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第一転

よその姉がどうかは知らないが、

うちの姉は自分勝手な生物である。


兄が小学生の頃、修学旅行に出掛けている間に

姉の万引きが発覚して警察に通報されかけたそうで、

その腹いせに兄のランドセルがズタズタに切り裂かれたことがある。


兄が卒業するまで半年も残っておらず、

新しいランドセルを買うのはもったいないということで

残りの期間はリュックサックを背負って登校する羽目になった。


担任には事情を説明したはずだが、

兄は“物を大事にできない子”という不当な扱いをされたのを覚えている。

赤の他人である担任だけならともかく、

実の両親までもがそうやって責めてきたのはさすがに理不尽だと思った。


姉は外面が良く、大人に取り入るのが上手だった。

100%加害者なのに、被害者を演じる技術に長けていた。


両親の結婚30周年記念日に事故は起きた。

よせばいいものを姉は危険な峠道でスピードを出し、

最初の緩いカーブを曲がり切れずに車ごと崖下へと転落した。


彼女一人が死んだのならどれだけ良かっただろう。

その車には我が家の姉兄弟妹(きょうだいしまい)が全員乗り合わせていたのだ。

周囲からの反発を押し退け、姉は深くアクセルを踏み込んだ。

予約した会場に間に合わせるためだと言っていたが、嘘に決まっている。

ただスピードを出したかっただけであり、弟妹を怖がらせたかったのだ。


宙を舞う車体。眼下には森林地帯。恐怖に歪む家族の顔。響き渡る爆発音。


そうして姉兄弟妹はこの世を去った。






「──えっ、何これ……まさか天国!?

 周り全部真っ白なんですけど!?

 もしかして、あたし死んじゃったの!?

 ちょっと勘弁してよも〜〜っ!!

 キモい弟たちが死ぬならともかく、

 あたしの人生まだこれからなんですけどーー!?」


何も無い空間で姉が喚き散らした。

彼女に罪悪感は無く、まるで被害者かのように不満を爆発させていた。


弟たちは状況を把握しようと周囲を見渡してみたが、何も無い。

形も匂いも無く、ただ無限に続いているであろう白の世界。

そこは日常とは明らかにかけ離れた空間で、不思議と懐かしい気分になった。

夢か現実かも把握できない中、彼らはただ困惑するしかなかった。


それからしばらくして現れた“白よりも眩しい存在”が姉兄弟妹に告げた。

言葉を発したわけではない。意識に直接語りかけてくるようだ。

我が家の人間は基本的に無宗教で神の存在には懐疑的であるものの、

ここまでそれらしいものと出会ってしまったら信じそうになる。


()()は心を読んだかのように、自分は神ではないと否定した。

その存在が告げた内容は以下の通りだった。


・若くして非業の死を遂げた者には生き直す機会を与えたい

・別の世界で死にかけている存在たちと人数が一致していて都合が良い

・そこへ送る場合、個人差はあれど特殊な能力が身につく場合がある


そこまで聞き、真っ先にその条件を受け入れると宣言したのは姉だった。

当然ながら他の家族には確認を取らず、姉自身の独断による即答だ。

死んだ腹いせに弟妹を困らせたいという本心が透けて見えた。


そして上位存在は姉の意見を聞き入れ、その魂たちは異世界へと転送された。






時は少し遡り、異世界では一人の少女がその短い生涯を終えようとしていた。


名前はアニエス。

ウィスタリア王国に古くから存在する公爵家の令嬢であり

可憐な容姿に慈愛の心を併せ持つ、誰からも愛される美少女だった。

魔道学校では常に一番の成績を残し、他の追随を許さなかった。

それでいて身分の低い同級生にも分け隔てなく接する性格だったので

彼女が嫌われる理由はどこにも無く、敵は存在しなかった。


そんな彼女にはひとつだけ弱点があった。

幼い頃より度々発症してきた原因不明の病気だ。

年に数回、なんの前兆も無しに突然の高熱にうなされ、

三日三晩寝込んだ後にはすっかり元の体調に戻る。

何度繰り返しても、その苦痛に慣れることはなかった。

大陸中の名医に診察させても原因は解明されず、それは呪いと呼ばれた。


その高熱が今回は10日以上も続き、彼女の肉体はもう限界に達していた。

医者、神官、魔道士、黒魔術師……両親はあらゆる人脈を頼ったが、

彼女の呪いを解ける者はとうとう見つからなかった。


アニエスは13歳の若さでこの世を去った。

両親や妹、屋敷の従者たちに心配をかけさせまいと

最期の瞬間まで苦痛に耐え、笑顔を崩さなかった。


皆の手前、当主は厳格な態度であり続けようとしたが

感情には逆らえず、その場に膝から崩れ落ちて泣き叫んだ。

当主と同様にアニエスの母と妹、従者たちも悲嘆に暮れ、

屋敷は決して拭うことのできない深い悲しみに包み込まれた。


その時、奇跡が起きた。


「──ぶっはあああ〜〜っ!!

