罪と祈り① 憎悪騎士 ハーリィ
少し長めです
ハーリィ・ウィンストンはいつも怒っている。しかし、この怒りによって周囲の人間関係を壊してしまったことは非常に少ない。なぜなら、彼女は仮面を被るのが得意だからだ。自らの憤怒を、生まれもった可憐な容姿と幼い頃に両親から学んだ演劇の技術によってひた隠し、日々を送っていた。
しかし、そんな彼女も完璧ではなく、被った仮面が剥がれる時がある。それはどんな時か。
決まっている。自分の両親を何百回も地面に叩きつけて目の前で肉塊にした憎き存在を、全身全霊で屠ると決めた時だ。
◆◆◆
ヘグさんから引き抜かれた剣が再び翻り、首を狙う横薙ぎの一閃が迫る。
「っ!!!」
私は反射的にヘグさんの袖を掴み、こちらに引き寄せた。横薙ぎの一閃は空振り、騎士は距離を取るように後ろへと跳躍した。
「『置換転移』」
ヘグさんが右手を自らの胸に当てて力を使った。すると溢れていた血が瞬く間に傷口に吸い込まれていく。しかし代わりに小さな結晶が右手から排出され、落ちて割れた。
「残機か」
騎士が喋った。声の高さからして恐らく女性なのだろう。
そしてヘグさんは私を庇うように前に立った。
「おれはヘグセル・アヴォルガスカという。目的……は決まっているか。対象はどちらだ?後々皇帝に報告するのに違うモノを潰したのでは怒られるだろう?おれか?この子か?それとも両方か?………黙ってないで答えたらどうなのかね?」
打てど響かず、か。あの鎧の隙間から覗く眼光……明確な殺意と覚悟を湛えている。見逃してくれるようには見えない。
ヘグさんも同じ結論に至ったのか、こちらを振り返り、頷く。
コンタクトレンズを通して瘴気を実体化させ、ヘグさんは道場にある剣を持って構える。戦闘開始だ。
相手は確実に此方を殺すつもりで襲ってくる。ならばこちらも同じぐらいの覚悟で突破する。ヘグさんの過去話から鑑みるに、どうせ目の前の騎士一人だけではないのだろうが、なんとかして包囲を抜けて逃げ切りたいところだ。
まずは近くの窓から脱出を試みる。しかし、騎士が剣をこちらに突きつけて逃げ道を塞ぐ。正確には逃げようとすると私達の意図を読むように、足元へと魔力の飛刃を叩きつけてくる。かなりの威力が内包されたそれは、ヘグさんが手に持った剣で辛うじて軌道を逸らして受け流している。騎士は完全に足止めの構えだ。やはり何かを待っていて、その時間稼ぎをしているのか……?
ヘグさんの転移なら脱出は容易そうに思えるが、先程右腕から落ちた結晶が気になる。というか、既に聞いていたんだった。ヘグさんはニィゼさんを助けるために『災禍』ではなくなったのだと。要は力の使用に禍想力ではなく、あの結晶を代わりに使っている。
ヘグさんの得意技たる『飛駆転移』は過去話から察するにかなり禍想力を消費するようだ。あの結晶一つにつき必ず一回の行使に繋がるなら良いんだけど、大技を使うと一気に三つ消費したりしそう。
つまりはヘグさんはアイテムにかなり依存してて継戦力が落ちてるってことだ。私が頑張らなきゃならない。
でも、だからこそ踏ん切りがつかない。彼女ら騎士団は私達という危険分子を排除するべく動いている。それはつまり、国のために、ひいてはそこに住まう人々の為にこんな辺鄙で険しい雪山を登り、私達を探し出し、倒そうとわざわざやって来たということだ。そこまでしてまで『災禍』には消えてもらわなければならないのか?
そこまでされる筋合いに心当たりなどないというのに、降り立ったばかりのこの世界の為に死ななければならないというのか?
——————⬛︎⬛︎⬛︎、僕の前から消えてくれ……!!
「……っ」
残音が頭の中に響く。私に向ける、怒りと悲しみに満ちたあの日の声が木霊する。
——————もう、いいよ。
突き放さないで……
傷付かないようにしたい、なんて気遣わないで……
——————なんで、あんたが生きてるのよ!!!!
