僕の右腕にぎゅっと抱き着いてきた紅葉にドキドキしながら、僕は左手で水中を指さした。
 こいつ、いつの間にかおっぱい大きくなってるな……。

「ど、どどどどどこっ⁈」
「ほらあの水の中。ちょっと水が汚れてて見えにくいけど……」
「あー! あー、あー……なにあれ?」
「なんだろな」

 それは魚のようにも見えたし、カバのようにも見えた。なんとも珍妙な生物だった。
 恐らく水の中にいるという事は、ギミックか何かで上にせりあがってくるようになっていたのだろう。
 水上で一瞬あんなのが見えたら、そりゃもう謎の生物でしかない。

「謎の生物だったな」
「謎の生物……だったね」

 そうとしか言えないねー、と僕らは顔を見合わせ、おかしくなって笑った。

「ははっ、噂なんてこんなもんだよ」
「あはははは! あー、お腹痛い。でもでも、次は本当に怖いかも!」
「だと良いな」

 怖がって僕にしがみついた時から握られたままになっていた手をそっと握り返して、僕たちは次のアトラクションへと向かった。


◇◇◇


「次はミラーハウスだね!」
「へぇ、中が全部鏡になってるのか」

 入り口から少し中を覗き込むと、一面が鏡に覆われた部屋が見えた。
 ここを潜り抜けてゴールを目指すアトラクションってことか。子供が好きそうだな。

「ねねね、これ今も入れそうだよ! 入ってみない?」
「危なくないか? 鏡だし、割れてたらケガするかもしれないよ?」
「だいじょーうぶ! 私今日、スニーカーだから!」

 うーん、と少し考えて、僕は首肯した。

「じゃぁスマホのライトで照らしながら、ゆっくりな。僕が先導するよ」
「了解であります、隊長!」

 びしっと敬礼のポーズを取って、紅葉はスマホを取り出した。敬礼は眉毛の端に手を付けないといけないんだよ、とツッコもうとしたけど、やめた。

「じゃぁ行こうか」
「うん!」

 中はやはり薄暗かった。
 天井が少し割れて、外の光が若干差し込む以外の光源はないから当然だ。
 スマホのライトをつけて、慎重に前へと進む。幸いにも鏡は割と綺麗なままで、床に落ちたりはしていないようだった。

「すごーい、アラタ君がいっぱい!」
「紅葉もいっぱいいるよ」
「見てみて! ライトが反射しまくってライブステージみたい!」
「ちょ、眩しいからやめろって。それにそんなに振り回したら危ない……」

 反射するライトが楽しかったからか、ぶんぶんとスマホを振り回していた紅葉の手が、どこかの壁にぶつかり、からんからんと音を立ててスマホが吹き飛んだ。

「ほら、言わんこっちゃない」
「あはは、やっちゃったー……いてっ」

 ごっ、という鈍い音と共に、紅葉が小さく声を挙げた。

「お、おい慎重にな」
「分かってるよー、ほら、拾え……いったー! これ鏡だぁ……」
「だからゆっくりでいいって……」
「分かってるってばー!」

 そう言ってその後、二・三回ぶつかったのち、紅葉はようやくスマホを拾い上げた。

「うぅぅ……めっちゃたんこぶできたかも……」
「外出てから傷できてないか確認するから、とりあえず抜けよう。もうすぐそこだろうし」
「うん……」
「ほら、こっちおいで」
「うん……いてっ……もーーーーーーーーー! また鏡だったー!」

 ポンコツがミラーハウス入ると危ないんだなって。
 僕は肝に銘じた。



「うん、傷はなさそう。不幸中の幸いだね」
「……」

 すっかり期限を損ねてしまった紅葉に僕は聞く。

「で、ミラーハウスはどんな話だったの?」
「ミラーハウスから出てきたら、入る前と別人みたいに人が変わることがあるって」
「身をもって体験したな」
「うん……」

 入る前はあんなにご機嫌だった紅葉が、パグもびっくりの仏頂面になっている。
 ミラーハウスで散々ぶつかって、機嫌が悪くなって出てくる人が、紅葉以外に居てもおかしくはない。
 とりあえず。