 なんなのコレぇ〜〜!?

 汗グッショリなんですけどーー!?

 頭ガンガンするし、最悪の気分なんですけど!?

 ちょっとぉ!誰かさっさと水持ってきなさいよ!!

 このあたしが苦しんでるのがわかんないの!?」


アニエスが死んだ瞬間、入れ替わりで別人の魂が乗り移ったのだ。

その魂には異世界転生特典として“無限の魔力”が備わっており、

呪いの正体……“焼き付き”を一瞬で解決してしまった。


人一倍の努力家だったアニエスは何事にも手を抜かず、

魔力を使い切った後も魔法の練習を続ける子だった。

燃料類が不充分な状態で機械を回し続ければ壊れるように、

魔法世界の住民が同じことをすれば体調を崩すのは必然だった。


辛くなった時点で練習を切り上げればよかったのだが、

自分に厳しい性格が仇となり悪循環に陥ってしまった。

言うなればアニエス自身が招いた異世界版の過労死だが、

教科書に書かれていないことは知る由もなかった。






公爵令嬢アニエスが奇跡の復活を遂げてから5年後。


「──アニエス、君との関係はこれで終わりだ」


「えっ……で、殿下!?

 突然何を言い出すのですか!?

 あたくしは貴方の婚約者であり、

 未来の王妃なのですよ!?」


「いや、だから……

 その婚約が正式に解消されたという話をしているんだ

 僕自身の願いだったし、双方の親同士も納得していることだ

 これでようやく僕は自由になれる……人生をやり直せるよ」


王子は一度も目を合わせずに婚約破棄を言い渡した。

他に好きな女性が出来たとか、そういう理由ではない。

単純にアニエスの存在が嫌になっただけだ。


「5年前のあの日以来、君は変わってしまった……

 妹や従者、学校の同級生から後輩に至るまで

 格下だと認定した相手をいじめるようになったし、

 孤児院を取り壊して劇場を建てようだなんて正気を疑うよ」


王子は心底呆れた表情で言い放った。

今、隣にいる女はかつての初恋の相手ではない。

どう考えても別人にすり替わったとしか思えない。

本当に別人が体を乗っ取った事実までは知らないが、

もう彼女とは一切関わりたくないのでどうでもよかった。


「そんな……捨てられたら困るんですけど!?

 ママと妹が従者を連れて別居して以来、

 パパが急激にやつれて死にそうなの知ってるでしょー!?

 王家パワーで養ってもらわないとマジヤバいんですけど!?」


「僕の話を聞いていなかったのか?

 婚約解消の件は御父上も納得されている

 ……ちなみに衰弱の原因は心労だろうと医者が言っていた

 君はもう大人だし、彼を解放してやるべきじゃないのか?」


「解放って言い方、なんかムカつくんですけど!?

 まるであたくしが悪いみたいじゃないの!!」


彼女の体に入り込んだ邪悪な魂……“姉”には転生特典のMP無限だけでなく、

前世の記憶とアニエスの記憶という強力なアドバンテージがあった。

それらを活かしてアニエスのフリを続けていればよかったものを、

他人の幸せをぶち壊したいという欲求を抑えられなかったのだ。


父、母、妹、従者、友人、領民、婚約者、その他大勢……。

転生してからたった1年足らずで多くの信頼を失った。

彼女が好かれる理由はどこにも無く、味方は存在しなかった。


彼女の悪評は国中の貴族に知れ渡っており、社交界に居場所は無い。

今まで断罪されなかったのは王子の婚約者という立場だったからであり、

その後ろ盾が無くなった今、ここに留まれば破滅する未来しかない。


「なんであたしばっかりこんな目に遭うのよーーーっ!!!」


そして彼女は被害者ぶり、国外逃亡の道を選んだ。

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