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第二転

よその兄がどうかは知らないが、

うちの兄はアニメオタクである。


幼稚園児の頃には既にその片鱗を示していた。

他の男児が特撮ヒーローにハマっている中、

兄は女児向けアニメが目当てで日曜日の朝に早起きしていたのだ。


それが悪いことだとは言わない。

誰だって好き嫌いは存在するし、

それが無ければ人間ではない。


そして、それを完全否定してくるのが姉だった。


「あ〜〜〜っ!!

 また女の子向けのアニメ見てるーーー!!

 ママーー!! パパーー!!

 あたしの弟が犯罪者になっちゃうよ〜〜!!」


当然ながら姉は兄の心配をしているわけではなく、

ただ誰かを嫌な気分にさせたいだけなのだ。

他人を不快にさせたら勝ち。そんな思考の人種が実在するのだ。


こんな時に両親は姉を叱って兄をフォローするべきだと子供心に思ったが、

うちの親は姉を溺愛しているので、兄はアニメを禁止されて育った。


兄は中学時代に深夜アニメと出会い、覚醒した。

それまで抑圧されて生きてきた彼の中で何かが爆発し、

それ以降は親から何を言われようが意に介さず、好きな作品を堪能し続けた。


そんな兄は高校生の頃から言動が怪しくなり、

ネット上でいわゆる女叩きをするような性格に変貌してしまった。

身内だからわかる。姉のせいで歪んでしまったのだ。


兄は不登校からの退学コースを辿り、家を追い出された。

その後はプログラマーとして生計を立てていたようだが、

数年も音沙汰が無かったので詳しくはわからない。


そんな兄も両親の結婚30周年記念日には参加する意志を示し、

私たちには心配をかけさせた謝辞を述べてくれた。


生存確認のために兄のSNSを定期的にチェックしていたが、

家を出てからの彼は随分と真人間に戻っていったように思える。

ただし完全に元通りとはいかず、女性との会話は苦手なままのようだ。

いつか彼女が欲しいと言っていたが、今のままでは到底無理だろう。


よく「清潔感が大事」という言葉を耳にするが、まさしくそれだ。

久しぶりの家族との再会だというのに、シャツには汗染みが出来ていた。

何日風呂に入っていないのだろうか、髪は脂でテカテカになっていた。

そして何よりも口臭が酷い。歯の神経が腐った匂いがする。

男女関係無く、不潔な相手は無理だ。






「──はは、僕たち死んじゃったのかぁ……

 ここって天国行きと地獄行きを分ける場所かなぁ……

 僕はどっちだろうなぁ……姉さんと一緒の地獄は嫌だなぁ」


白い空間にて、兄が一人で落ち込んでいた。

天国や地獄というものは信じていないが、

姉と一緒は嫌だという部分は共感できた。


その後に出現した“魂の番人”が淡々と現状を説明してくれたが、

意外にも兄はこの状況を快く思っていないようだった。

私の知る限り、兄はこの手の“異世界転生”を扱った作品が大好物だったはずだ。

その主人公になれるかもしれないのに、なぜだろうか。


「いやあ、僕は見てるだけがいいのであって、

 実際に自分がどうこうしたいって気は無いよ

 動くの苦手だし……それにヒロインが3次元じゃあねぇ

 彼女たちが好きなのはあくまでも()()()であって、

 僕じゃあないんだよね……

 むしろそうであってもらわなくちゃ困る

 僕は根っからの純愛派なんだ

 NTRなんて糞食らえって言ってやりたいよ……!」


兄らしい回答で、私は安心した。

そしてひとつ気づいたことがある。

この空間には匂いが存在せず、

そのおかげで兄とも至近距離で会話ができていたのだ。


死んでしまった今となってはもう遅いが

私は兄に助言し、彼はその内容に関心を示した。


牛乳。


料理をする人間にとっては常識だが、

肉の臭みを消して更に柔らかくする効果がある液体だ。

殺し屋をテーマにした映画の主人公が愛飲していたので、

たぶん本当に体臭を消す効果があるのだろう。

準完全栄養食品であり、健康にも良いとされている。


この兄とはもっと会話していたかったが、

姉が魂の番人と勝手に話を進めて強制中断された。






時は少し遡り、異世界では一人の少年が窮地に陥っていた。


「クソッ、こんなはずじゃなかったのに……!」


名前はネイサン。

かつて世界を魔の手から救った勇者の一族の末裔であり、

最近復活した魔王を倒せる唯一の希望であるとされていた。


10歳になった彼はウィスタリア王国の国宝……“聖剣”を授かり、

成人するまでに勇者としての実力を身につけるよう命じられた。

彼には金貨50枚と国王直筆の紹介状が手渡され、

それで隠居中の剣聖から剣術を教わるよう助言された。


それだけではない。

法皇から神聖魔法を教わるよう助言され、

賢者から破壊魔法を教わるよう助言され、

南東の森には近付かないよう助言された。


そんな助言の数々を無視し、

ネイサンは南東の森へと向かった。

彼は国王の話をまるで聞いておらず、

聖剣の試し斬りがしたくて我慢できなかったのだ。


そこで遭遇したキノコ型の魔物が毒の胞子を噴き出し、

彼の体は麻痺してジワジワと生命力を削られていった。


勇者ネイサン。享年10歳。

彼は周囲の大人たちから期待されていたが、

いかんせん子供だったので正しい判断ができなかった。


そして、別人の魂がネイサンの体に乗り移った。

お察しの通り、“兄”の人格である。

彼には転生特典として“状態異常無効”が備わっており、

この状況にはうってつけの能力だった。


毒さえ克服すれば敵はただの足が生えたキノコだ。

彼は無駄にジャンプして叫びながら魔物を攻撃した。


初勝利後、毒を持ち帰らないように泥で体を擦り、

煮沸させた川の水でよく洗い流した。

元の世界では月に一度しか入らなかったが、

風呂の大切さを実感した瞬間であった。






15歳になったネイサンは旅立ちの朝を迎えた。


「おはよう、ネイサン

 今日はあなたが勇者として旅立つ日

 その前に、王様に会って挨拶をするのですよ」


「はは、わかってるよ母さん

 それじゃいってきます……っと、その前に」


彼はコップの中身を一気に飲み干した。


そう、牛乳だ。

5年前のあの日以来、毎朝の習慣として続けている。

カルシウムの効能だろうか、他の同年代と比べて背が高く、

多少のことではイライラしない穏やかな性格の少年に成長した。


この世界の両親は良い人たちで、

彼らを悲しませたくないと思った兄は

ネイサンの記憶を頼りに息子のフリを演じ通した。


冒険心に満ち溢れた快活な少年。

元の世界の兄とは正反対の属性だったが、

ネイサンとして暮らしてゆくうちにその違和感は消え去り、

彼が生きられなかった分もしっかり生きようという使命感に燃えていた。


そしていつか彼女も作ろうという野望も抱き、

身だしなみにも気を使うようになっていた。


国王との謁見後に早速、女性との出会いがあった。

勇者の旅に参加したいという魔法使いが名乗り出たのだ。

歳上の女性にはトラウマを抱えているものの、

彼女がアピールした“無限の魔力”は戦力として期待出来そうだ。


しかしゴテゴテの化粧にド派手な格好をしており、

兄の好きなタイプとは真逆なので恋愛対象にはなり得ない。

言葉の節々にトゲがあり、どうやら猫を被っているようだ。

そういう女性と長年暮らしてきたからわかることだった。


戦闘員として同行させるが、この女に心を許してはならない。

勇者ネイサンは魔法使いアニエスに警戒しつつ、魔王討伐の旅に出た。

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