謝らなかった。謝っても取り返しがつかないから。だから、また、ああなる前に聞かねばならない。私が戦う理由を。その目に映る憎悪のワケを。
「……何故ですか?何故、私たちを目の敵のようにするんですか?私が悪いんですか?」
「どうしたんだ!?顔色が悪いぞ……」
もういい。ヘグさんの心配する声が耳障りでしかない。私はヘグさんの前に出て問う。
「答えてください、騎士さん。私達に罪を解らせて下さい」
手をデコピンの形にし、その先に自らの瘴気を凝集させる。身体中の水分がじわじわと、しかし確実に減っているような感覚を伴いつつ指先へと力を込める。
放たれたそれは見た目は黒い泥に見えるだろう。速さもそれほどなく、戦闘経験が豊富そうな騎士さんからすればあくびが出るような速度だ。剣や魔力の飛刃で弾き落とすまでもなく回避された。
だが、
「何……っ!」
黒い塊は何の予兆もなく、破裂した。まるで堰が切れたように黒紫色の瘴気が爆心から溢れ出し、瞬く間に室内をその色で染め上げた。
「『障りなさい』」
因果干渉が、加速する。
◆◆◆
数日前、道場近くの林にて
「あー、肩痛い」
私は肩をゆっくり大きく回しながら愚痴をこぼし、今日の成果を担ぎ上げる。まあ、成果と言ってもたかが鴨っぽい鳥一羽だけなんだけど。もう日が暮れるから引き上げるしかない。
「やっと当たったにしては効果ショボいなあこの瘴気……」
私の身体から発生する瘴気はヘグさん曰く、ある種の精神攻撃が内包されているらしい。それも複数の効果が一緒くたになっているとのこと。
含まれる攻撃作用は今のところ四つもある。
一つ目は『孤立』。その名の通り、かかった対象は集団の只中にいても連携が出来なくなる。複数人で構築する魔術の妨害にとても役立つらしい。対集団戦で使えそう。より上位の効果に『隔絶』があるらしい。
二つ目に『狂乱』。名の通り、かかった瞬間発狂し、そのまま勝手に暴れた後自滅するらしい。怖い。多分この前に小屋で襲われた時の男にはこの効果が大きく作用していたような気がする。
三つ目に『自失』。これはどうやらこの間ヘグさんがメンヘラ化した時にかかっていた効果みたい。酷い混乱状態を起こしたり、使ったら一瞬で人間関係が崩壊しそうな効果だ。
四つ目に『固執』。この効果にかかると極端に視野が狭まって一つの行動しか出来なくなったり、ずっと何かに縛られ続けることになるらしい。中々恐ろしい。
どれもヘグさんから説明を受けた時は強すぎでは?と思った。だが実戦で使うとなると、ゴミ過ぎることが判明した。
コンタクトレンズがあった宝部屋コレクションの中に、実験台専用のマネキン人形が何体かあり、この子達に協力してもらって最初の頃は練習していた。
結果として、一応瘴気そのものを曝露させたり、固形化したやつを投げ当てたりしても効果はかかった。だが、あまりに効き始めるのが遅いんだ。
「直当てで30秒、投げだとほぼ1分かかるとか、普通に殺されるじゃない……」
この世界、戦闘能力が少しでもあるやつは魔力で脚力を高めているという。また、負効果抵抗力を装備で高めることでデバフを弾く者も多いらしい。つまりは全部避ければいいじゃん派閥と全部パリィすればええやろ派閥ってことだな。どこの世界でも似た感じになるみたい。
で、仮に私がそいつらに挑むとなった場合、後者はなんでもないかのように弾かれるか解除され、前者は効果が出る前に私が殺されてしまう。
加えて面倒な部分も分かった。一度の攻撃で一個の効果しか得られないってことだ。しかも現れる効果はランダムときた。これではもし対集団戦において一人だけ『孤立』をかけて連携崩しを狙うにしても、『狂乱』が誤ってかかってしまう場合が起こり得る。
「まさかのギャンブル要素とはね……コンタクトのフィルターを強化して、使いたい効果だけ抽出とか出来るようにできたら一番理想なんだけれど」
