伯爵vsデスラベル
盗賊に扮する伯爵と100人の兵士たち。その前にデスラベルだけが真正面から姿を現す。
不意打ちでも良かったが、村の警護という建前もある。相手が盗賊かどうかを確認することにした。
「こんにちは、この先の村の自衛団だけど、アンタ達 誰?」
バガース伯爵は呆気にとられる。
相手が先に見つけたというのに攻撃されなかったのだ。それどころか確認を取っている……明らかに盗賊という恰好を取っているのにだ。
ここで、伯爵は選択することになる。
正直に伯爵だと名乗り、村に案内してもらい内部から盗賊行為を行う方法と、目の前の女を捕えて村に攻め込む方法とを。
どちらも一長一短である。
前者なら安心して村まで行けるが、この恰好では警戒されて思うように事が運べるとは言い難い。最悪、先手を打たれ捕えられる可能性がある。それに伯爵と名乗ったことで国からお咎めがある可能性もある。
後者は彼女一人かどうかということだ。今まで気づかなかったのだ。大人数ではないにしろ、すでに囲まれていると考えるのが妥当だ。一人ならば何の問題もなく処分して村まで行ける。それに伯爵名に泥を塗らずに済む。
バガース伯爵の周りの者は息をのむ。伯爵の判断一つですぐさま動けるように準備をしている。索敵をしているのだが、目の前の少女以外の気配を感じ取れない。彼女に気取られないように、馬を少し動かしたり、馬上から少し背を伸ばし遠くを確認したりしている。
「お前一人か?」
「質問しているのはデスラベルだよ? アンタが誰か答えなさい!」
命令されカチンときたバガース伯爵。
「構わん! この女を生け捕りにしろ! 奴隷にしてやる!」
誰かも名乗らず、生け捕りにするという選択を選んだ。
目の前の女は普通の女性より遥かに愛らしい姿だった。エルフという種族を目の当たりにしたことのない伯爵は村のことなど考えていなかったのだ。ただ、この女を所有したいという欲に駆られていたのだ。もっとも、そのことを知る者はテルテ参謀含め誰もいない。伯爵がこの場で彼女を処分すると判断したと思っているのだ。
デスラベルも同じように捉えていたので、バガース伯爵一行を盗賊と判断し、軽く右手を上げて攻撃許可を仲間に与えた。
それを見た兵士たちは弓矢を警戒し、持っていた盾をすぐさま構えた。
「盾を構えて、弓矢などに対して備えるよねぇ、普通は」
デスラベルはそうなることを予期していた。彼らがこの村について……この村人たちについて正しく理解していないなら、この結果は見えていたのだ。
彼らは狼やドーベルマンなどの獰猛な獣に一斉に噛みつかれた。近距離にいないと判断していた彼らに回避するすべは皆無である。
小さなウサギが混じっているが、それが元の獣人に戻った時には鉄の鎧が拉げるほどの蹴りを胸に受け兵士の一人は嘔吐して気を失った。
獣人たちは10人程度だが、瞬く間に制圧されていく。あっという間の出来事でバガース伯爵は何が起こっているのか理解できない。テルテ参謀に大声をかけられ、ようやく我に返る。
「慌てるな! 敵は10人足らずで出だしだけだ。落ち着き、3人1チームで相手をしろ!」
伊達に訓練された兵士や冒険者ではない。すぐに落ち着くを取り戻し本来の陣形を形作ろうとする。しかし、それはままならないことに気が付いてしまう。
「バガース様! 魔術師、神官が!?」
初撃で撃破していたのは魔法を使えるモノだった。普通に戦ったなら後ろにいる魔法使いたちに攻撃は届かない。不意打ちの遠距離攻撃でも辛うじて防ぐことは出来ただろう。完全なバックアタックでは手の施しようが無かったのだ。1~2割程度が魔法使いか神官。100人いれば10~20人程度。こちらが10人なら全ての魔法使いたちに戦線離脱してもらうことは不可能ではない。
獣人を見下していた奴らに対し、獣人の特徴を生かした作戦である。彼らを理解しようとしていたら、この策は看破されていただろう。
「大人しく捕まるなら、許してあげるけどぉ~」
デスラベルは弓を引き、バガース伯爵を威嚇する。威厳も風格もないエルフの少女に苛立ちを覚える。かわいさ余って憎さ100倍といったところだろうか。デスラベルを鬼の形相で睨み付ける。まるで彼女一人がこの惨状を仕立て上げたかのように……。
「『許してあげる』……だと? この僕に対して言っているのか、このクソ奴隷!?」
怒りに任せて剣を抜いた。ミスリルで出来た凝った装飾の剣で見ただけでも切れ味がわかるほど刃文が煌めいている。あの剣の前ではレザーアーマーなどは一刀のもとに切り伏せられるだろう。
そう思いながらデスラベルは自分の鎧を確認する。……レザ―アーマーである。
「まっ、どんな武器でも当たらなければどうということはないでしょ」
「切り刻んでやるっぅうぅううう!!」
デスラベルに向かい、真正面からバガース伯爵は馬で突撃していく。
ゆっくりと弓矢の弦を引くデスラベル。ギリギリッと弦が音を立てる。どう考えても弓の方が先に攻撃すると思われたが、第一刀はバガースだった。
剣の届く範囲になってもデスラベルは矢を放たなかった。バガースの剣が振り下ろされるが軽くステップするだけで、剣は髪を梳くだけで終わる。そして、その近距離で渾身の一撃の矢を放つ。が、この近距離にしても当たらない。
「ちぃぃっっ!!」
「ぅんも~!!」
互いに初撃を回避……回避?
