罪と祈り② 帝国騎士団
昨日、監視拠点の作戦室にて
今回の作戦指揮官たるベルル・ジョイアスは、作戦に参加する十名の騎士を集め、現状の報告を受けていた。
「……以上の観測結果より、今作戦の討伐対象は依然種の段階にあると考えられます」
「分かった。ご苦労」
騎士団がアーグソン山脈での偵察任務を開始してから、既に五日が経過していた。本来の偵察任務ならば、対象の発見から退路確保、討伐までを三日もあればこなせてしまえるのが、帝国騎士団という者達だ。
しかし、今回ばかりは彼らであっても苦戦を強いられていた。アーグソン山脈の険しい地形と気象、屈強な魔物への対処、その他様々な障害により、彼らが使える食糧をはじめとする物資の量は危険域に達していた。
捜索三日目まで討伐対象の災禍が見つからず、船員の士気にも陰りが見え始めた。
進展があったのは四日目だった。しかしその内容は想定を超えていた。
ベルルが椅子から立ち上がり、作戦参加者達を見据えて述べる。
「昨日、騎士ウィンストンから挙げられた最北峰のナトコ山北側に人工建築物が見られたという報告と、騎士クリススから挙げられた転移魔術の痕跡と精神攻撃系禍想力の残滓発見という報告。この二つから討伐対象は精神攻撃を得意とすると仮定し、広域包囲網を展開して監視、観測を開始したのが昨日だ。〈精神攻撃超耐性〉の装具も最大強度への調整も昨夜終了した。そして観測の結果、あの存在は二体確認された」
先程行われた報告の内容、討伐目標の情報とその目標達成において最も大きな障害となることが予測される存在について今一度情報共有が為される。
「此度の属性は虚無……採取された属性禍想力からは四種の精神攻撃系の効果が確認され、既に対象が潜伏している建造物の周囲にその影響が及んでいる。また、【指定凶悪個体一類】に認定されているヘグセル・アヴォルガスカが確認された。二十年前、商業都市リリャが一夜にして瓦礫の山と化した《リリャ事変》の元凶だ」
騎士達には本日の報告資料が配られている。そこに載っている不鮮明な画像に、ある騎士は怯え混じりの眼差しを向け、ある騎士は射殺すような鋭い視線を落とす。
「討伐対象が二体になったため、計画を見直す事とする。異論はある者は申し出よ」
場が静寂に包まれる。
災禍がもう一体いると判明し、加えて恐らく共闘してくる可能性があるとなれば、当初立案された陣形や行動は変えねばならない。災禍との戦闘は一瞬の隙が致命的な崩壊へと容易に繋がり得る。そういう認識は帝国騎士であれば皆持っていた。
騎士、ハーリィ・ウィンストンが挙手し、ジョイアスは頷いて発言を認める。
「こいつは幾度も帝国騎士団が逃し、その度に恥辱を塗り付け、大義を汚す大罪人です。勅令では討伐目標は《虚無》の方になりますが、この転移ジジイにも手は抜けません。よって、戦力を一時集中し、ヘグセル・アヴォルガスカを先んじて討伐することを進言します」
普段の彼女のみを知る者が聞けば、顔を驚きで染めかねない発言だ。しかし、ここに集う騎士達はハーリィの内面で燻っている炎を知っている。そのため、その進言に一定の理解は示せる。それであっても、
「陛下の勅令を無視すると、そう聞こえるのだが?」
騎士、ケメレゴ・クリススが反論した。
「騎士ウィンストン!貴殿の境遇は理解している。だが、戦力の集中は避けるべきだ!もしも奴が罠を張り、待ち構えていたらどうする!?我々が奴を、《転移》を目の敵にしているのは周知の事実……加えて奴は老耄ようとも知恵は回る!でなければ、誇り高き我々帝国騎士団によって既に滅ぼされていて然るべきだろう!ここは慎重になるべきだ。部隊を半数に分け、対処した方が良いと提案いたします」
騎士、ハーリィ・ウィンストンが立ち上がる。
「半数だと!?たった五人で《転移》が倒せるものか!《虚無》を対存在用の『吸禍結界』で覆い、その維持以外の人員全てで《転移》を迅速に討伐、その後《虚無》に対処するべきです」
どちらの意見も正しい。判断はこの場の長に委ねられた。
「では、こうしようではないか——————」
ベルルの意見に、反論する者は出なかった。
◆◆◆
「……思い出した。差別主義な父親の娘ではないか」
ヘグさんの声色に強い嘲りと嫌悪が混じった。
「と、その前に……、大丈夫か?」
ヘグさんは騎士さんを無視して私の方へ駆け寄る。
でも、私は完全に駆け寄られる前に自分で立った。
「大丈夫です」
「そ、そうか。顔色は……大丈夫そうだな」
私そんなにヤバい顔色してたのかな?
