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憧れのモブに転生したので使命を全うします!  作者: 有路ちみどろ


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第十二話:期末試験にて

 ついに迎えた期末試験、当日。天気はすがすがしいまでの快晴。

 絶好の試験日和と言えば聞こえはいいが、青空の下で繰り広げられている光景は混沌を極めていた。


 上空を風切り音と共に何かが横切ったかと思えば、箒に跨った下級生が悲鳴を上げながら飛んでいく。あれは飛行術の実技試験だ。

 地上では自身の身長ほどもある巨岩と対峙し、必死に杖を振るう集団がいる。彼らは物体操作の試験中だろう。爆発音や詠唱の声、合否を告げる教師の怒鳴り声が入り乱れている。


 その賑やかさを少し高い位置にある渡り廊下から、エーレンは虚ろな眼差しで見下ろしていた。

 ベンチの背もたれに体重を預け、体がしぼむほどの深く長い息を吐き出す。


「終わった……。あとはもう、祈ることしかできないわ」


 先ほどまで行われていた選択科目、妖精学の試験。筆記試験はどうにか知識でねじ伏せたものの、続く実技――妖精語の発音テストは、まさに地獄だった。


 喉の奥で魔力を練り上げ、音階に色をつけるイメージで発声する。頭ではわかっていても、実際に口から出る音は「スースー」と、空気漏れの音ばかり。教師の眉間の皺が深くなるたびに、エーレンの寿命も縮んでいくようだった。