「次は殺、殺殺殺殺っすすうっすっす!!」
「面倒だからもぅいいや」
馬がUターンする前に、デスラベルは懐の薬瓶を取り出す。相変わらずデスラベルが取り出す薬瓶にはドクロマークが記されている。
だが、デスラベルはそのうちの一つを飲み干す。
「うげぇー、マズイぃ!」
毒といっても、全てが全て即効性なわけではない。摂取量を間違えれば死に至るもの、遅行性のモノなどいろいろだ。彼女が今飲んだモノもそう言った類の薬である。死には至らない……だが、決して体に良いモノではない。
折り返してきたバガースが再び剣を構える、デスラベル目掛けて。しかし、本来いるべき場所にデスラベルがいないことに驚きが生まれる。見失った。
「こっちだよ~ん」
バガースの頭上を逆立ちするようにジャンプしていた。獣人以上のジャンプ力。そしてバガースの顔面に手をかけると、体を起こすように反転させ馬上から投げ捨てる。
グンッという低い空気を切り裂く音がして、バガースは地面に叩きつけられる。
「ぐはっ!!」
何度も咳き込みながら、急いで立ち上がろうとする。身体中が痛みに悲鳴を上げ、上手く立ち上がることが出来ない。デスラベルはその様子をつまらなそうに見ていたが、まだ立ち上がるのに時間がかかりそうなので戦況を観察してみる。
自軍が圧倒している光景が目に付く。おそらくドラゴン襲来のせいで獣人と戦う戦争などが回避されてきた。ゆえに獣人という種族を全く理解していない。獣に姿を変えたり、獣人の姿になったりしてバガース軍を翻弄している。中には獣人からさらに一般人に姿を変え魔法詠唱している者もいる。相手には魔法使いはいないのだから、それだけでも十分な効果は期待できる。
「んんんんぉぉおおっぁああぁ」
どうやら戦況を眺めている間にバガーズが起き上がれて、こちらに向かってきたようだ。声を殺し不意を衝こうということさえ考え付かないほど、怒りで我を忘れているようだ。もっとも馬上から地面に投げ捨てられた時点で、普通の感覚なら苦痛で立ち上がれないだろうから、想定の範囲内である。
デスラベルも剣を抜き、相手の剣を軽く弾き飛ばす。彼女の細い体に、自分を上回る力があるとは考えていなかったバガースが慌てて飛び退く。が、それに合わせてデスラベルもピッタリと着いていく。
「うわっぁああっぁああ!!」
慌てて逃げ出すが、全く離れない。いつでも首を切り落とせるくらいの距離からデスラベルを引き離すことが出来ない。弾き飛ばされた剣を拾う暇もなければ、逃げ切ることも出来ない。
ヤケクソ気味で全力でデスラベルを殴りつけようとしたが、あっさりと右手首を抑えつけられた。そして次の瞬間には骨が万力で締め付けられるような激痛に襲われ頭が真っ白になる。
「!!!!!!!!!!」
声も出せない。
デスラベルは1~2秒ほどでバガースを放していたが、手首の骨は折れているだろう。その場に膝を付き右手首を押さえながら、ガクガクと震えているバガース。あと一押しすれば気を失いそうだ。
「どうみても、デスラベル達の勝ちだね」
「…… …… ……」
「何か言うことは? もっとも村に着いてから尋問もあるけどね。あーあと、牢屋は洞窟の中だから居心地悪いかも~」
「僕は……」
「なに?」
「僕は伯爵だ……」
「今さら、なにいってんの? 初めに『誰か』ってきいたじゃない。名乗りもしないで襲ってきた癖に」
「そ……それは……。 !! それは、お前らが盗賊だと思ったからだ! そうだ、お前らが盗賊だと思ったから、由々しき事態だと思い咄嗟に行動したのだ!」
「はいはい。この土地の所有者はラーズでアンタじゃないでしょ?」
「僕は伯爵だぞ。ラーズに貸しを作るために近辺の盗賊退治に一肌脱いでやったって不思議はないだろ!」
「くるくる、くるくる、口が回るわね~。じゃぁ、なんで盗賊の格好してるの? いくらなんでも、それが騎士や冒険者の恰好じゃ~ないでしょぉ?」