「次、行く?」
「うん」

 もし遊園地でデートすることがあったら、ミラーハウスだけはやめておこうと思った。


◇◇◇


「で、次はここか」
「大きいねー!」

 歩いているうちに段々と機嫌が戻ってきた紅葉は、中世のお城の様な建物を見て楽しそうな声をあげた。

「これがドリームキャッスルか。そもそもどういうアトラクションなんだ?」
「んー、アトラクションっていうよりかは、象徴って感じ。お土産屋さんとか、レストランとか、色々入ってるみたい」
「なるほどね」

 入り口からでも見えていたけれど、確かに中々の大きさだ。
 いくつかお店が入ったというのも頷ける。

「ここは地下に拷問部屋があるんだって……」
「本当だとしたらどんな意図で作られたんだよ……」

 噂もだんだん適当になってないか? と思いながら、僕たちはドリームキャッスルに近づいた。
 しかし……拷問か。考えられるとしたら恐らく……。

「あそこ、スタッフオンリーって書いてあるな」
「ほんとだ。あーゆーところって、中どうなってるんだろうねー」
「入ってみよう」

 何となくタネが分かった気がして、僕は少しがたついたスタッフオンリーの扉を押して中に入った。
 中はスタッフさんの控室のようだった。
 衣装道具や着ぐるみが置いてあったのであろうロッカーや小物置きが、まだ残っていた。こういうのって全部回収していくわけじゃないんだな。

 そして部屋の奥には……。

「か、階段!」
「だね」

 といっても、そんなに深くまで降りるものではなかった。
 数段ほど下がった先には、マイクやモニターと言った精密機器が置かれていた。

「ここ、迷子センターも兼ねてたのかもね」
「迷子センター?」
「そ。お母さんとはぐれて泣きわめく子供たちが、ここに集まってくるわけ」
「あー……もしかしてそれが」
「拷問されてるみたいに聞こえたのかも」

 ドリームキャッスルの下から聞こえてくる泣き声。

 子供の泣き声はとってもパワフルで、良く響く。
 だからまるで拷問部屋みたいだ、と誰かが冗談交じりに行ったのが、尾ひれがついてまことしやかに囁かれるようになったのかもしれない。

「私もよく迷子センターに連れていかれたなー」
「紅葉は昔っからどんくさいもんなー」
「し、失礼な! 初めて行くところは誰でも迷っちゃうでしょ!」
「はいはい」

 子供の頃わんわん泣いていた紅葉の姿を思い出して、今の大きくなった紅葉の姿を見て、あぁあの時からずっとこいつと一緒なのかーって。
 そんな当然のことを今更ながらに再確認して、僕は少ししんみりした。


◇◇◇ 


「後なんだっけ?」
「メリーゴーラウンドと、観覧車!」
「僕そろそろ疲れてきたんだけど……」
「えー、後少しだし頑張ろうよー。暗くなる前に帰れなくなっちゃうよ?」

 暗くなる前に帰るのかよ、と笑いそうになりながら、僕は痛んできた腰をとんとんと叩いて、紅葉に続いた。

「ここからだとメリーゴーラウンドの方が近いかなー?」
「観覧車ってあれだろ? 出口にはあっちの方が近いし、先にメリーゴーラウンドだな」
「そだね!」

 それにしてもこの遊園地、結構広いなーと歩きながら思った。
 ここがつぶれたんだとしたら、周りのお店は相当ダメージを負っただろう。
 駅から降りて歩いてくる途中に通った寂れた商店街を思い返しながら、確かに夜来たらまた雰囲気が違ったのかもな、なんてifの話を想像した。


