ラーズの一日 村編
村が出来てからラーズは早起きを強いられている。惰眠を貪ることを許されない状況だ。許されないのだから仕方ないと諦め日が昇る前に眠い目を擦りながら起きる。
ファイレやスイロウ達はまだ寝てないか、もう仕事に出てるかの二択である。別にラーズが起きるのが遅いとかではなく、寝る時間はバラバラだという話。
事務処理はいつ終わるかもわからず、狩りや警備も交代制なので会える時間が少ない。
本来ならラーズは拠点となる屋敷で構えていればいいのだが、現状ではそういう訳にはいかず村人と共に狩りや土木作業に追われる毎日になる。それでも、隊長クラスには褒美を出したりもしなければならないので、『考える』という時間すらない。
考えるのは主にアルビウスとセリナーゼに任せている。
で、肝心の狩りのお仕事は早朝早くから出なければならない。
4人1組で行う。ラーズの他は神官ドワーフと猪の獣人、それにカメレオンの獣人とチームを組んでいる。どいつもむさ苦しいおっさんである。
集合場所はこの村で一番大きい酒場。酒場と名前がついているが講堂とか待合所とか、そういう使われ方の方が多い。大抵の村人はここで食事と休憩を取るから便宜上酒場と呼んでいる。
ラーズが酒場に着くとすでに3人のおっさんたちは水を飲んで待っていた。残念なことにお酒が置いていないため飲み物は水かお茶しかない。お茶ですら現在は高級品だ。水に関しては近くに川が流れているため無料である。
「やっと来おったか」
「遅いぞ、ラーズ」
「お前が準備できたら行くぜ」
残念なことか幸いか彼らはラーズが、この村を作った立役者の一人だということを知らない。なにせ2000人以上の村人だ。その中の一人一人を覚えているわけがないし、立役者でありながら力が無いラーズが目立つことはなかったためだ。
そんなわけで特別扱いもされず、真っ暗な中 草原を超え森の中へと狩りに出発する。
作業は村の近くにいる魔物を退治と食料となる獲物を捕まえることだ。場合によっては両方になることもある。食糧となる魔物もいるということだ。
オークやゴブリンといった魔物は食用にはならない。バグベア―やジャイアントボアなどが食用になる。『……そーいえばボアとか食べたな』とかふと思い出すラーズ。
森の仲での先頭は猪の獣人。鼻がよく索敵に向いている。敵も獲物も狩らなければならないが、優先されるのは村にとって脅威となるモノである。だが、ラーズ達だけが狩りに出ているわけではないので、そこまで気を張って行動する必要はない。
先頭の猪の獣人が手でみんなを制する。どうやら獲物を見つけたらしい。背を低くして構え、獲物について説明を始める。
「相手は猪だ。数は2頭。かなりの大きさだ」
見つけた獲物は猪だということで、ラーズは心の中でツッコミを入れていた。声に出してツッコミたいがそれは何とか飲み込んだ。のだが、ドワーフのおっさんは容赦なかった。
「猪の獣人は猪を狩ってもいいのか?」
「あのな~。猪の獣人と猪を一緒にするなよ。全くの別物だ。俺たちはたしかに猪にも変化できるが、猪そのものじゃーねぇんだよ。猪が獣人になれねーように、獣人も猪そのものとは別もんなの!」
「あんまり喋くってっと奴さん、逃げちまうぜ?」
ドワーフに力説する猪の獣人が我に返る。一つ頷くとカメレオンの獣人は体の色を保護色に変え、反対側に回り込む。そしてカメレオンのおっさんが大きな音を立てながら躍り出る。基本、猪は戦闘よりも逃走を好むため反対側に走り出す。ラーズ達側に走り出してくる事になる。もちろん大きな得物を構えて、大きな獲物を狙うわけだ。
ドワーフのおっさんは戦斧、猪のおっさんはハルバート、ラーズは知識持つ剣。おっさん二人が一匹、ラーズが一匹である。それだけゼディスは良く切れる。ただし、ただの剣のフリして全く喋ろうとはしない。サボりまくりである。傷の回復もドワーフのおっさん頼みだ。