「そ……それは……」
「もっともらしい答えはないのかにゃ~?」
「…… ……。
…… ……盗賊の恰好をしていたのは…… ……盗賊をおびき寄せるためだ」
「盗賊をおびき寄せる?」
「そうだ…… ……そうだ! そうだ! 仲間だと思わせて不意打ちするためだ! だからお前らが出てきたとき盗賊だと思ったんだ! わかったか! だから僕は伯爵なんだ! こんなことしてただで済むと思うなよ!! 国に訴えてお前を殺してやる! いや、奴隷にして死にたくなるまでこき使ってやるぅうっぅ!!」
ヒートアップしていくバガースに対しデスラベルは急速に冷めていくのがわかる。こんな会話をしている間にも仲間はこの伯爵の一団を戦闘不能にし終わっている。伯爵の最後の心のよりどころは自分が伯爵で権力を持っているということなのだろう。
思わず欠伸が出てしまう。噛み殺す気もない。
「貴様っぁ! 伯爵である僕の前でそんな態度を取っていいと思っているのかっぁ!! お前の上司のラーズの首も飛ばしてやるっぅぅう!!」
「じゃぁ、あくまでも伯爵……ってことでいいのね?」
「当たり前だ! 僕はバガース伯爵だぞっぉ!」
「それじゃぁ、ココで殺すしかないわよねぇ?」
「…… …… ……え?…… …… ……」
「だって、放っておいたらデスラベル、アンタの奴隷にされて死にたくなるほどこき使われるんでしょ? 『死人に口なし』って奴。そーすればラーズにも迷惑掛からないじゃない? それに何故かちょうどよく盗賊の恰好もしてくれているし『盗賊を退治した』って処理すればいいわけ。わかる?
アンタを生かしておいてデスラベルに得になることがゼロ。伯爵ならマイナスなわけなんだよね~」
「ま、待てよ。冗談だろ、伯爵を殺すなんて」
「ぶっちゃけデスラベル、エルフだから爵位とか興味ないしー。そのせいでピンチになるなら後腐れなくサクッとやっちゃった方が良くない? でも、盗賊なら捕まえるだけでよかったんだけどね~。そーか、伯爵さまでしたかぁ~」
「違う! 伯爵じゃない! 違う!! 勘違い、勘違いしてた」
「ずいぶん長い弁明してたみたいだけど?」
「全部、勘違いだって言ってるだろ!」
「あのさー。自分の立場わかってるのかにゃ~? 別に盗賊だからって殺さない理由はないんだよね~。ただ、殺さなくてもいいってだけで、デスラベルのご機嫌を損ねるような奴は……」
と言ってニヤ~リと楽しそうに笑う。
恐怖に顔を引きつらせるバガース伯爵。
そのやり取りをアンジェラ・アルーノがデスラベルの上に拳を落して止める。
「なに、バカなことをやっているんですの! 彼らを連れて、さっさと撤収しますわよ」
「アンジェラちゃん、いた~い!」
「いつまでも遊んでいるからですわ」
「この自称・伯爵はどーすんの?」
「もちろん、連行しますわ。処分は村で決定いたしますから。いいですか、基本的にはアナタには決定権はないんですのよ?」
「まぁ、ここまできちゃったらね。戦闘中に殺しちゃうべきだったかなぁ」
「どちらかといえばそうですわね。ですが、アルビウス女史が使い道を考えるでしょう」
「デスラベル達は肉体労働ってことだね」
「私は肉体労働より頭脳労働派なんですけどね」
伯爵含め騎士、冒険者に死者は出なかった。
元々、彼女たちに殺意はない。無力化できればそれでいいのだ。戦闘中100人もいればトドメを刺している暇もない。一人でも多く戦意を削る方に力を注がねば追いつかない。下手に長引かせるわけにはいかない。加減する気はなく、死んでしまったらそれまでだという戦い方だが、固い武装のおかげで致命傷を負わなかっただけである。
ただし、全力というわけでもない。6~7割程度の力で戦闘を行っていた。理由は簡単。これで勝てなかったら即時撤退である。そもそも負けるとは思っていないが、苦戦するようなら怪我人が出る前に村に連絡に行く方が重要である……というか、一人は連絡係ですでに走らせている。
