第四章
「そういえばおばあちゃんておじいちゃんとはどこで出会ったの?」
今までおじいちゃんとの馴れ初め話なんて聞いた事がなかったけれど、気になって聞いてみた。
「おばあちゃん広島に住んでいてねぇ、お兄さんがある時北海道に遊びに来ないかって言ってね、昔は飛行機なんて無かったから電車で北海道まで来たの。そしたらおばあちゃん降りる駅間違えちゃって……」
私は幼稚園で保母さんをしていたのだけれど、兄弟が十人居てね、その中でも仲良くしていたお兄さんに夏休みを使って北海道に来ないかって言われたの。お兄さん気象台に勤めていてね、室蘭に居たの。遠い道のり電車を乗り継いで北海道に向かったの。
夏なのにとても風が爽やかで、木々の緑も全然暑苦しくないの。電車の窓を開けるだけで十分暑さをしのげたわ。
でも駅にお兄さんは居なかった。
何日も前から当日着る服や特徴を教え合って、駅の改札口で待ってるって言ったのに会えなくて、三十分位探したけれどお兄さんは見つからなかったの。
私不安になってね。室蘭気象台に電話したの。
「はい、室蘭地方気象台です」
「あの宮本猛はいますでしょうか?私宮本の妹です」
「少々お待ちください」
少し待っていると、お兄さんの部下の人が電話に出たの。
「宮本さんですか?今どちらの駅でしょうか?」
「東室蘭と書いてあります」
そこで私が下りる駅を間違えたって気付いたの。お兄さんとは室蘭駅で待ち合わせしていたのよね。
「え、東室蘭ですか?お兄さんは室蘭でお待ちなので、僕が迎えに行きますから東室蘭で待っていてください」
「あ、申し訳ありません」
「いえいえ、お兄さんには使いの者をやります。少し待っていてください」
「わかりました、お手数おかけします」
そう、その代わりにやって来た部下の人っていうのがおじいちゃん。佐藤将だったの。
当時携帯電話なんて無いから、二度手間三度手間になっちゃって、おばあちゃんもう恥ずかしくてね。
「宮本さーん、宮本豊美さーん」
しばらくしておじいちゃんが迎えに来てくれてね、大声で名前を呼ばれて更に恥ずかしかったけれど一目見てお互い一目ぼれ。
おじいちゃんは室蘭の観光案内をしてくれたわ。
地球岬で一緒に写真を撮ったり、室蘭港の夜景を見たり、とても楽しかったしロマンチックだった。おじいちゃんあれでロマンチックな所があるから。夜になると飲み屋さんでおじいちゃん踊ってた。それが恰好良くてね。どんどん好きになっていったの。
でも簡単に結婚できない時代だったから、間を取り持ってくれたのはお兄さんだったの。
「豊美、将が好きなんだろう?」
「え、はい……」
「親父とお袋には俺から言ってやるからお前室蘭に引っ越してこい」
「ありがとうございます!」
「仕事はどうする?」
「幼稚園があればそこで働きたいです」
「うん、知り合いを当たってみるよ」
「なにからなにまでありがとうございます」
「可愛い妹のためだからな。将は良い奴だよ。安心してお前を託せる」
「はい……」
お兄さんが私達の事に勘づいているなんて思ってもみなかったからドキドキしたけれど、おじいちゃんの事を信頼していてね、おばあちゃんとおじいちゃんの間を快く取り持ってくれたの。
それから一度お兄さんと一緒に広島に戻って、話を両親にして、室蘭に引っ越して来たっていう訳。
「そうなんだ……大恋愛だね」
「私の人生そこで終わったのよ」
「え……」
「ふふふ、冗談冗談」
「ちょっと、おじいちゃん可哀想だよ」
おばあちゃんの精一杯の照れ隠しだったのだろう。悪態を付きながらも本当は誰よりもおじいちゃんを心から愛していたのだと、そう思った。
翌日の葬儀は無宗教で行った。
納棺師の人に来て貰って、おじいちゃんはスーツを着た。