 追試か、あるいはギリギリで可になるか……。結果について、今は考えたくなかった。


 しかし、こんなところで燃え尽きるわけにはいかない。今日はここで、物語の分岐点となる重要なイベントが発生するのだから。


「……さて、と」


 エーレンは己を鼓舞するように膝を叩き、ゆっくりと立ち上がった。


 視線の先にあるのは、運動場の隅に設けられた特設エリアだ。そこだけ周囲の空気が陽炎のように揺らぎ、厳重な多重結界が張られていることが見て取れる。

 透明な障壁の向こう側こそが、これから始まる最高学年の高等召喚魔法の試験会場。ハプニングの起点となる場所だ。


 渡り廊下の階段を降り、運動場の端へ向かって歩いていると、見慣れた二つの背中が目に入った。

 ビーシアとシーラだ。二人とも試験が終わった直後のようで、どこか不安定な足取りで歩いている。


「お疲れさま、二人とも。錬金薬学の試験はどうだった?」


 エーレンが背後から声をかけると、二人は肩を震わせて振り返った。

 ビーシアは気まずそうに視線を泳がせ、シーラに至っては深々と肩を落としている。その制服からは少し焦げ臭い、野草を煮詰めたような、苦々しい匂いが漂っていた。


「えーっと……まぁ、できることはやったわ。結果がどうあれ、終わったことは変えられないもの」


 遠い目をしたビーシアが、哲学的なことを口走る。


「実技は……錬金釜が爆発しなかっただけマシよね。調合した薬の色が、教科書に載っている色とは似ても似つかない色をしていたけど」


 隣のシーラもまた、力なく笑った。


 どうやら、エーレンが選択しなかった錬金薬学も、それなりに手強い相手だったらしい。

 二人はひとしきり愚痴をこぼして、少しだけスッキリしたようだ。ビーシアがこちらに向き直る。


「エーレンのほうはどうだったの? 妖精学は難しいって聞いてたけど」


 エーレンは眉根を寄せ、重々しく頷いた。


「えぇ、難しかったわね。筆記はともかく、実技の発音がね。喉の使いかたが独特すぎて、最後は何かの呪いでもかけている気分だったわ」


 その言葉にビーシアとシーラが顔を見合わせる。


「勉強家のエーレンがそこまで言うなんて……やっぱり、私たちは選択しなくて正解だったわね」

「そうねぇ。興味本位で取らなくてよかった」


 安堵の息を漏らす二人を見て、エーレンは苦笑した。


「魔力に関しては、勉強だけでどうにかなるわけじゃないから……。さすがに、才能の壁ってものを感じたわ」


 実感を持ってしみじみと呟く。前世の記憶と努力で座学はカバーできても、生まれついた魔力の質や量は変えられない。それがこの世界の残酷であり、リアルなところだ。


 そんなふうに三人がささやかな反省会を開いていると、不意に空気を引き裂く音が響いた。


「キィーッ!」


 ガラスを爪で引っ掻いた音に似た、甲高い鳴き声だった。三人は咄嗟に音がしたほうを見る。視線の先にあるのは、例の試験会場だ。

 障壁の向こう側で宙を舞っているのは、鮮やかな緋色の羽を持つオウムに似た巨大な鳥だった。


 感心した様子のビーシアが声を上げる。


「あれは……火の精霊鳥イグニス・パロットね。そこそこの高位精霊じゃない」


 エーレンは期待に満ちた眼差しで、試験会場を見つめた。


「ええ、召喚魔法の試験が始まったようね」


 この召喚魔法の試験は、ミラエナ魔法学校の試験のなかでも、特に注目度が高い花形イベントだ。


 ルールは単純かつ過酷。試験官である教師が指定する属性や種別に合わせ、受験者は自身の魔力を使って契約可能な存在――妖精、精霊、あるいは魔獣などを呼び出す。

 正確な召喚術式はもちろんのこと、より強大で、より格の高い存在を呼び出せば評価は高くなる。己の実力を周囲に見せつける絶好の機会でもあった。


 だが、エーレンの胸が高鳴っている理由は、単なる見物人としての興奮だけではない。


(成績に執着した、愚かな生徒……か)


 このあと、とある男子生徒が試験に挑む。彼は実力不足を補うため、そして周囲を見返すために、禁制品である魔力増幅薬を服用して試験に臨むのだ。

 一時的に限界を超えて膨れ上がった魔力は、制御を失い暴走する。その結果、彼の実力を遥かに超えた強大な存在、ドラゴンが呼び出されてしまう。


 本来なら召喚できるはずのないドラゴンの出現に、会場はパニックに陥る。その阿鼻叫喚こそが、ヒロインと攻略対象を結びつける装置(トリガー)となる。

 エーレンたちモブの役割は、その緊迫感を演出するために右往左往して逃げ惑うことだ。


 エーレンは冷静に視線を巡らせる。

 召喚試験の会場のさらに奥、運動場の外れでは、一年生の飛行術の試験が行われているのが小さく見えた。あの場所にソニアもいるはずだ。


(準備は整っているわ。あとは、役者が揃うのを待つだけ)


 暴走したドラゴンはより弱い魔力、あるいは特定の波長に惹かれ、あの一年生の集団へと向かっていく。

 原作どおりなら、ソニアはそこで逃げ遅れ、絶体絶命のピンチを迎えることになる。


「……ねぇ、ビーシア、シーラ」


 エーレンは視線を外さずに、隣にいる二人に声をかけた。


「二人は寮に戻って休んだほうがいいんじゃないかしら。試験で疲れているでしょうし、制服に薬の匂いが染みこんでいるわよ」


 これからここは危険地帯になる。同じモブとはいえ、友人たちを巻き込みたくはない。そして何より、エーレン自身が気兼ねなく観劇するためには、一人のほうが動きやすい。


「そう言われると、疲れがどっと出てきた気もするけど……そんなに匂う?」


 エーレンの指摘に、ビーシアは思わず制服の袖に顔を近づけて鼻を鳴らす。


「エーレンは? まだここにいるつもり?」


 少し不安そうにシーラが尋ねてきた。エーレンは振り返り、いつもどおりの穏やかな笑みを浮かべてみせた。


「ええ。このところ、根を詰めて勉強していたせいかしら……もう少し、外の空気を吸っていたいのよ。召喚魔法の試験も見学したいしね」


 嘘はついていない。ただ、その目的が少し不純なだけだ。ビーシアとシーラは顔を見合わせ、それから納得したように頷いた。


「わかったわ。あんまり無理しないでね」

「夕食の時間には戻ってきてね」


 二人はひらひらと手を振り、校舎の方へと歩き去っていった。その背中が見えなくなるのを確認してから、エーレンは再び試験会場へと視線を向けた。


 詠唱の声が風に乗って途切れ途切れに届く。試験は順調に進んでいるようだ。

 ある生徒は手のひらサイズの精霊を呼び出して安堵の息を漏らし、またある生徒は召喚した魔獣が言うことを聞かずあたふたしている。


 多少のトラブルはあれど、それらはすべて想定の範囲内、学生らしい失敗の範疇だ。エーレンが待っているのは、そんな微笑ましい失敗ではない。


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