伯爵たちを村に連れて行くまでに、連絡を受けた部隊と合流できる。勝てば今回のように合流。負けそうな場合は救助と逃走の助けとなるわけである。
合流し、仲間の安全を確認したチームは前のチームがいた警戒区域へと向かう。
デスラベルとアンジェラ、アネッサは村へと帰っていく。その間、100人を見張るのは10人強。逃げられそうだがロープに縛られて獣人から逃げるのは難しい。100人が一斉に動ければ見込みはあるが、十分に脅してあるのでほとんどは尻込みする。さらに一度でも逃げ出そうとした奴があっという間に連れ戻されれば諦めムードになっていくのは当たり前のことだった。
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一仕事終えて酒場に来たアネット。
同テーブルに座るのはテーラー。
「酒場に酒が無いとはこれいかに……って感じだな」
「仕方ありません。酒場ではなく休憩所 兼 食堂なのですから。今はこの村で一番広い建物なので、休憩や情報交換、班分けなどはここでしかできませんからね」
「まーな」
「それにしても、伯爵盗賊団を捕まえたとか? 大層なお手柄じゃありませんか」
「俺が遊ぶ暇もないほど余裕だったよ。アンジェラお嬢は指揮官として意外と優秀だったし、デスラベルは俺とタメ張るくらいの怪力を発揮してたぜ」
「アナタとタメを張るほどの怪力ですって? 冗談でしょ? そうするとオーガ―よりもバカ力だというんですか?」
「お前、さりげなく俺のことを見下しているよな?」
「いいえ、そんなことはありません。『さりげなく』ではなく『普通に』見下しているんです」
「おもしれー! その喧嘩、かってやろうじゃねーか、ゴミ野郎! ……と、普段なら言うところだが今回は気分がいいから見逃してやる」
「あら、珍しいですね。あんなクズ伯爵を捕まえたことが、そんなに鼻高々なんですか?」
「伯爵を捕まえた褒美が出た」
「それはよかったですね。貴方が喜ぶということはお酒の類ですか?」
「ふっふーん♪ マッサージだ」
「…… …… ……え?…… …… ……」
「聞こえなかったのか? 耳の穴かっぽじって聞きなおせ。マッサージだ」
「そ・ん・な・馬・鹿・な」
「隊長クラスだけだから、俺とアンジェラとデスラベルだが、そりゃーもーーっぉおぉおお、凄かったっぁああっぁ!」
ガタリッと席を立つテーラー。
「おっ? どうした? 喧嘩するつもりか?」
「ちょっと盗賊伯爵を探してきます!!!」
「いや、そんなに伯爵、おっこってないだろ……って、いっちまいやがったか……」
その後、テーラーが進んで前衛守備隊につき、一ヶ月近く偵察しまくっていたことは言うまでもない。
もちろん、盗賊に扮した貴族は見つからなかった。
一人の獣人が嬉しそうにテーラーに声をかける。
「俺たちが見張りの時は平和でいいですね」
「エエ、ソウデスネ」
「だ、大丈夫ですか? 目が腐った魚のようになってますけど……疲れているなら前衛守備隊長を誰かに変わってもらった方が……」
「もし、盗賊団を見つけられないようなら、他に手柄を立てる方法を考えた方が前向きかもしれませんね~。何か案はありませんか?」
「出世したいんですか?」
「…… ……黙秘します…… ……」
この日から、テーラーは将軍の地位を目指しているという噂が囁かれることになるが、ラーズのマッサージのことを知っている人物たちは、しばらく笑いのネタに困らなかったとか……。
A「どうやら手柄を立てると褒美が出るらしいぞ?」
B「なんだ酒でも出るのか?」
A「なんでもラーズ様自らマッサージしてくれるらしい」
B「それは褒美なのか? いらないだろ」
A「だが 隊長クラスは躍起になってるって噂だ」
B「俺は手柄を立てると将軍になれるって聞いたぞ」
A「なるほど! そっちの方が信憑性が高いな!」
B「だろ?」