「この背広気に入ってたからね」
「そうなんだ。似合ってるよね」
「うん、お父さんらしいわ」
おばちゃんがしみじみと言って、おじいちゃんの体に触れていた。
「おじいちゃん、痩せちゃったけど納棺師さんに綺麗にして貰うと昔の面影出てきたね」
「そうね、かなり綿を入れたみたいだから、頬のあたりがふっくらしてる」
「若い頃に戻ったみたい」
冷たくなってしまったおじいちゃんの手に触れると、また一筋涙がこぼれた。
「おじいちゃん……」
大きな男らしい手は、昔のままだった。
「絵美、山行くか」
とある春の日、お昼ご飯を食べ終わるとおじいちゃんから嬉しい誘いがあった。
「行く~」
おじいちゃんは私の小さな体を抱き上げバイクの後ろに乗せると、機嫌よくバイクを走らせた。
近くの山に行くと、名前も知らない花が綺麗に咲いていた。
「きのこは毒があるものもあるから勝手に取ったらだめだぞ」
「はーい」
おじいちゃんはきのこ博士。
食べて良い物といけない物をしっかり知っている。
おうちの本棚にはきのこ図鑑がある。
「フキノトウが出始めたな。春だの」
「そうなの?」
「うん、春になるとフキノトウが出てくる。天ぷらにすると美味いだろ」
「天ぷら好き!」
「取って帰ってばあちゃんに天ぷらしてもらおう」
「うん!」
沢山のきのこと、山菜を取って、おばあちゃんにお土産をあげたかったからお花を摘んで帰った。
おじいちゃんと乗るバイクは大好き。
絵美も大きくなったらバイクに乗りたいな。
「おじいちゃん、このお花おばあちゃんにあげる」
「ばあちゃん喜ぶな」
「ほんと?」
「あぁ、絵美が取ってきてくれたものなら何でも喜ぶよ」
「良かったぁ」
その夜、おばあちゃんが作ってくれた天ぷらはとても美味しかった。
また行きたいな。
「絵美ちゃん!絵美ちゃん!」
「あ、ごめんボーっとしてた」
私はおじいちゃんの手を握ったまま、その場に立ち尽くして昔の事を思い出していた。はっと気が付くとおばちゃんが私の体を揺すっていた。
「二日間寝てないでしょ。疲れてるんだわ」
「うん……昔の事思い出してた。おじいちゃんとバイク乗って山に行った時の事」
少しほっとしたような顔をしたおばちゃんは昔おを思い出しながら言った。
「よく二人で出かけてたよね」
「うん、楽しかった」
「幼稚園には自転車で行ってたけどね」
「そうだね。おじいちゃん私乗せて自転車もバイクも沢山走らせてた」
「帰ったら寝なさい。倒れちゃう」
「うん、今日は寝られると思う」
帰ってもおじいちゃんの隣で寝る事はもう叶わない。寂しさがこみ上げた。
あの大きないびきをもう聞けないのだ。
火葬が始まると身内とごく親しい人のみになった。骨になってしまったおじいちゃんは小さく見えた。
「こんなになっちゃった……」
小さくなってしまったおじいちゃんの遺骨を持って、バスに乗った。
皆私を気遣って私に遺骨を持たせてくれたけれど、悪い気がしておばちゃんに渡した。
「私より娘のおばちゃんの方が良いと思うから」
「そう?じゃぁ私が連れて帰るね」
「うん、そうして」
おばちゃんは喪服の膝の上におじいちゃんの遺骨を乗せた。
皆帰るまで会話は無かった。
「お帰り、おじいちゃん」
骨壺に手を当ててそう告げると皆もぽつぽつと『お帰り』と言った。
電話台の上に遺骨を置いて、遺影も設置した。
遺影はおばちゃんの旦那さんが写真にして皆に配ってくれた。
そして遺品整理の時。
「この年の手帳、貰っていい?」
例の『絵美が元気が無い』と書かれていた絵手帳を手に取り皆に確認した。
「良いよ、絵美ちゃんの事書いてあるからね」
「うん、おじいちゃんの暖かい気持ちが残ってるから、取っておきたいの」