二人のおっさんが一匹を仕留めると同じくらいの時間でラーズも猪を仕留める。良く切れるというだけで一人分の差を埋められる。猪が攻撃と防御に使う牙を難なく切り裂いていく剣があれば当然の結果だ。おっさん二人も呆れ顔である。
「相変わらずよく切れるな」
「なにせ、刃の部分はオリハルコンだから!」
「何じゃと!? そんな物凄い剣を持っておったのか!? まさに宝の持ち腐れじゃな」
「それは酷い言い様」
「そんな剣を持ってたら俺だったら英雄になれそうだ」
「ラーズじゃぁ部隊長がいいところか?」
「この部隊の隊長にもなってないけどなー」
「早く一丁前になれよ」
なぜか慰められるラーズ。おかしい、ゼディスの自慢話になるはずだったのに……。そんなことを思いながら獲物をある程度 捌いて持ち帰る。村に帰るまでにゴブリンを発見。倒した後に発見場所を覚えておく。彼らは巣からあまり離れた場所にいないので、この辺りに巣が有る可能性が高いのだ。高いが獲物を持って帰る方が先だし、それなりの準備もしなければならない。退治する部隊は別働隊になる場合がほとんどだ。
一旦 村に帰ってきて倉庫番に猪を預け昼食をとる。約一時間の休憩。残念なことに時計台は無いので正確な時間はわからないが、酒場には砂時計が設置されているため、大まかな時間はわかる。一日に四度引っくり返される。引っくり返すのは酒場のマスターの役目。酒場のマスターというが要するに料理長といったところだ。料理に酒場の清掃、砂時計の管理、それから毎日 入れ替わる給仕に指示を出す。本来なら同じ人間が給仕をした方が効率が良さそうだが、今の状況では持ち回りになってしまう。そのため酒場のマスターだけが固定だ。
で、一時間の休憩中にアルビウスとセリナーゼから定時連絡を受ける。逃げてきた国・リンテージ王国と取引している国・ビードオード王国について。
リンテージ王国は獣人差別が一層 増しているらしい。ついに大地信仰者は見切りをつけ、この村を目指すことになった。もともと獣人よりの信仰なので当然の結果だが、それに一枚噛んでいるのがサズ神官らしい。国内で一悶着ありそうだが、すんなり国から出れたらしい。この村が強化されるというのに英雄トールもバーグルド情報大臣もスルーなのかと思ったが、そうではないらしい。中にはバーグルド大臣のスパイが紛れ込んでいるとアルビウス談。それどころか国を襲っていたドラゴンを大地神の宗教団体に押し付けてくるのではないかと踏んでいる。何かいろいろ細工がされているが、こちらもそれなりに手を尽くしていると報告がラーズにあったが、半分くらいしか理解していなかった。半分理解していればいいです、とアルビウスに念を押される。
セリナーゼからの連絡は現在の村の状況。稼働率がどうとか、資金がどうとか……ようするに赤字で黒字になる見込みがないので、デカいことをしようぜ……という話だった。なにするの、とラーズは思ったが方法は3つ。
一つはドラゴン退治。財宝を溜め込んでいるだろうから。だけど危険なので見送っている。下手に踏み込めば村が襲われかねない。
一つは交渉。この村は木材を売ることが出来る。というか、今現在の資金源のほとんどともいえる。
最後は伯爵を金に換える。この前、盗賊として捕まえたバガース伯爵を身代金を払ってもらって解放するという話。国が金を出してくれるんじゃないだろうかということだ。ただし、連れていた騎士たちも身代金を出してくれるかは、はなはだ怪しい。冒険者は使い捨てだろうから、こちらの労働力としてすでに使っている。ちゃんと働いたら解放してやる予定。罪には罰を……ということで罪に見合った労働のはずだ。
ラーズは内容を確認した後、アルビウスとセリナーゼにそれぞれ任せる。というか、任せなかったときはない。念のためファイレにも報告を入れるように頼んでおく。意外とファイレはラーズの気づかない穴を埋めてくれる。……意外ではないかも……。
で、報告を受けながら、食事を済ませると再び酒場に戻る。
時間は若干オーバーしていたが、そこまでウルサクはない。砂時計が正確かどうかもわからないし、ノルマさえこなせればいいので大雑把になりがちだ。それに大抵はノルマ以上の働きをすることになる。