◇◇◇


「じゃじゃーん! メリーゴーラウンドー!」
「メリーゴーラウンドだねー」

 THE・メリーゴーラウンドって感じのアトラクションだった。
 ウマと馬車がやたらときらびやかに装飾されている。雨風に打たれて少々さびてはいるものの、筋肉隆々に作られたウマは中々に馬力がありそうだ。

「ちなみに私、ずーっとメリーゴーランド、だと思ってたの。ラウンドなんだね」
「和名、回転木馬だしね。それだと木馬園になっちゃうし、ただ木馬が置いてあるだけの場所になるね」
「えー、つまんなそー」

 きゃっきゃと笑う紅葉を見ながら、僕は考える。
 ここに着くまでに紅葉が教えてくれたが、ここの七不思議は夜になると誰も乗っていないのに勝手に動いて光っている、だった。
 これは少々難しい。
 廃園したからには電気は通ってないだろうし、風で動くこともなさそうだ。
 もし本当に今夜に動いているのであれば、それは確かに説明が困難だ。
 だけど……。

「その噂だけどさー」
「うんうん」
「廃園してからの噂なの?」
「え?」
「他の噂は全部、この遊園地が営業している時の話だったよね」

 事故があったジェットコースター。
 不思議な生物が見えるアクアツアー。
 別人になるミラーハウス。
 拷問部屋があったドリームキャッスル。
 全て開園中の話だ。だとするならば

「誰も乗ってない時に動いててもおかしくないよね」
「ほ、ほんとだー!」

 開園中なら電気も通っている。
 夜になって誰も乗っていなくても回ることはあるだろう。
 夜に光っていたら綺麗だろうし、矛盾はない。

「どうしてこの噂だけ、時系列が今って思っちゃったんだろ……」
「まぁ七不思議だしね」
「あ! でもでも、次の噂は今のお話なの! 観覧車!」

 ようやく次でラストか……、と僕は紅葉の後に続く。
 正直なところ真相は分からない。
 夜来ていたら、本当は動いていたのかもしれない。
 でもまぁ、メリーゴーラウンドが動いているだけだったら、そこまで怖くないかなと、呑気に思った。


◇◇◇


 最後は観覧車だった。
 結構長い間遊園地にいたらしく、既に日は傾いてきていた。
 西日が痛いほどに照り付ける中、僕たちは色とりどりのゴンドラがくっついた観覧車の前に立った。

「大きいねー!」
「そうだねー」
「この観覧車、近くを通ると声がするんだって。小さい声で、「出して……」って」
「聞こえないね」
「待ってたら聞こえるかも!」

 もう少し近くによって、僕は観覧車を確認する。
 聞こえないはずの音が聞こえる。
 心霊現象の中ではかなりポピュラーな部類に入る噂だ。
 それ故によく研究もされていて、いくらでもこじつけが可能とも言える。
 風に吹かれて、静かに揺れるゴンドラを眺めながら、僕は言う。

「超低周波音って知ってる?」
「ちょーてー?」
「人間が通常聞き取れないような二十Hz(ヘルツ)以下の音の事なんだけどね。音としては聞き取れないはずなんだけど、振動としては無意識にとらえちゃって、生理的不快感を誘発するって言われてるんだ」

 それは例えば風力タービンであったり、送風機であったり、車の音であったりと様々だ。
 実際に体調不良を訴える人間が多い部屋では二十Hz以下の音が鳴り続けていた、という研究例もある。

「例えば今、ゴンドラが揺れているけど。音は聞こえないよね。もしあれが超低周波音なんだとしたら……」
「不快感を覚える?」
「うん。そして、人の脳はその時の状況に最もふさわしい何かを、無意識にそこに当てはめる。観覧車の近くで「出して」という声が聞こえる、という噂が先行しているんだとしたら、何か不快な音が聞こえてきたら、まっさきにそれを疑うだろうね」

 そう、廃園してからここに来るような人間は総じて七不思議目当てだ。
 そして七不思議を知っている以上、そもそもこの観覧車の近くからは「出して」という声が聞こえるんだという先入観がある。