まあいいか。
「それより、あの騎士さんはヘグさんのお知り合いですか?」
私はヘグさんの回し蹴りをくらって動かない騎士さんを見る。多分意識失ってるのかな?凄い威力だよヘグさんの回し蹴り……私はまだ子供の身体だしあんな風な体術は繰り出せそうもない。
「ああ。……二十年前になるか?そろそろ仕事屋を辞めようと思って寄った街の商家の娘だ。随分とけったいな育ち方をしたらしいな。父親の差別思想の代わりにおれへの恨みが満ち満ちている」
ヘグさんへの恨み……美しかった街を瓦礫と血の海に変えた、って言ってたっけ。なら、もしかしたら『災禍』が花の段階に至ったことについて何か知っているかもしれない。
私は鉄爪を構えながらゆっくりと騎士さんへ歩き出す。
「この人からなら、私達のことがもっと知れると思いませんか?少なくとも、ヘグさんのうろ覚えな記憶よりは鮮明に焼きついてそうですから」
ヘグさんは私の小言に苦笑しつつも、
「そうだな。外部からの情報は何時も貴重だ。幸い今この室内には君の禍想力が充満している。騎士団もそう易々と入っては来られんだろう。おれが拘束しよう」
そう言って右手を向け、私と一緒に向き直った。しかし、そこには騎士さんの姿は無かった。代わりに聞き慣れぬ声が聞こえてくる。
「なるほど面白い!!禍想力の指向性をわざと崩して異なる効果同士を食い合わせているのか!酷く不安定で持続しないが、閉鎖環境内で炸裂させれば内包された効果が多段的に襲いかかるわけだ!悪辣この上ない!素晴らしい!!」
壁の一部が光ったと思ったら、そこから大の大人が一人ぬるりと入り込んできた。先程の騎士さんと同じ意匠が施された鎧を纏っているが武器の類は見当たらない。眼鏡越しに感じるこちらを舐め回すかのような視線、ニヒルな笑み……なんかマッドそう。
「いやー、殺さねばならんというのは惜しい。実に惜しい。《転移》よ。あなたを養子にしたアヴォルガスカ卿は大変良い資料を遺してくれた。個人的には語り合いたいことが山ほどある。がしかし、」
次の瞬間、私は道場の壁に叩きつけられ、更に見えない力で突き飛ばされ、壁を突き破り、外へと放り出された。
「なに、が……?」
息つく間も無く、また異なる声が聞こえる。
「『吸禍結界』、起動」
私は反射的に道場の方を見る。そこには騎士がいた。近い。私をドーム状に覆った精緻な紋様浮かぶ結界らしき力場のすぐ外側から直立不動でこちらを見ている。
「っ!」
屋外。至近といって良い距離。今の自分などでは逆立ちしても勝てそうにない実力者。
私は逃げるため、逆方向を向いた。でも、また騎士がいた。森側にもいた。崖側にもいた。最早、どこを見ても騎士が目に入る。
「これは、『遍在』。自らをそっくりそのまま増やす魔術さ」
騎士達のうち、一人が兜を脱いで顔を晒す。さっきのマッドっぽい人だ。彼は私の目の前で堂々と胡座をして座り込んだ。
「さて、自らの仕事はほぼ終わったことだし、話しでもしようか?それとも、我輩と、この結界に抗ってみるのかな?」
ああ、この感じ。大学時代の担当教授にそっくりだ。自分が提示した会話に対する返答が、自分の想像しうる範疇から絶対に出ることはないと思っている。そして、こういうのを無難にやり過ごすにはどうするか、知っている。
「お話しましょう」
予想通りの答えを一言で言うことだ。ほら、つまらなそうな顔をし始めた。でも、ただ会話しているだけではあちらの思う壺だし、ヘグさんにまた助けられてしまうかもしれない。なので、この人を下すことにする。
(ヘグさん、私は私で頑張ります。なのでヘグさんも頑張ってください)
椅子も机も無い雪原の上で、講義が始まる。