「うんうん、持って帰りなさい」
「あとネクタイ、貰っていいかな」
「良いよ」
私はネクタイを数本選んで手帳と一緒にカバンに詰めた。
「絵美ちゃんいつまで休めるの?」
「四日間忌引きだから今週末の日曜日に帰るよ」
「そう、雪が降らなきゃ良いんだけどね」
「うん……東京じゃ雪なんてめったに降らないから」
「交通網の混乱凄いものね」
「そうなの。ちょっと降っただけで大騒ぎ」
「ニュースで見るわ。大変よね」
「雪国では考えられないよね」
そんな天候の話をおばちゃんとした。
おばちゃんは昼の支度を始めていた。こうして親戚一同集まった時でもおばちゃんは手の込んだ料理を食べさせてくれる。室蘭に帰ると私はいつも三キロ位太って帰るのだ。
「雪、止んだね。おじいちゃんのお葬式が晴れて良かった」
「そうね。流石元気象台勤務」
「おじいちゃんには快晴が似合うよ。笑うと太陽みたいだったから……」
「そうね。ちょっと照れ屋だったけど、皆の事考えていて、お酒が入ると饒舌になって、物知りで」
「そうそう、ドラマで南極大陸やっていた時も本当はこうだった~みたいな蘊蓄いってたよね」
「歴史物好きだったからね」
「耳悪くなってからは字幕のテレビだったけど、ちゃんと理解してちゃんと蘊蓄言ってたからね」
「うん。おじいちゃん物知りだった」
おじいちゃんの思い出話をしている内に昼ごはんはもう出来上がっていた。
「おじいちゃんの鮭の塩焼き食べたいなぁ」
おじいちゃんは料理が得意だった。
イクラの醤油漬けや、鮭の塩漬け、魚料理はおじいちゃんの得意分野だった。
でも塩好きなおじいちゃんはおばあちゃんが薄めないと食べられない程しょっぱかった
私はそのしょっぱい鮭で育ち、今でも大好きだ。
今ではあのしょっぱい鮭も食べられないのだ。
「おじいちゃんが作ると塩辛かったからねぇ」
「私は好きだよ。おばあちゃんお茶に漬けて薄めて食べてたけど」
「絵美ちゃんはおじいちゃんの舌に似てるからね」
「私りんごのシャキシャキっとした感じが苦手。歯が浮くっていうかボケたりんごの方が好き」
「まぁ!それおじいちゃんと一緒よ?」
「そうなの?変な所似ちゃったなぁ」
「絵美ちゃんにおじいちゃんの遺伝子がちゃんと流れてるって証拠ね」
「うん……なんだか嬉しい」
「本当におじいちゃん子」
「うん、皆大好きだけどおじいちゃんは特別」
おばちゃんが作ってくれた蒸かし芋と塩辛を食べて、お腹いっぱいになると従妹の子供たちが遊んでとせがんできたので暫く子供の相手をした。
こうしておじいちゃんを無事見送り、忌引き休暇を過ごした。
私は忌引き中に一人でお墓参りに行き、納骨する際に零れたおじいちゃんの遺骨を少し持って帰っていた。本当に少しで、白い欠片が持って行ったケースに点々と付着しているだけのものだったけれど、どうしても私はおじいちゃんを連れて帰りたかった。
おじいちゃんのネクタイは日曜日帰ってからミシンで改造して小さなネクタイのキーホルダーを作った。
花屋に行って花を買い、貰った遺影の写真を置いて、花を飾ってお線香も供えられるようにした。
「おじいちゃん、東京だよ」
話しかけると写真のおじいちゃんは笑顔を浮かべていて、余計恋しくなった。
「まだ……泣いても良いよね……」
結局私は泣き腫らした目で次の日出勤する事になった。
「えっちゃん大丈夫?」
「うん、ありがとうなっちゃん」
「心配したよ。なんか時々おじいちゃんの話していたから、おじいちゃん子なんだろうなって思ってたからね。本当にこの度はご愁傷様でした」
「ありがとうございます。ちゃんとね、おじいちゃんコーナー作ったの。だから平気。まだしばらくは泣いちゃうと思うけどね」