試しにヘグさんに出来ないかと昨日聞いてみたが、非常に希少かつ特殊な素材が必要らしい。一応どんな素材か聞いてもみたが、めちゃくちゃ難しかった。この世界独自のハイレベルな精錬方法が必要みたいで、専門用語が全く聞き取れず、現状では断念するしかないという結論に達した。
でもちゃんと強いところはある。一度効果が発現すれば私が解除しない限り死ぬまで持続するってところだろう。解除する時は対象に纏わりついている瘴気を回収すれば済む。
「効果が出れば強いってのが、何とも憎らしいなあ」
これが完全に使い物にならないとなっていたなら、割り切って別の鍛錬に時間を使えたのだろう。しかし魔力が無い以上、魔術は使えないし身体強化も出来ない。
過去話の中ではヘグさんは禍想力を魔力の代用にして魔術を発動出来ていたが、あれは使いたい魔術効果と禍想力の性質が似通っていたから出来たことらしい。例えば、火を出す魔術に私の瘴気、つまり精神攻撃系の禍想力を使ったとしても魔術効果は得られないということ。
「どうしたもんかなあ」
うーんうーんと悩みながら家に戻る。すると不意に何かが手に張り付いた感触がした。
「うわっ!」
それは小さな網狩王樹だった。バスケットボールぐらいのサイズだ。狙いは私ではなく持っていた鳥か。
すごい引きが強い。
「折角の成果を奪うなぁ!」
私は素早く鉄爪で伸びた茎を切り払い、網狩王樹の顎を外した。
「全く……右半分がズタボロになっちゃった……可食部減ったかな」
網狩王樹の茎はすごく遠くから伸びている。10 mくらいだろうか。
「なんて爆発力……逞しいことこの上ないわね」
爆発……
「それに顎にも多段状の牙がびっしり」
多段……
「…っ!!それだ!!あーでもどうしよう、爆発……瘴気塊……圧縮?ふぬっ!だめだ力が足りない…形成前から入らないと…やはりコンタクトからの排出力を絞ってどうにか……」
そうやって独り言をぶつぶつ言いながら戻った。
初めて光明が見えたような気がして、その時ばかりは日頃の鬱憤を忘れ、純粋に楽しめていた。
◆◆◆
上手くいったと感じた。と同時に、いき過ぎているとも。だって、あの時と同じ、いやそれ以上の、全身に響いた鈍痛で意識が持っていかれかけたのだから。
「ああああああああああああ!!!!おのれおのれおのれおのれおのれぇええええええええ!!!!父様と母様を、返せぇえええ!!!!この美しい世界の癌がぁあああ!!!!死ぃねぇええええええええええええ!!!!」
騎士さんは爆発が収まった瞬間、ヘグさんの方へと一直線に向かって攻撃し続けている。『狂乱』と『固執』の状態にあるようだ。
ヘグさんは防戦寄りで捌き続け、騎士さんに問いかける。
「すまないが、おれには貴殿の両親を殺めた時の記憶がない。だから最初から聞かせてくれないか?」
「何をほざくかと思えば!!記憶がない!!?最初から聞かせろだと!!?ふざけるなぁ!!美しき我らがリリャを瓦礫と血肉の海に変えた大罪を忘れたと!!?ふざけるなぁあああああ!!!!」
ヘグさんの剣と騎士さんの剣が衝突し、火花が散る。
ヘグさんが不意に身を引いて騎士さんの力を流し、ひらりと剣を翻す。騎士さんは寸前で避けたが、体勢を崩し、勢いのままの回し蹴りを真面に受けて道場の壁に激突した。
やはりヘグさんは禍想力に頼らず戦っても全然強い。私の効果が効いた相手ではあるが、完全に遇らえている。
「顔ぐらい拝ませてくれないか?……『転移』。」
ヘグさんが左手を掲げ、魔術を使う。発動時の光が灰色を帯びている。禍想力を使った『転移』だ。
騎士さんの兜がヘグさんの左手近くに落ち、顔が露わになった。短く切り揃えられた青緑色の髪、端正な顔立ちを切り裂くような右目からはしる裂傷痕。そして、目の前の仇敵に対する憎悪を宿した眼と表情。
およそ騎士という、ある種の泰然さとはかけ離れた憎悪の騎士が、そこにいた。
方向性は決まってるけど、繋ぎで時間食い過ぎな件
大事な一章ボス