午後はゴブリン退治に出かけることになる。3チーム合同。12人パーティー……といえば聞こえはいいが、基本的には4人1組が3チーム。バラバラでまずはゴブリンの巣を探す。その日のうちに大抵見つかる。それまでに目撃情報を集め目星をつけているからだ。
そしてゴブリンの巣である洞窟に突入なのだが、別れ道でパーティーが別れる。効率よくゴブリンを殲滅し清掃していくためだ。それなので実質4人パーティーのままともいえる。ゴブリンは強くはないが弱くもない。油断していると手痛い目に遭う。幸いなのは知能が低いため罠を張らないことだ。罠を張るゴブリンも稀にいるが、大抵は仲間のゴブリンが引っかかることになるためだ。ゴブリンロードなどの大物もおらず清掃終了。すでに夕方に差し掛かる。
村に帰ってきたときには暗くなっている。その後、晩飯。一日二食である。朝食抜き。農業も始めているそうだが、収穫はかなり先になりそうだ。野菜の種とかはビードオード王国で買ってきたものだから間違いはないそうだ。
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ドワーフ「それにしても、運よく村の体裁を保っているものじゃな」
ラーズ 「運よく?」
カメレオン「考えても見ろよ。こんな突然、平原にやってきて村なんて作れると思うか? ほとんど下準備も無しにリンテージ王国に切り捨てられたような獣人が大半なんだぜ?」
イノシシ「おそらく、ココの領主が相当な切れ者なんだろうよ!」
ラーズ 「ブハッ!!」
ドワーフ「汚いぞ、小僧……。水を吐くな」
ラーズ 「何を言いだすかと思ったら、領主が切れ者だって?」
イノシシ「まぁ、俺の感ではアルビウス副大臣より上じゃないか?」
ラーズ 「だいたいさー、領主をみたこともないだろ?」
カメレオン「見たこと無くても、ココに村を作り俺たち獣人の安全を考えてくれているだけでも大物ぶりが感じられるぜ」
ラーズ 「成り行き上、そうなっただけじゃない?」
ドワーフ「そんなわけなかろう。運が絡んでおることは疑いようがないが、それでもあの『飛龍狩り』や『国の先陣』を引き入れておるのじゃぞ」
イノシシ「それにアルビウス副大臣にセリナーゼ商会主、他にも凄いメンバーがそろってる。ファイレ魔術師長なんか飛び抜けた実力の魔術師だ」
カメレオン「まだいるぜ。スイロウはリンテージ王国の王女じゃないかという噂もあるし、アンジェラは伯爵令嬢。リンテージ王国と事を構えていなかったら国が作れそうなメンバーだぜ」
ラーズ 「話だけ聞いてると凄いメンバーだな」
ドワーフ「他人事じゃないじゃろ、この村にいるのだから。彼女らに感謝じゃな」
カメレオン「ただ、彼女らを纏める領主の存在がわかねーんだ。どうやら上手く隠れているらしい」
ラーズ 「そりゃー男らしくねーな。やっぱり周りが凄いだけで影の薄い男なんじゃないか?」
イノシシ「おい! 俺たちの領主の悪口をいうのはテメーでも許さんぞ。お前だってこの村の住人だろうが! 感謝すれこそ文句を言える立場か!?」
ラーズ 「すみません……。いやでも、隠れてるってダメだろ?」
カメレオン「俺から言わせりゃー天才だな」
ラーズ 「なんでさ?」
カメレオン「この村は狙われてるんだぜ。リンテージ王国からもビードオード王国からも。そうなりゃ姿を隠して、周りの奴を動かし実態を掴ませない手法は有効だろうぜ」
ラーズ 「交渉とか困るだろ?」
ドワーフ「本来なら……な。だが、ココは国じゃぁありゃせん。事実上、独立国に近くとも村じゃからな。多少責任の有り処を有耶無耶にしても文句を言われることはないのじゃよ」
ラーズ 「さすがアルビウスさん。そんなことを考えていたのかぁ」
イノシシ「表向きはアルビウス副大臣だろうが、おそらく領主が指示を出したと思うぜ」
ラーズ 「いくらなんでも、領主を買い被り過ぎだろ」