「そっかぁ。寂しいね。私も一昨年おばあちゃん亡くしてとても悲しかったから気持ちわかるよ。今度えっちゃんの家に遊びに行った時お線香あげさせてね」
「ありがとう、いつでも来てね」
なっちゃんとは家を行き来するような仲になっていた。
そしてその週、私はダンテにメールをした。
『久しぶりダンテ。実は私のおじいちゃんが亡くなったの。寂しい。もっと生きていて欲しかった』
すると、こんな答えが返って来た」
『貴女の心中をお察しします。ご愁傷さまでした。僕の母は九十三を超えたけれど、もうこれ以上生きていたくないと言います。それはとても寂しい事です』
私はこう返した。
『幾つになってもお母さんはお母さんだと思います。子供たちにとって必要な存在です。
居なくなってはいけないのです。皆が悲しみます。一分一秒でも長く生きられるよう、貴方の力を貸してあげてください』
『ありがとう、兄は僕が母の世話をすることを望んでいます。兄弟で協力して面倒を見ます』
それから暫く私達はメールのやり取りをしなかった。
恐らくお母さんの介護で忙しいのだと思った。
二〇一七年元旦、新年のあいさつを送ると訃報が届いた。
『絵美、新しい年を楽しく迎える事が出来たようで何よりです。僕は愛犬のマギーが大晦日に亡くなってしまいました。夕飯に一緒にチキンを食べてテレビを見ていると、僕の膝にやってきて眠るように亡くなりました。心臓発作だったようです。僕は友人と共同墓地にマギーを埋葬しました。とても悲しくて涙が止まりません』
マギーという愛犬が居る事は知っていたし、どれだけ可愛がっていたかも知っていたので私は返答に困った。
そして、ある歌の歌詞を英訳してYoutubeのサイトと共に送った。
『愛する人が居ない、それは僕の悲しみ。いつか会える事だけを信じて心から愛いっぱいの花束を君に捧げよう。君のお墓の前で僕は誓うよ永遠に君を忘れないって事を。次会えるその日までさようなら、でもきっと君は僕の傍にいる守護天使になるだろう。次会える日には共に笑い合おう。今は涙しか流れなくとも……』
ダンテは私が言われて一番嬉しい言葉をくれた。
『ありがとう絵里、君の知識に救われた』
私なんかの情報が彼の苦しみを癒したなんて嬉しい事実だし、拙い知識が誰かの役に立つなんて思ってもみなかった。
ダンテに逢いたい、そう思い始めたのはこの頃だ。
『貴方は日本に来ることが有りますか?もし来ることがあるなら私が観光案内をします』
そう送ると、ダンテはすぐにメールを返してきてくれた。
『絵美、僕は今年の夏、七月頃東京へ行こうと思っています。東京では何が有名ですか?いろんな場所に行ってみたいです』
ダンテが日本に来る、そんな夢の様な事が起こるとは考えてもみなかった。自分から聞いておいて驚いてしまったが、早速メールを返した。
『ダンテ、七月の東京はとても暑いと思いますが、観光する場所は沢山あります。相撲、歌舞伎などの日本伝統を見ても良いし、お台場や渋谷、原宿など若い人にも人気なスポットもお勧めです。東京の観光情報サイトを書いておくので行きたい場所が有れば言ってください』
私はそれから一生懸命仕事をこなし、来る七月に向けて貯金を始めた。
実際に逢うとなると、最低限伝えたい事は英語の準備をしておかなければならないなと思い、日々思いついた文章を翻訳し、勉強した。
私は父が産まれてすぐ亡くなり、母の再婚を経験し、そしてその母も亡くなった事から家族に対してある意味終着していたが、ある面では私なんかが家庭を持ったり夫を持ったりなんてできないと思っていた。それにいくら当たる占い館でMiraiさんに見て貰ったからと言って二十も年上の人でしかも外国人と私が付き合える訳が無いと思っていた。