 きっと普通の人間は、肝試しは夜に来るだろう。
 そうした条件が整った状態で、超低周波音を聞いたとすれば、あり得ない声を聞いたと錯覚したとしても、おかしくはない。

「なんか……なんかそれっぽい!」
「まぁ聞きかじりの知識だけど……」
「学者っぽいよ、アラタ君! かっこいい!」
「あ、ありがと」

 手放しに褒められると照れてしまう。
 結局、遊園地にいる間、彼女の目的であったはずの吊り橋効果は達成されなかったわけだけれど。なんだか楽しそうだし、僕も楽しかったし。まぁいっか、って思った。


◇◇◇


 こうして、僕らの肝試しモドキは無事終焉を迎えた。
 すっかり傾いた太陽を背に浴びながら、出口に向かって歩く。

 こういうのを黄昏時って言うんだったかなと、ぼんやりと思い出した。
 黄昏時、別名、逢魔時。暮れ六つ、酉の刻とも言う、午後六時くらいの事だ。
 要するに、なんか幽霊とか妖怪とかに会いそうだよね、っていう意味だったと思う。

「さすがに全部回ると疲れるなー」

 まぁ結局幽霊なんていなかったけどね、と。
 僕は笑う。吊り橋効果も晴れて回避できたし、めでたしめでたしだ。






「まだだよ」






 気づけば、紅葉は立ち止まっていて。
 強烈な橙色の光を背に受けて、静かにそう言った。


「まだ、もう一つあるよ」
「もみじ……?」


 僕は目を細めて、紅葉の方を見る。
 遊園地を照らす夕日は紅葉の姿に黒い影を落としていて、どんな顔をしているのか全く分からない。
 急に紅葉が別人になったような気がして、僕は恐る恐る声をかける。


「それは、なに……?」


 ジェットコースター。

 アクアツアー。

 ミラーハウス。

 ドリームキャッスル。

 メリーゴーラウンド。

 観覧車。

 その全てが黒い影を落とし、紅葉の背後にのたりと立ち上がったように見えた。
 黒と橙色が織り成すコントラストは、幻想的でもあり……妖艶でもあった。






「この遊園地からは、度々子供がいなくなる」






 何故かぞくりとして。
 僕は答える。


「あ、あり得ないよ」
「どうして?」
「だって、そんな子供がいなくなるような遊園地、いつ廃園になったにせよ、ニュースになるにきまってる。裏野ドリームランドについて少し調べたけど、そんな記事は一つもなかった。だから――――」


 そんな僕の言葉に、紅葉はくすくすと笑った。
 こいつ……こんな笑い方したっけ?


「おかしいなぁ。アラタ君は、ちょっと前の会話まで、忘れちゃったのかなぁ?」
「な、にを……?」
「どうして、開園中の話だと思ったの?」
「――――っ」


 メリーゴーラウンドの噂を、廃園後の噂だと思っていたように。時系列がそもそも違うという事か。

 つまり。

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「それこそ、あり得ない」
「どうしてぇ?」
「だって、だって……それじゃぁ七不思議の噂が広がらないじゃないか!」


 ここに来た人間が消えるというのならば。

 誰が観覧車の噂を広げた?

 誰がアクアツアーの噂を広げた?

 そもそも、その噂事態は誰が広げたんだよ!


「噂が広がっている以上、帰ってきている人はいるはずだ。そして本当に消えたなら、それこそ大問題になっているはずだろう!」
「ふふ……ここまではとっても賢くお話しできていたのに、いきなりお馬鹿さんになっちゃったね」
「なんだよ……それ……」
「どうして、全員が帰って来ないと思うの?」


 ごくりと、生唾を飲み込む音が。やけに大きく響いた。


「例えば二人で肝試しに来て、一人だけ消えちゃったら……噂は広がるし、矛盾しないよね?」
「おい、待てよ……」

 待てよ。
 待ってくれよ。

 よく考えろ。
 この裏野ドリームランドの噂は、そもそもネットでヒットしないほどに知名度が低い。
 第一、同じ学校ですら話しているやつを見たことがない。

 なら、この噂を紅葉はどこで聞いたんだ?