カメレオン「むしろラーズが何で領主をそんなに低く評価してるかわかんねーな」
ラーズ 「妥当だと思うんだけどなぁ?」
ドワーフ「妥当ではないじゃろうが、人間と獣人それにドワーフとの考えの差かもしれんの」
イノシシ「いや、ラーズの評価が低いのは間違いない。この前、他の人間と食事してた時は領主の評価は俺たちとほとんど変わらなかったからな」
カメレオン「てーか、そんなに評価が低いのになんで領主についていこうと思ったんだ? 獣人なら他に行く場所がねーからわかるが、ラーズならどこでもいけんだろ?」
ラーズ 「それがそーでもないんだよねー」
ドワーフ「なんじゃ脛に傷持ちか?」
ラーズ 「いや、さすがにそんなんじゃないけど、世話になった人がいるし、なにより俺がやるべきことがココにあるってところだな」
イノシシ「領主が嫌いなのにか?」
ラーズ 「嫌いじゃないよ。そりゃー勘違いだ。どちらかといえば好きだしな。ただ評価が正当じゃないって言ってるだけだ」
カメレオン「好きなのに好評価なのが納得いかなねーのか?」
ラーズ 「正しくない……と思っている。好評価の方がいいとは思ってるけどな」
ドワーフ「フム、なぜそんなに領主を低く見積もってるか謎じゃな。ひょっとしてオヌシ……」
ラーズ 「……」
ドワーフ「領主に会ったことがあるんじゃろ?」
ラーズ 「…… ……。難しい質問だなぁ。あるっちゃーあるのかなぁ」
カメレオン「なるほど、会ったことがある感想ってーなら話はわかるぜ。確かに俺らはないからな」
イノシシ「だがよ、会ったことがあるからってそれが本性かどうかはわからないだろ? 自分を道化に見せる手かもしれないぞ?」
ラーズ 「うーん、俺の意見としては、俺とゼディスの関係に近いと思う。領主は平凡で切れる仲間がいるってわけだ」
カメレオン「一流じゃねーと? なるほど、お前は勘違いしているぜ。たしかにアルビウス副大臣をはじめ切れる腹心が大勢いる。それより一段おちるのだろうが、それでも十分優秀なはずだ。比べるから平凡に感じるんだろうよ」
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本当に違うんだけどなぁ~。こんだけ好評価だと『俺が領主です』って言いづらくなるだろぉ。別に騙す気は無かったんだけど、俺の評価を聞きたくて話してたら大変なことになってしまった。話だけ聞いていたら、とてもじゃないがどんな英傑だよと思える。なんとか誤解が解けないモノだろうか。
次の日は違うチームの獣人と組んで狩りをおこなった。
昨日の猪の獣人たちの話とは違う話が聞けるかと思ったら『領主? あぁ俺たちの英雄ですがなにか?』って言われた。
誰かどこかでブレーキをかけてください!
この調子で行ったらあと一ヶ月もしたら神格化されそうな勢いなんですけど……そのわりに誰も領主の顔を知らないんですけど……。
それもそのはず、ほとんど狩りに出かけて事務作業とか村の計画とかわずかな時間しか割いてないから面が割れないわけだ。
順調に村は大きくなってきている。獣人が増えてきているだけでなく、人間の出入りもちょっとずつ増えてきている。そろそろスパイなんかも紛れてきそうな雰囲気だ。
だが、この調子なら領主がどこにいるかスパイでも見つけられまい。なにせ村人の大半が知らないんだから……。
すげーなー、アルビウスさんの作戦なんじゃないかと勘違いしそうだ。
たまに大きな会議に俺が顔を出すことがある。
当然、チームを組んだことがある奴にその姿を見られることもある。
次の日。
「マッサージ師として呼ばれてるんだって? ごくろうさま」
だいたい、合ってるだけに否定もし辛い。なにこの状況。
ほとんど村人と変わらない作業をしているラーズ
次の日は区画整備と道路舗装
次の日は農作業
村の政をほとんど手放し状態
作業を持ち回りでやっているのは村人が
どんな作業でもこなせるようになるためです
なにせ脅威があるので兵士 兼 村人
誰がいつ兵士になってもおかしくない状況なので・・・