 それにもう一つ。
 致命的な違和感。



『そう言って僕の手を取り、紅葉はずんずんと進みだした』

『るんるんと駆けていく紅葉を見ていると、僕も少し楽しくなってきて。彼女の後を追いかけた』

『暗くなる前に帰るのかよ、と笑いそうになりながら、僕は痛んできた腰をとんとんと叩いて、紅葉に続いた』




 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 こいつは、方向音痴のはずなのに。




『し、失礼な! 初めて行くところは誰でも迷っちゃうでしょ!』




 昔から、方向音痴だったじゃないか。

 初めて行くところでは、迷っていたじゃないか。


「な、なぁ紅葉」
「なぁに?」
「確認、なんだけどさ」


 いつの間にか、からからに乾ききった口の中で、必死に舌を動かして、問う。







「お前、ここ来るの初めてなんだよな?」







 紅葉は――――答えない。

 ただふふっと笑って。少しずつ近づいてくる。

 僕はその場に縫い付けられたように、動けない。

 紅葉との距離は、やがてゼロに近くなって。

 そして、彼女は。








「ばれちゃったかー!」








「うわぁあああ⁈ わ、あぁ、あ?」

 満面の笑みを浮かべて、そう言った。
 何? 
 なんなの?


「ねぇねぇ、どきどきした? どきどきした?」
「は、へ? 何?」
「えへへー。実はねー、一度下見に来てるんだよねー」
「し、下見? なんで?」


 汗を吸い込んで重くなったTシャツの襟元をパタパタと動かしながら、僕は聞く。気づかないうちに大量の汗をかいていた。ちっとも暑さなんて感じていなかったのに。


「だ、だって初めてのデートだよ! 迷ったらかっこ悪いじゃん!」
「で、デートって認識、あったんだ」
「あ……」


 両手で口をふさぎ、紅葉は大きく目を見開いた。何その、あ、言っちゃった、感。知ってたよ? 僕知ってたからね?


「あ、あ、あのさ。アラタ君。今更なんだけどさ、私――――」


 あ、やばい。この流れはまずい。


「私アラタ君の事が好きなの! 付き合ってください!」


 あちゃー……。
 今日この場で告白されるのは避けたかったんだけどなぁ。
 だって僕は、さっきの紅葉の言葉にめちゃくちゃ恐怖を感じてしまった。
 吊り橋効果と認識されてしまうかもしれない。
 やっぱり、それは嫌だ。
 だから僕は。


「紅葉、僕は――――」


 あぁそう言えば。


「僕、は――――」


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「僕も、好きだよ」


 特に意味はないけれど、全然深い理由はないけれど、僕は承諾した。

 紅葉が好きだった先輩が消えてしまったことが脳裏をよぎったからではない。

 昨日の今日で下見をする時間なんてあったのかという疑問が湧いたからではない。

 今日一度も開けてない、大きめのポシェットの中身が気になったわけでもない。

 だって僕は、紅葉が好きだから。


「ほんと? ほんとに! うそ、すっごくうれしい!」
「僕もまさか両想いだとは思わなかったから……素直に嬉しいよ」


 破顔して、涙を浮かべそうなくらい喜んでいる彼女は、そのまま感情の赴くままに僕に抱き着いた。女の子特有の柔らかな香りが鼻腔をくすぐる。


「えへへ、えへへへー」
「なんだよ、恥ずかしいだろ」


 僕の胸の中で頭をぐりぐりと動かす紅葉は、とても可愛かった。いとおしかった。
 だから、僕は。






「あー、よかった」






 その言葉の意味を深く考えることは、しなかった。


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